4.決死の脱出劇!――妹の目指す先は大泥棒(後)
脱出ミッションを終えた姉妹とメイド。
でも、これはただのB判定。A判定を目指すためには、さらなる条件達成が必要なのであった。
「……外……外の空気……」
セーニャは地面に手をついて、声を詰まらせた。風の匂い、木々のざわめき、夜空の広がる世界――四日間もの監禁生活で忘れかけていた世界が、目の前に広がっていた。
「出られたね、セーニャ」
優華はセーニャの背中をそっと撫でた。真理子も深く息を吸い込み、自由を実感するように夜空を見上げる。
しかし、優華の表情がすぐに真剣なものに変わった。
「でも……これで終わりじゃないんだ。セーニャが本当の幸せを掴むためには、もう一つやらなきゃいけないことがある」
「え……?」
セーニャが顔を上げる。優華は真理子と目を合わせ、無言でうなずき合った。
「実はね、セーニャ。あなたのやんごとない血筋を証明するための大事な『鍵』が、屋敷にあるの。それがないと、あなたの本当の身分が証明できない」
真理子は真実をぼかしながら説明した。セーニャ自身が王国を根本からひっくり返しかねないような血筋の持ち主だとは、まだ告げる時ではない。今事実を知れば、彼女はこの先で要らぬ敵を増やしてしまう可能性が高いからだ。
「わ、私の……証明……?」
「ギルベールの収集品の中に、その『鍵』が紛れ込んでるの。今夜はあの男もバルドも不在で、警護も手薄になってる。手に入れるチャンスは今夜だけ」
セーニャは立ち上がり、屋敷の方を振り返った。
「……ならば、私も一緒に戻ります。私のためにやってくれているのに、二人だけを行かせるわけには――」
「ダメだよ」
優華がきっぱりと言った。
「セーニャは四日間も縛られたまま監禁されて、体も心もボロボロになっちゃってる。そんな状態で戻ったら、途中でバテちゃうよ。だからね。もしもの時のために、ここで脱出口を守っててほしいんだ。ここの存在がばれないよう、外から上手くカモフラージュしておいて」
優華の説明は、嘘ではなかった。半分は真実だ。しかし、本当の理由はセーニャを危険から遠ざけることだった。
「ですが……」
「お願い。セーニャを幸せにするために、あたしたちはここまで来たんだよ。だから、信じて待ってて」
セーニャの薄緑色の瞳が、涙で輝いた。彼女は唇を噛みしめ、何度もうなずいた。
「……わかり、ました。ここで待っていますから、必ず……無事に戻ってきてください」
「うん!約束するよ。あたしは必ずここに戻って来るってね……そうだ!その証として、これを貸してあげる」
優華が手渡したのは、パーカーの裏地に仕込んでいた、四つ葉のクローバーの押し花だ。
先日偶然見つけたものを縁起物として、お守り代わりに持ち歩いていたのである。
「わかりました。これは一時狩借りておきます。借りたモノを返すために、必ず戻ってきてくださいね」
「もちろん。貸したモノをそのまま借りパクなんかされたらたまったもんじゃないし、どこまでででも追いかけて取り返しにいくから……また、後でね」
お守りを握り絞めるセーニャに優華は明るく手をふりながら、再びはしごへと手をかけた。
真理子はセーニャの肩をそっと叩いてから、妹に続いてはしごを降りる。
降りながら、溜息混じりにつぶやく
「あんたって、本当にお人好しよね。原作だとブランシェール家は四年後に舞い戻ったセーニャの手で潰されるわけだし、その時まで待てば自動的に『鍵』が手に入るってのに、わざわざ私達が危険を冒してまで、今ここで手に入れようとするなんて」
「えへへ。実は言うと、このお人よし具合に関してあたし自身驚いてるんだよね。なんかこう、ここまで来たらとことんまでいっちゃった方が良い気がしてね……それに、お姉ちゃんの事だし、この先は原作通りにはいかないって事に気付いてるんでしょ?
あたし達が介入した事で未来が……原作だと死ぬ間際までセーニャの正体に気付けなかったギルベールが、もうすでに気付いてるんじゃないかなーって可能性が出てきた事とかね」
優華の言葉通りだった。
優華も真理子と同様、この世界が原作通りでないと気付いてた。
短絡的で底の浅さが目立つ原作のギルベールと違い、この世界のギルベールは理知的で底知れぬ恐ろしさを見せている。
あのギルベールが暗躍してくる事を考えたら、多少無理をしてでも『鍵』を先に確保しておくべき。
だからこそ、真理子は優華の提案に反対する事なく賛同したのだ。
二人は再度、暗い地下通路へと降り立った。再度、灯されたろうそくの頼りない光が暗い通路を照らし始めた。
「原作だとこの隠し通路は書斎にも通じてるわけだけど、そっちはセーニャじゃなく仲間が書斎に先回りする際に利用したという描写だけ。実際の道順は不明だから、この先は出たとこ勝負の『プランB』。いろいろ迷う事は覚悟しててね」
「でしょうね。道順は私が記憶しておくから、あんたは先へ進む事だけ考えてなさい……でも、あんたの事だし、目星つけてるんでしょ」
「うん、さりげなくだけど作中にヒントみたいなのはあったからね。少なくとも闇雲とはならないはず。さて、時間が立てば立つほど不利になるし、早く行こうか」
優華が手を差し伸べて来たので、それを握る真理子。
その手は年相応な小さい、けど、どこか安心できる暖かさあった。
そんな手に引かれるようにして真理子は進む。
その道中に優華が振り返る事なく真理子に詠えた
「ねぇ……お姉ちゃん、ちょっと聞いてほしい事があるの」
道中、優華がぽつりっと独り言のように語り掛けてきた。
「……多分だけど、この潜入ミッションは脱出と違ってどこかで躓くと思うんだ。だからね……約束してほしいんだ」
通路を歩きながら優華は告げた。
それは、何事も明るく楽観的な優華ではなく先を見据える真理子が提案するような、最悪を想定したパターンだ。
「優華、あんた……まさか、そんな状況が起きるって思ってるの?」
あまりにも似合わないその提案に真理子は焦る。
もしかしたら、優華も真理子と同様に気づいてるのかもしれない。
この不可解な状況を作り出してる“黒幕”のような存在に……
その“黒幕”が、このまま平穏無事に終わらせる気がないという事に……
「大丈夫。もし、その時来ても全力で逃げるだけ。それにね、男でも女でも、逃げてはいけない時があるっていうじゃん。
だからこそ、あたしは逃げずに前へと進むんだ。セーニャが確実にハッピーエンドへとたどり着けるように……ね」
「あんた……かっこいい事言うのはいいけど、逃げるのに逃げてはいけないって矛盾してるの気付いてる?」
数秒の沈黙の後、優華は「あるぇ~?」とばかりに首をかしげた。
「おかしいなぁ?これって、こういう時にいう台詞じゃなかったっけ?」
「あんたね……今回は珍しく真面目モードが続いてると思ってたら、蓋を開けるとただの『それが言いたかっただけだろ』だったのね……
あんた病気なの?オチをつけないと死んじゃう病でも患ってるの?お姉ちゃんの感動を返してくれない?」
「残念ながら、返品は受け付けませ~ん」
しばしの沈黙。
お互い、なんとも言えない空気の中で通路を進む中、真理子が観念したかのように口を開く。
「……いいわ。その時が来たらその約束事を実行するわ。でも、その代わりとしてセーニャのように私からも約束しなさい。絶対に、無茶だけはしない!っとね」
「もちのろん!それに、お姉ちゃんがついてるから無茶なんてする必要なんてない、よね?」
優華は振り返って笑顔を見せた。暗い通路の中、その笑顔だけが不思議と輝いて見える。
真理子はため息をつきながらも、妹の背中をみつめながらこう思う。
(いつまでも小さい小さいと思ってた妹も、気付かない内にずいぶんと大きく、頼もしくなったものね。
でも……だからこそか、なにか無茶をしそうで心配だわ。……なら、その時が来たら……絶対に私が……!)
通路の奥から、かすかな風の音が聞こえる。それは、これから始まる危険な潜入を予感させるかのように、不気味に響いていた。
やっぱり、何かしらオチをつけないと気が済まない妹ちゃんでしたw




