第11話 バレる訳はないはずだ
あれはまさか……
最初は渋々だったのに、途中から楽しくなって気が緩んでいたのだろうか。
前から歩いて来る人が湊だと気付いた時には、もう数十メートルしか離れていなかった。
隣にいるのは、彼と同じ写真部の高橋。
今は違うけれど、1年の頃は湊と同じクラスだった。
金曜の部活で写真を撮りに外に行けとか言われたのか。
展示会も近いって言ってたし。
オレが今日用事があるって言ったから、急遽友達と写真を撮りに行く事になったって所か。
このモール、建物が映えるからな。
でもどうしよう。
このまま行くと、後数歩ですれ違ってしまう。
今のオレはこんな格好をしている……知られたくない。
いくら普段から姫姫言われてても、文化祭でもないただの休日にガチで女装してたら引かれるだろう。
ま、まあバレないか。
自分で言うのもなんだけど、今日のオレはいつもと違う。
どこからどう見ても女の子にしか見えない筈。
顔だって、自分でも信じられないくらいに変わってる。
きっと分からない。
いくら湊だって、ぶらぶらしてる時にそんなに注意深く周りの人を見ないだろう。
大丈夫。
バレない、絶対。
オレは自分に言い聞かせて、何事もないように彼らとすれ違った。
その瞬間はスローモーションの様に過ぎて行った。
気にしてはいけない、と思っていたのに。
見なければいい、と考えたのに……
オレはほんの少しだけ、湊を見てしまった。
「?」
すれ違った後、湊が顔を上げてふと立ち止まった。
口が不思議そうに開く。
「……り……」
その声が聞こえるか聞こえないか分からないうちに、オレは思わず走り出していた。
しまった。
頭の中で、後悔と信じられなさが入り混じる。
嘘だろ?
なんで? なんでオレだと分かった?
「ちょっと! り、りっちゃん?!」
慌てた姉の声がする。
オレは構わず走った。
もうなんだか凄く恥ずかしくなってしまった。
湊が今、どんな顔をしているか、ここで走ってしまうとどう思われるのか、とか。
そんな事はどうでも良くなって、とにかくここから走り去ってしまいたくなったんだ。
履き慣れていないヒールがカツカツと音を立てる。
石畳に足を取られない様、オレは少し下を向いたまま走っていた。
「! おい!」
急に、バシャンと音がしてハッとして止まった。
見ると、モールの道が十字路になっていて、オレが走って来たのと横道から来た人がぶつかり掛けていた。
避けた男性の手からジュースが落ち、道に零れ落ちた中身がその人のズボンに跳ねてしまっていた。
「ごめんなさい!!」
オレは慌てて謝る。
どうしよう、この人の服を汚してしまった。
「おい姉ちゃん、ちょっと可愛いからって謝って済むことか? これ」
その大学生ぐらいの男性が凄む。
「あ、あの、本当にごめんなさい」
これは……ここは敢えて女子で通した方がいいのだろうか?
「おい、よせよ。怯えてるじゃん」
連れの人が言ってくれる。
「飲み物代とクリーニング代、出しますから」
オレはそう言うとバッグから財布を取り出そうとした。
「てゆーかさ、そういうのいいから」
視界が暗くなった気がしてハッと頭を上げると、下卑た笑顔が覗き込んで来ていた。
えっこれ、なんかよくある悪い展開っぽい?
嫌な予感がしたその時、
「すみません、その子、俺の連れなんです」
と、追い掛けて来た湊が声を掛けて来た。
「湊」
「ああ? 男連れかよ」
いかにもがっかりした様子で男性が答えた。
湊は落ち着いて鞄からウェットティッシュのケースを取り出す。
「とりあえず、これ使ってください」
「……」
男性は黙ってそれを受け取ると、自分のズボンの汚れた所を拭いた。
そしてちょうど歩いて来た姉と、高橋もオレの近くに来た。
「妹がすみませんでした。
お飲み物、買い直してくださいね。
クリーニング代もお出ししましょうか」
姉が札を出しながら言ってくれる。
その頃にはなんだなんだと人が集まって来ていた。
二人の男性は気まずくなったのか、ウェットティッシュを湊に返し、
「じゃあ、飲み物代だけ貰っておきます」
と言って札を受け取ると、そそくさと去って行った。
オレは、ふう、と息を吐いた。
落ち着け。ここはひとまず礼を言わないと。
そう思い、女子っぽく声色に気を付けて、
「黒崎君、ありがとう」
と湊に言った。
恥ずかしい。
顔も上げられない。
「お、おお。何もなくて良かったな」
「誰? お前の知り合い?」
彼の返事に、高橋が不思議そうに聞いて来る。
こっちはオレが誰だか分からないみたいだ。
湊は、
「うん、俺の幼馴染。
今は学校が違うけど」
と答えてくれた。
おお、湊!
オレの今の心境を察してくれるんだな。
ナイス嘘!! 神!
オレは次に姉の方を向いて言う。
勿論妹っぽく。
「お姉ちゃんありがとう。ごめんね」
姉は湊をチラリと見て言った。
「いやまあ、うん。
なんか急に走り出してどうしたのかなって思ったけど。
何? 虫にでもたかられたのかな?」
「あ、そうそう。
ちょっと蚊柱が襲って来てびっくりしちゃって……」
姉ちゃんもナイスフォローだ。
「じゃあ、俺達撮影しに行くから。またな」
湊がさりげなく言って、高橋を促す。
「う、うん。
本当にありがとう」
オレは去って行く二人に小さく手を振った。
彼らが見えなくなってから、姉が聞いてきた。
「今の子の片方、湊君よね?
暫く見ないうちに大きくなったねぇ」
「そうだね」
「あんたの事、分かって声掛けてくれたのかな?」
「多分」
「そっか。
お姉ちゃん、あんたの事絶対別人に見える程変身させたつもりだったのになあ」
そう言ってこちらを見る。
「……なんだよ」
「なんでもない。助けてもらえて良かったね」
意味ありげにニヤついて来る。
気持ち悪い。
「どうせ姉ちゃんのメイクがいまいちだったからバレたんだろ?
もうその話はいいから、次はイヤホン買いに行こ!
あ、さっきの飲み物代は出すから」
オレはもう、堪らなくなってそう言いながらスマホを出し、電子決済の送金画面を開いた。




