5.非情の決断!?――引き離される妹と姉の手(中)
\おねえちゃーん、うしろ、うしろー!/
真理子は“ナニカ”の視線にあえて……あえて気付かない振りをしながら、『鍵』を探す事数分。
「ん?これは……」
金銀財宝をかき分けていた優華がその奥にあった古びた箱。細かな彫刻が施されている、小さな木箱をみつけ出した。
手にとって、ゆっくりと蓋を開けてみる。
中には、金色に輝くペンダントが一つ。中央には、花を咥えて空を駆ける鳥の紋章が刻まれていた。
「お姉ちゃん来て!これ……フォンティーヌ王国の王家の紋章……だったよね?」
真理子は優華からペンダントを受け取り、じっと見分する。彼女は妹のごっこ遊びのため、各登場人物の衣装をわざわざ手作りしてるほどの凝り性。
『鍵』もいつか手作りしようと設計図まで用意していた事もあって、ペンダントは細部にわたってばっちりと頭に入っていた。その審議眼が、本物だと認めた。
「やったね!これさえあれば、セーニャはただのメイドじゃなくて、フォンティーヌ王家唯一の生き残りだって証明できる!」
「喜ぶのは早いわ。目的のものが手に入ったならすぐに脱出!侵入がばれる前……に?!」
ギィ……。
書斎の方から扉が開く音がした。
二人の動きが、ぴたりと止まる。
慌てて懐中電灯を消す……が、すでにバレたと思っていいだろう。
「……誰か、入ってきた……?」
真理子の顔から血の気が引いていく。二人は顔を見合わせ、そっと宝物庫から書斎へと続く入り口をのぞき込んだ。
書斎の中央に、一人の男が立っていた。
大柄な体躯。短く刈り込まれた薄茶色の髪。顔の左側には古い刀傷が走り、爬虫類のような灰色の細い目が見開かれている。ブランシェール家私兵隊長のバルド・クレンヌ。
「ほぅほぅ、嫌な予感がするからっと取引先から早馬で急ぎ帰還して、勘に従って地下牢より先に書斎へと来てみたら……しばらくぶりじゃないか、お嬢ちゃん達」
バルドの口元が、ゆっくりと歪んだ。笑っているのか、怒っているのか、それすらもわからない。ただ、その灰色の目には、獲物を見つけた捕食者の光が宿っていた。
彼は一歩、また一歩と近づいてくる。
ドス。ドス。
重い足音が、床板を軋ませた。そのたびに、部屋の空気がぐっと重くなる。
「あれだけ忠告したっていうのに、逃げ出すどころか、泥棒までするとはな。そんな悪い子には……」
バルドは拳を握りしめ、ゴキゴキと指を鳴らした。その音が、静かな書斎に不気味に響き渡る。
そして……
「きっついお仕置きでもって、良い子に矯正やるのが、大人の役目って奴だよ……なぁ!!」
彼の全身から、何かが溢れ出した。
目に見えない、重く、冷たく、息が詰まるような圧力。歴戦の戦士だけが放つことのできる、覇気とも呼ばれる強大な殺気であった。
「ひっ!?」
真理子の口から、情けない悲鳴が漏れた。
足が震え、言うことを聞かなくなる。その場に尻もちを付き、立ち上がることさえできない。顔は真っ青で、唇がわなわなと震えている。
(なに、これ……。地下牢や尋問室で感じたのとは、まったく違う。これが、あの男の本気の……殺意……?)
真理子は悟った。
これまでバルドが見せていた殺気は、子供に対する躾け程度だったのだと。今、彼女の全身を縛りつけている絶対の恐怖こそが、いくつもの戦場を渡り歩いて来た元傭兵の本気。真に敵と見定めた者へと放つ、本当の殺気なのだと。
「あー、腰抜かしちまったか。ま、当然だな。大人の男でも、本気の俺の前じゃ立ってられねぇのがほとんどだ。酷ければ股間を濡らすんだから、漏らしてない分まだ頑張ってる方だぜ、大きい方のお嬢ちゃん」
真理子のスカートの中の様子を探りながらの口調は優しい。だが、その目はまったく笑っていない。
彼は真理子から、優華へと視線を変えた。
「そして、小さい方のお嬢ちゃんは耐えた……って、わけじゃなさそうだな」
優華は、立っていた。
足も震えていない。顔色も悪くない。ただ、いつもの底抜けの笑顔は消えていた。代わりに、その大きな茶色の目には、なにかを覚悟した強い光が宿っていた。
「あたしは、お姉ちゃんみたいに察しがよい方じゃないから」
優華は静かに言った。
「今がどれだけやばい状況か、ほんとはよくわかってないんだと思う。でもね、一つだけわかることがある。今、あたしが動かなきゃ、お姉ちゃんは死んじゃうかもしれない……それだけは、絶対に……イヤだぁぁっ!」
言い終わるか終わらないかのうちに、優華は地面を蹴っていた。
タッ。
小さな体が、一直線にバルドへと突っ込む。
何かを持った手で一直線に振りかぶる。
動きは素人そのものだった。体は無駄に開き、力の入れ方もバラバラだ。弱者や愚者なら、この姿を無駄な足掻きとせせら笑っただろう。
だが、バルドは違った。
「ほう……?」
歴戦の戦士の勘が、何かを察知した。
(ただの特攻じゃねぇ。なにか……ある!)
バルドは一瞬の思考の後にあえて受ける事とした。何かを企んでる小娘の拳をわざわざ真正面から受け止めるのは危険。避けて足を払うのが正解だというのに、わざわざ受け止める選択を取った。それは、『酔狂』以外のなにものでもない。
だが、彼は戦士としての矜持……いや、“ナニカ”の思考誘導を受けた事で、その『酔狂』を選ばされた。決死の覚悟で挑んでくる相手に対する、最大の敬意なのだと強制的に思い込まされた。
そして、優華の何かを握り絞めた拳がバルドの胸に触れる。その瞬間!
バチィッ!!!
青白い光が走った。
「らいじんけーん!!!」
優華の右手に握りしめていたのは、スタンガンだった。
こういう時のためにっと懐に入れていたスタンガンから放たれた最大出力の電撃が、バルドの全身を駆け抜ける。
「ぐあっ……!?」
予想だにしなかった衝撃に、バルドの巨体がたたらを踏んだ。
身体が痺れる。筋肉が勝手に収縮し、呼吸が一瞬止まる。この感覚は……かつての戦場で一度だけ、落雷の近くで食らった衝撃に似ていた。
そんなバルドに向け、優華は……叫んだ。叫んでしまった。
そう……
「やったか!?」
禁断の台詞を、叫んでしまった。
オイオイオイ、死ぬわアイツ




