第13話 理玖の危機
今朝は重い気持ちで家を出た。
昨日、女装してアウトレットモールで買い物をしている時に出会ってしまった湊。
ハプニングに咄嗟にオレを庇ってくれたけど、本当はあの時どう思っていたんだろう。
オレのガチの女装姿に思いっきり引いたんじゃないだろうか。
まさかメッセージアプリでどうだったか聞くわけには行かない。
気まず過ぎる。
あの後、新しいイヤホンはゲット出来たけど、心は何処かに置いてきぼりになったままだ。
ああ……今日、会いづらいな。
一体どんな顔して挨拶したらいいんだろう。
そんな事を考えながら、校門を潜る。
「おはよう。あれ?
今日はいつもよりちょっと遅い?」
登校してきた六原が近付いて声を掛けて来た。
「おはよう。寝坊した」
「そうなんだ、珍しいね」
オレが返事をすると少し首を傾げて言ってくる。
六原も相当女子顔だ。
仕草まで女っぽい所がある。
なんて言うか、あざとい。
でもこれがコイツの持ち味だから、許されるんだよなあ。
「ひーめ! 織姫も。
おはよう。こんな所で会えるとは奇遇ですな」
「姫〜! おはよう」
「おはよう」
クラスの奴らも目ざとく見付けて挨拶をして来る。
オレは六原とその他何人かに囲まれて、ワイワイ言われながら教室に入った。
湊はもう席に着いている。
でも、オレを見付けると立ち上がって近付いて来た。
「理玖、おはよう」
「おはよう、湊」
ちょっと間があった。
「なんだなんだあ?
二人とも固まってどうした。
なんかあったの?」
太田がふざけたように言って寄って来る。
「……っせぇな」
湊が煙たそうに言う。
「え? ガチの喧嘩?」
「は? ちげーよ。なぁ?」
「う、うん」
なんだか今日の湊、いつもより言葉遣いが投げやりだ。
やっぱりオレのあんな姿を見たから……?
迷っていたら、彼が言った。
「あのさ、俺、今日の昼は体育祭の実行委員会の会議があってそこで飯食わないといけないの。
昼一緒出来ないから誰かと食って」
面倒くさそうに頭を掻いている。
この前くじ引きで実行委員を引き当ててしまい、渋々引き受けていたけれど、そうか、会議があるんだ……
「うん。分かった」
オレは短く返事をした。
けれども、昼休みにはオレは誰ともつるまなかった。
さり気なく教室を出て、あまり人が来ない体育館倉庫の裏に行っていた。
少し一人になりたかったからだ。
階段に座り込んで、もそもそ惣菜パンを食べる。
静かな倉庫裏では、それでも手入れがされたプランターに花が咲いていた。
春の優しい風にゆらゆらと揺れている。
「白藤君、こんなところにいたんだ」
不意に声を掛けられて顔を上げた。
六原が後ろで手を組んで、にこやかに近付いて来ていた。
「六原」
「珍しいね、君が一人で誰も気付かない様な所にいるなんて」
そこを見付けてくるお前は何者なんだ?
「なんでここが?」
「ふふ、何となく。
朝、ちょっと様子がいつもと違うなって思ったから。
今日は黒崎君は?」
「ああ、体育祭実行委員会があるから会議室に行ってるらしい」
「そうなんだ」
六原はオレの近くに腰を下ろした。
「あのさ、黒崎君と何かあった?」
「……別に」
彼はオレを見た後、プランターの花を眺めるように前を向いた。
脚を組んで膝に両手を乗せる。
「実はね。僕、暫く学校休むんだ。
今日、休学届を出して来た」
「え?」
「東京でもうすぐ大きな企画のドラマのオーディションがあるんだって。
凄く急なんだけど……
ずっと憧れがあって、出演してみたかった監督の作品なんだ。
マネージャーが教えてくれたんだけど、今回特別枠でエントリーをさせて貰えるらしくてね。
僕、いろいろあって、今は我儘言って芸能界の活動は休止してるんだけど、そのオーディションには出てみたいなって思ったんだ。
だから暫く親元に戻って、レッスンからやり直すつもりでさ」
「へえ。凄いな、頑張って」
「うん。それで、最後だから君も教えてよ」
「何を?」
「黒崎君と何があったのかをさ」
「……」
オレはこの時、六原になら言っても良いかなと思ってしまった。
同じ『姫』呼ばわりされてる間柄だし……
「実は、昨日姉ちゃんに頼まれてフルメイクとウィッグで女装して出掛けたんだよね」
「凄い。見たかったな」
「まあそれで、出掛けた先で偶然黒崎に会っちゃって……」
「黒崎君がいたの?」
「うん、写真部の撮影でたまたま……」
「それでそれで?」
「姉ちゃんはプロのBAだし、絶対俺だと分かんないだろって思ってたのに、一瞬で見抜かれちゃったんだ……」
「ある意味彼も凄いね」
六原が何故か少し不機嫌になって言う。
「それで、引かれたんじゃないかって思って。
今日どんな顔してアイツに接すればいいんだろって考えてしまってて」
「……ずるいな」
「え? 何が?」
六原が立ち上がってオレの正面に来た。
「なんで君達はそんなにお互いを想い合ってるの?
僕だって君の事が好きなのに」
「な?」
なんだ? 今何を言われたんだ?
「本当に真面目な事を言うよ。
君に一目惚れだったんだ。
転校して来た日にズギュンって来ちゃった」
「ちょ、ちょっと待って」
オレは慌てて立ち上がった。
六原はでも、ずいっと迫って来る。
迫力に押されてつい後ずさってしまった。
——ヤバい、後ろは壁だ。
「一目惚れって……オレ、男なんだけど」
「男でも女でも関係ないよ。
僕は白藤君が白藤君だから好きになったんだよ」
「そんな、でも」
気持ちは嬉しいけど、オレは……
「ねえ、黒崎君みたいに鈍い人は放っておいて、僕を好きになってよ」
ひえ、目が真剣。
それに少し染めた頬で迫る顔がめちゃくちゃ綺麗だ。
待てこれ演技? ……じゃないよな。
不覚にもオレは追い詰められた。
「?!」
六原が素早く右手首を掴んで壁に押し当てて来る。
まずいまずい、綺麗とか思ってごめんなさい。
割と力あるじゃん。
やっぱり男じゃんっ、怖っ。
もしかして、こういうのに慣れてる?
「止……あっ」
彼は焦ったオレの頬を右手で撫でると、そのまま顎に指を添え、上を向かせて来た。
残念ながら、コイツの方が少し背が高い。
六原は艶のある瞳で思い切った様に言った。
「僕に思い出をくれない? 『姫』」
「……」
驚きすぎて上手く声が出ない。
オレ、めちゃくちゃ危機じゃない?
六原っていい奴な筈なんだけどこれ、ふざけてやってる?
まさか本当に……
パニックで頭が上手く回らない。
どうしようと思っていたら、やっぱり彼の顔が迫って来た。




