5.非情の決断!?――引き離される妹と姉の手(前)
タイトルからして、不穏な空気がぷんぷんと漂ってます。
でも、今までの例から見て名前倒れな気がしないでも……ない?
再び侵入した秘密の通路の空気は、ひんやりとしていた。
だが、その空気も脇道に逸れたら変わる。現に今の通路は水捌けがよいのか、湿気をあまり含んでない。石壁の隙間から差し込むかすかな風が、古本が発する独特なにおいを運んでくるような気がする。
優華は通路の終点の壁周辺に耳を当てた。コンコンと叩き、反応をたしかめる。
「お姉ちゃん、これは正解だね。この先は空洞だから、どこかに扉の取っ手か何かがあるよ」
後ろを歩いていた真理子は、妹の言葉に顔をしかめた。手に持った手燭の灯りが、彼女の疲れた表情をゆらゆらと照らし出す。肩にかかった黒髪はほつれ、中学校の制服は地下牢と通路のほこりで薄汚れていた。
「扉があるからって、そこが書斎とは限らないでしょ。さっきからそれで二回もハズレを引いてるじゃない」
「今度こそ書斎だって!壁のむこうから古本っぽいにおいがあるなら、そこが書斎ってことでしょ?……と、あった」
話ながらも優華は巧妙に隠されている取っ手を見つけたようだ。手に取って、そっと引っ張る。
手ごたえがあったので、背後の姉に合図を送る。姉は黙って後ろを向き、身体全体でろうそくの光を遮断。
完全な暗闇の中、優華は静かに扉を開け、中の様子を伺う。
「誰も……居ないっぽいね。灯り、頂戴」
灯りを受け取り、扉の先を照らすと……
先には本棚と机がみえた。
息をひそめながら、暖炉の中に設置されてる隠し扉からその身を這い出し、改めて周囲を探る。
ろうそくの灯りに照らされる部屋の中はしんと静まり返っていた。大きな机の上には分厚い本や羊皮紙が積まれ、壁一面に並んだ本棚が床から天井までを覆っている。
優華は目を輝かせた。
「やったよ、お姉ちゃん!三回目にしてようやく正解だよ!ここは初めて転移した際の場所、ブランシェール家の闇取引用の書斎だ!」
「はいはい、わかったから静かにしなさい。バレたら終わりなんだからね」
「あーそうだったね。なら、次はこの書斎のどこかにある、秘密の宝物庫の仕掛けを探そうか。ん~っと……」
優華は周囲を探った所、ある壁に取り付けられた燭台の一つにピンっときたようだ。
おもむろに手を伸ばし、燭台をぐいっと下に引くと、隣の本棚がゴゴゴと音を立てて横にスライドしていく。その奥には、小さな鉄の扉が現れた。
その扉を前にし、優華はやったぜとばかりにどや顔を見せる。
「あんた、原作だと省かれてた仕掛けをよくそんな簡単に見つけられるわね」
「実は言うとね、原作者の別作品にこんな感じの仕掛けがあったんだ。作者が同じなら、こっちの世界でも同じ仕掛けとなっても別におかしくないって寸法。さ、開けるよ!」
優華は鉄の扉に手をかけた。鍵はかかっていない。ギィ……と小さな音を立てて、扉はあっさりと開いた。
二人が中に足を踏み入れると、そこは小さな部屋だった。壁には無数の棚が取り付けられ、あらゆる品物が所狭しと並んでいる。
黄金の杯。銀の燭台。宝石がぎっしり詰まった小箱。腕ほどの長さの象牙の彫刻。色とりどりの宝石が輝く首飾り。
嘘偽りない、宝の山がそこにあった。
「わあぁぁぁ……!」
優華の目がキラキラと輝いた。
彼女は口をぽかんと開け、棚に並ぶ宝物を一つ一つ見つめている。
「すごい……これ全部、本物の金と宝石だとしたら、一生かかっても使い切れない量じゃん!」
真理子はそんな妹の襟首をぐいっと引っ張った。
「ちょっと、金銀財宝に目がくらんでる場合じゃないでしょ!私たちが探してるのは『鍵』、王家の紋章入りペンダントよ!すでに私達が逃げ出してるって事に気付いてる可能性だってあるわけだし、時間をかければかけるほど私達が不利になるわ。早く目的のもの手に入れてとんずらするわよ」
「あ、そうだった!ごめん、つい目移りしちゃって。でも、こんなの見たらさぁ……あっ!?」
優華は急に声を上げると、棚の一角に駆け寄った。そこには、アマゾソのロゴが描かれた小型サイズの段ボールがある。
真理子が呆気に取られてる中、優華は早速とばかりに箱を開けた。
中は雑多な現代日本の電化製品が詰まっていた。
優華は手始めに懐中電灯を手にし、スイッチを入れる。
「残念、これは壊れるっぽいね」
「いろいろ言いたい事あるけど……ちょっと貸しなさい。ただの電池切れかもしれから、こっちのテレビのリモコンにある電池と交換して試してみるわ」
真理子の予想通り、電池を交換した懐中電灯は先端から弱々しいながらも文明の光を発した。
「やった!だったら、これもいけるかも!」
真理子を真似し、優華はもう一つの懐中電灯の電池をラジオのものと交換。
同じく、弱々しいながらも光を発してくれた。
その結果に気をよくし、さらに何かないかを探す二人。
大半が今この瞬間において役立たない品物だが、優華はその中の一つ。電気シェーバーを手に取った。
「やっぱりだ!これ髭剃る奴にみせかけたスタンガンじゃん!間違いない、邪神チャソのアニメでも見た奴だ!安全ロックかかってるけど、これ外したら……うん、使えるね。必殺の武器げっとだぜ~♪」
先端からバチバチと火花を散らせる、小学生が持つには物騒すぎる代物をルンルンとポケットにしまい込む優華。
その様を真理子は待てぃ!!っと突っ込もうとしたその時、優華が神妙な顔で真理子に問いかけてきた。
「ねぇ、お姉ちゃん。こういうあたし達の世界の機器がここにあるって事は、やっぱりあれなのかな?
ここでもアマゾソの注文を受け付けてるって事?それとも、あたし達の他にも転移した人がいるって事?」
「それは……わからないわ。今は情報が少なすぎて、どちらも可能性の段階でしかわからない……けど、今はそれをゆっくり考察してる時間はない。考えないようにしておきましょ」
そう、今はゆっくり考察してる暇はない。
優華も正解は得られずともそれで満足したようだ。
ただ、真理子としてはスタンガンの件をうやむやにした気がしないでもないが、優先順位の事も考え、あえてスルーする事にした。
「いいわね。私達が探してるのは、『鍵』。他には目移りさせず、『鍵』だけを……」
「え~でも、少しぐらいはいいでしょ?少しぐらいは」
優華の手には、すでに金銀財宝の一部が握られていた。
片手に一つかみ程度ながら、それだけで現代日本で換金したら……を考えると、ついごくりっと息を飲む。
(そうよね。よくよく考えると、どうせ相手は悪党なのだし、遠慮なく……)
そう思った瞬間……
ぞくり
悪寒が走った。
何者かの視線を感じた
(なに、今の……は?)
慌てて背後に懐中電灯を照らす……が、誰もいない。
でも……居ないはずなのに、視線だけは感じる。
まるで、深い深い海の底の底。“深淵”とも呼ばれる、人間が決して踏み込んではいけない世界に潜む“ナニカ”が、こちらをじーーっとみつめているかのような……
「お姉ちゃん。ぼーっとしてどうしたの?」
「あっ、いや……なんでもないわ」
優華に声をかけられた事ではっと我に返る。
気付けば、“ナニカ”の視線はない。あるのは、懐中電灯の光を受けて輝く金銀財宝だけだった。
人間の欲望を刺激する、魅惑の輝き。真理子はその輝きによって、カパッとピースがはまり込んだかのように閃いた。
(わかったわ!これは……宝物庫によくある試しの罠!“ナニカ”は、私達がここで『鍵』ではなく、金銀財宝に目が眩み、欲望に身を任せるかどうかを試してるってわけね。そして、金銀財宝に目がくらめば……)
「優華……!」
真理子は妹のもう一つかみっとばかりに伸ばした手を掴んだ。
「優華……私達には先立つモノが必要だから、がめる事に関してはいいわ。でも、必要以上に盗っては駄目。だから、さっきの一つかみだけにしておきなさい。過ぎた欲望は絶対……ぜーーーーったいに、身を滅ぼすわ!わかったわね!」
「う、うん」
優華としては、もう少しな気持ちはあった。
でも、姉から大事な事だから二回言いましたっとばかりな忠告がなされたなら、それは絶対踏み越えてはならないライン。
そのもう少しの欲をごっくんと唾と共に飲み込み、金銀財宝を元に戻す。以後はがさごそと金銀財宝をかき分けながらその奥に何か隠されてるかどうかを調べ始める。
『よかったね。必要以上にがめてたら悲惨な展開を用意してたとこだよ』
そんな“ナニカ”のつぶやきが聞こえた……気がした真理子はほっと胸をなでおろす。
なでおろしながら……思う。
(たぶんだけど、この世界はただの小説世界じゃない。“何者か”が小説を元にして創った世界……そして、私達をこの世界に呼び込んだ目的、それは……)
真理子は即座に考えを打ち消した。中断した。
これ以上は考えたらいけない。知ってはいけない。
知ったが最後……
キ ミ ハ シ リ ス ギ タ ヨ ウ ダ ネ
真理子は自身が立てた仮説を無理やりかき消す。
以後は無心になって、ただひらすら『鍵』を探し出す事だけに没頭した。
自分の背後には妹以外誰も居ないっと無理やり信じ込みながら……
知り過ぎた者の末路、それは……




