第16話 君をいただきます
3階にある生徒指導室から解放されたオレ達は、そのまま校舎を跨ぐ渡り廊下を歩いて教室に戻ろうとしていた。
三人とも黙ってゆっくりと歩いている。
その内、湊が口を開いた。
「六原。お前の機転で話はただの揉み合いだったみたいな事になって収まったけどさ、白藤にはちゃんと謝れよ」
六原はまだ黙っている。
湊がまた言った。
「お前さ、このまま東京に帰っちゃうの後味悪いと思わない?」
「……だった」
「「え?」」
何か小声で彼が言ったので、オレと湊は同時に聞き返してしまった。
「だから、初めてだったんだよ、僕のキスが拒否られたの!」
六原が顔を上げて恥ずかしげに言葉を投げた。
少し頬が紅潮している。
「はあ?」
湊の眉が不機嫌そうに上がる。
「僕が好きだって言った相手はみんな応えてくれた。
この可愛さと綺麗さだよ? 男女関係なくウェルカムだった。
キスなんて挨拶じゃないか。
白藤君だけだよ、大真面目に拒否ったのはさ」
「いや、普通に嫌だよ」
「嘘?!」
オレの言葉に六原が本気で驚いた。
「お前、今まで何人ぐらい口説いて来たんだ?」
湊がもはや呆れ顔で聞いて来る。
彼は素直に指を折って数えだした。
「両手じゃ足りない」
「マジかよ、怖えな」
「と、とにかく、気持ちは嬉しいけど、オレはそんなつもりないから。
六原は……友達だし」
オレは戸惑いながらも言う。
それに湊がまた呆れ顔で返して来た。
「理玖も人が良いな。まだ友達とか言えるの」
「だって、好きな人に触れたい気持ちは分かるし……あっ」
しまった。
「えっ、好きな人?」
「なんでもない」
すぐに否定する。
その様子を見ていた六原が、膨れっ面で口を尖らせた。
「悪かったよ、白藤君……
でもさ、君ももっと素直になったら?」
「……」
「何?」
湊が聞いて来る。
「黒崎君もだよ!」
六原は何故かキレ気味に彼に言った。
「んえ?」
湊が変な返事をする。
その時、
「あ、いたいた。織姫~!」
とクラスメイトが数人駆け寄って来た。
「姫との痴話喧嘩済んだ?」
「今日はもう用事ないんだろ?」
「今からカラオケ行かない? お別れ会しよ」
「『六原伊織』の歌声聴きたい!」
みんなが口々に誘って来る。
痴話喧嘩なんかしてないからな。
「うん! 行こう行こう」
六原は途端に笑顔になって答えた。
そしてオレを振り返って近付くと、両手をそっと取った。
「?!」
驚くオレに余裕の顔で言って来る。
「白藤君、ちゃんと告白しないなら今度僕が帰った時に君をいただきます」
――いただきます?
オレの何を? く、唇?
「な! お前またそんな……!」
湊がたじろぐ。
「うわあ」
「織姫が姫に告った!」
「えっ、マジマジ? どーなんのこれ」
そこに居た奴らも騒めいた。
「ふふ」
六原は軽く笑うと、呆然としているオレの手を離してクラスメイトの方に駆け寄った。
こちらに向かって微笑んで手を振り、すぐみんなの方に向き直る。
「さ、行こう」
「え。今の何」
「白藤達は?」
いろいろ聞いて来る彼らの背中をポンポンと叩き、六原は言った。
「あの二人はいいの。みんなありがとね」
そしてその集団はワイワイ言いながら去って行った。
渡り廊下には、オレと湊だけが取り残された。
「なんだったんだ」
「さあ……」
二人で呟き、どちらからともなく鞄を取りに教室に向けてまた歩き出した。
「そう言えば、昨日は声を掛けてくれてありがとう、湊。
助かったよ」
オレは言えてなかった礼を言う。
「ああ。ホントたまたまだったよな。変な事にならなくて良かった」
湊が返す。そして
「理玖は凄く綺麗で可愛かった。モデルかアイドルかと思ったよ」
と言って来た。
「そ、そう?
ノイキャンイヤホン買ってくれるって言う姉ちゃんにあんな格好させられて……
引かれたと思ってた」
「はは。正直ちょっと引いた」
「う……」
やっぱり。
オレだってあんな格好見られたくなかったよ……
「俺のさ、憧れで大好きな奴、びっくりするぐらい綺麗じゃんって思って引いた」
「え……」
唐突な湊の言葉に、オレは立ち止まってしまった。
数歩先を行った彼が振り向く。
そしてじっと見つめて来たけれど、やがてほわりと笑って言った。
「理玖。……俺はお前が好きなんだ。出来れば誰にも渡したくない」
――一瞬、聞き間違えたのかと思ってしまった。




