第2話 男子校の姫、親友の妹に告白される
私立綺羅山高等学校。県内唯一の男子校で進学校。
そこにオレ、白藤理玖は通っている。
男子校の『姫』とかなんとか言われながら……
「ふう……」
オレは風呂場で一息着いていた。
——今日もやっと終わった。
学校行って、姫だ姫だと持て囃されて授業して、学校帰りに塾行ってから帰って来て……
高校生って忙しいな。
風呂から上がって、家庭用の光脱毛器を当てながら鏡を見る。
結構歳の離れた姉二人に小さい頃から人形扱いされてきたせいか、スキンケアも脱毛も染み付いた習慣になってしまった。
お蔭でニキビひとつない肌と、よく女の子に間違われる顔。
……身長はきっと高校生の間に伸びる。
早生まれだし、成長が遅いだけだ。
まあしかし、この見た目じゃ『姫』呼ばわりされても仕方がないな。
別に嫌でもないし。
……慣れてるし。
この前の文化祭では『美女と野獣』の主人公、ベルの役をやらされたしな。
相手役が親友の湊で良かった……そうじゃなかったら断ってたかも。
でも断ったとしてもやらされてたかもなあ……
あの後、一緒に写真撮ってくれって言う一般客の人が多くて、クラスの文化祭実行委員が整理券を配ってたし。
そんな物まで用意してる辺り、やっぱり断ることは出来なかったんだろう。
アイツらホント、オレの事なんだと思ってるんだ。
ノリでファンサみたく微笑んだら、みんな顔を赤くしたりして……
湊はオレのドレス姿、どう思って見てたのかな。
普段姉ちゃん達に女物よく着させられてるから違和感なかったんだけど、考えてみたら女装って異様だよな……引いてなかったらいいんだけど。
オレはそんな事を考えながら洗面脱衣室から出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日の昼休み、一緒にパンを食べていた湊が言って来た。
「今度の土曜、空いてる?」
「土曜?」
オレは考えてみた。
塾に加えて習い事もある日だ。でも時間は作れる。
「んー……午後4時頃迄なら空いてるかな」
「そっか。じゃあ11時頃から家に来ないか?
妃波がお前に勉強見てもらいたいんだって」
親友の黒崎湊は幼馴染でもある。
家も近くて家族ぐるみで付き合いがあった。
妃波というのは湊の2つ下の妹で、当然その子とも小さい頃からよく遊んだ幼馴染と言える。
「ひなちゃんが? 塾は? って言うか、お前が教えてやればいいじゃん」
「塾の先生ちょっと怖くて聞き辛いんだってさ。
教えて欲しいのは英語らしくて、俺は苦手なんだよ」
湊が面倒くさそうに言いながらパンを口に運んだ。
「ふうん……まあいいけど」
「じゃ、決まり。昼もなんか買って来て食べようぜ」
「分かった」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当日は勉強道具を持って湊の家に行った。
「よ、上がって」
迎えてくれた彼が扉を開けて元気よく言った。
私服のオーバーシャツがよく似合ってる。
カッコ可愛いぞ……
最近一緒に出掛けてなかったからちょっと新鮮だ。
「お邪魔します」
「遠慮すんな。親はどっちも仕事行ってていねーし」
「土曜出勤?」
「いや、サービス業だからシフト制」
そんな話をしながらリビングに行かせて貰う。
「理玖君! おはよう。
来てくれて嬉しいよ」
待ち構えていた妹の妃波が弾む様に近付いてきた。
「はいこれ、梓屋のプリン。後で食べてね」
「わ、ありがとう。ここのプリン大好きなんだよね」
オレが差し出した袋を受け取って、嬉しそうに冷蔵庫に向かう。
……可愛いな。湊の妹だけの事はある。
午前中はリビングの机で妃波の勉強を見てやった。
今度英検を受けるからポイントを教えて欲しかったらしい。
湊はと言うと、学校の課題をさっさと済ませて、近くのソファーでスマホを見ている。
オレの事『睫毛が長い』とか劇の練習で照れたりしてたけど、湊だって睫毛長いじゃないか。
それに、中学の頃よりもずっとがっしりして来て、頼り甲斐がありそうな身体つきになっている。
背だってオレより5センチは高い。
顔も整ってる。イケメンだと思う。
中学校の時、偶然告られてる所を見た事があったし……意外とモテるんだ。
何故か速攻断って相手を泣かせていたけれど……
「理玖君。ねえ、ここ。この例文教えてよ」
「あ、うん」
少しボンヤリと湊を見ていたオレに、妃波が声を掛けた。
すぐに指差している例文を覗き込む。
「んん〜」
不意に湊がだるそうに伸びをした。
「腹減った。なんか買って来る。
理玖、妃波、何がいい?」
「あ、じゃあ……パスタ。明太子があれば」
「私はサンドウィッチがいいな。卵入ってるやつ」
「分かった。買って来る」
そう言って湊はエコバックを掴み、スマホをポケットに入れて出て行った。
家にはオレと妃波が残された。
二人でせっせと例文を読み解く……筈が、この機会を狙ったのか彼女が口を開いて来た。
「ね。理玖君は今、好きな人いる?」
「え?」
オレは固まった。
頭に一瞬誰かが浮かんだような、浮かばないような気もした。
「い……いない……かな」
妃波が机越しに乗り出して来た。
「私の事、どう思ってる?」
突然だ。
「どうって……幼馴染の妹……かな」
「幼馴染」
「だって、そうだろ?オレ達家族ぐるみでよく遊びに行ったりしてたし……
遊園地とか動物園とか」
「……それだけ?」
「うん」
「はああ……」
彼女は大きく息を吐いて引っ込んだ。
「わっかんないかなぁ……
わざわざ土曜日に家に来てって言ったのに」
「何が?」
「理玖君を指名して呼んだのに」
「家近いからな」
すると妃波は拗ねた顔で横を向き、呟いた。
「……好きなの……」
「え」
「私、前から理玖君の事が好きだったの」
「えええ?」
オレは驚いた。
彼女は今までそんな素振りを見せた事がなかったからだ。
「ねえ、理玖君、私と付き合ってくれない?」
「そ、そんな事言っても……」
「さっき『好きな人はいない』って言ってたじゃない。
お試しで付き合ってもよくない?」
「ひなちゃんまだ中3だよね? 受験生だよ?」
「中3で受験生でも付き合う人は付き合うじゃん……私じゃ嫌……かな」
「嫌って訳じゃ……」
オレはグッと詰まった。
改めてオレを見上げて来た妃波の瞳に、涙が滲んで来ていたからだ。
きっとここまで言うのに相当の勇気がいったのだろう。
でもオレは彼女をただの幼馴染としか見ていなかった。
それよりも……
「……やっぱり……」
妃波が瞳に溢れんばかりの涙を溜めて言った。
「やっぱり理玖君は……私よりお兄ちゃんの方が好きなんだね」
「?!」
彼女の言葉に、オレは思わず椅子から立ち上がった。
「オレが? 湊の事が……?」
いや、好きだけど?
親友だし、幼馴染だし、いつも一緒にいてくれるし……
「絶対そう! 理玖君、お兄ちゃん見てる時恋する乙女みたいな目してるもん!」
「待って? 待ってくれ。
それはノリで……その……」
オレは頭を抱えた。
待て待て待て……好きってLikeじゃなくてガチめのLoveの方……?
どうなんだ? 本当はどう思っているんだ?
困惑しすぎて、顔を上げてあろう事か妃波に聞く。
「オレって……湊の事が好きなのか?」
彼女の顔がみるみる真っ赤になって来る。
とうとう瞳から涙が溢れて落ちた。
「なんで私に聞くのよ! バカー!!」
そこに湊が帰って来た。
「な、なんだなんだ? どうした?」
オレ達の様子を見て焦る。
妃波が怒った勢いで彼を見た。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんが私の恋のライバルだなんて!
サイテー!!」
「ええ?!」
彼は買って来てくれた昼飯を落としそうになる。
とんだとばっちりだ。
そして困惑した顔で妹に言った。
「……『お兄ちゃんが恋のライバル』って……
お前、もしかして女子に恋したの?」
「ちがーう!!」
妃波は叫んで机にバン! っと手を付いた。
「もう! お兄ちゃんも理玖君も爆発しろ!
私、2階でご飯食べるから! プリンも没収!」
「な……何怒ってるんだよ」
「……」
困惑する湊にオレは何も言ってやれない。
妃波はプンスカ怒ってサンドウィッチと冷蔵庫からプリンを取り出すと、さっさと2階に上がって行ってしまった。
「……なあ、何があったんだよ」
湊が呆然としてオレに聞く。
「ええと……とにかくごめん。
あんまり深くは聞かないでくれ。
ご飯食べたら帰るよ……
ひなちゃんには謝っておいてくれるかな」
「いや、アイツもなんかお前に言ったんだろ?
こっちこそごめんな」
「はは……まあ受験生は……難しい時期だしな」
適当に誤魔化したけど、どうしよう。
出来ればオレが口走ってしまった言葉は湊の耳には入らないで欲しい。
……あれは言葉のあやだ、多分。
でも、湊は本当はオレの事、どう思ってくれているんだろうか。
気にならないって言うと嘘になる。
『恋のライバル』って聞いて、すぐ女子か? って聞いてたから……
やっぱり普通の女の子が好きなんだろうけど。
オレは少し上擦ったような気持ちで、買って来てくれた明太子パスタを彼から受け取った。
オレは湊の事が好きなのか……
もしかしたら本当にそうなのかなとか思った時もあったけど、あんまり深く考えた事がなかった。
オレは湊に恋をしているのか……
オレは湊が……好き?
頭の中がぐるぐるする。
好物だった明太子パスタの味がその時はよく分からなくなってしまっていた。




