第10話 姫、姉と出掛ける
天気の良い休日の朝。
オレは上の姉である香澄の部屋の鏡台の前に座らされていた。
「ホントにねえ、お姉ちゃんがりっくんと同じ日に休みが取れる日なんて、あんまりないんだからね?」
姉が嬉しそうに言いながら、パフを嵌めた指を顔に押し当ててアイメイクをしてくれている。
「マジでカンウッドのハイレゾノイキャンイヤホン、買ってくれるんだろな?」
オレは目を瞑ったまま確認する。
「勿論! りっくんが本気出して女装してくれるんだもん、お姉ちゃん大判振る舞いだよ〜」
女装。
そう、今日はなかなか休みが合わない姉と、やっと休日を合わせられた日だ。
この日を狙って、彼女はオレとアウトレットモールに行く約束をした。
それも、オレの事を『妹』として連れ回す為に。
勿論一旦断ったが、以前から欲しがっていた高めのイヤホンを買ってくれると言われて、それならとあっさり引き受けてしまった……
小さい頃から末っ子として育った弟の習性だ。
抗えない。
「りっくんこんなに綺麗で可愛いからさ、姉妹で一緒に買い物行きたいのよ。
アフヌンも奢るから。
大丈夫。普段デパコスコーナーでBAをしてるお姉ちゃんの腕を信じなさい」
「のの姉ちゃんもいるくせに……あっちが本当の妹だろ?」
「あ〜ダメダメ。あの子は今彼氏に夢中で、私なんかと遊んでくれないから」
姉はオレから手を離し、ジェスチャーを含めて諦め顔を左右に振った。
下の姉は乃乃香という名だ。
現在大学生で、香澄姉曰く絶賛彼氏とラブラブ中らしい。
そんな風に丸め込まれ、今のオレは恥ずかしながら、ハイティーンズ向けの可愛いブランドのワンピースを着せられている。
頭にはセミロングのサラサラ髪のウィッグを被り、仕上げのメイク中なのだ。
……小さい頃から女物の服を着させられては来たけれど、なんだこれ、ガチもんの女子じゃん……
物欲に負けたオレが悪かった。
マジでこの格好で出かけるの?
でも今更嫌だとは言えないしなぁ……
遠目のアウトレットモールだし、まあ誰にも会わないか……
そんな事を考えながら、されるがままに口紅も引かれる。
「はい、出来た」
姉の声で、目を開けて鏡の中のオレを見る。
「うわ……我ながら凄い腕!
めっちゃ可愛くて綺麗!」
彼女が覗き込むようにオレの顔と鏡の中を交互に見て、自画自賛で叫んだ。
そこには自分で言うのも信じられないような美少女がいた。
「……これが……オレ?」
「うんうん。りっくん普段も可愛いけど、これなら全然誰かも分かんないよ。
立って立って」
オレが立ち上がると、姉は凄い勢いでスマホで写真を撮りまくった。
カシャカシャと連続音が部屋に響く。
「ちょ、やめてよ」
「良いじゃない〜可愛い『弟』が可愛い『妹』になってるんだよ?
お姉ちゃん興奮しちゃうよ」
「キモい!
絶対人に見せるな! ネットにも上げるな!」
「分かった分かった。
怒っても可愛いなあ」
「もう……」
オレは照れてついワンピースをキュッと掴む。
「はあ? 仕草が完璧に女子じゃん。天使か?」
「なんだよそれ!」
姉も学校の奴らもあんまり変わらないな……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
準備が出来たので、姉が運転する車でアウトレットモールまで行った。
郊外型大型ショッピングセンターのここには、周辺地域からの買い物客が大勢来ている。
建物の外観が凝っていて、イギリスでよく見かけるチューダー様式のハーフティンバーが特徴的だ。
モール中心近くにある噴水も現地に似せた豪華な作りになっていて、恋人同士や家族連れの休憩場所としても人気だ。
姉はここでバッグと靴を買いたいらしい。
早速どの店がいいか、オレと並んで歩きながら物色している。
彼女の背は高い。
167センチはあるだろうか。
それが7センチのヒールを履いていたら、174センチにはなる。
オレが164しかないから……いや、でも去年4センチ伸びたしまだ行ける筈。
とにかく今日はチャンキーヒールの靴を履いているから、170近いだろう。
でもどっちにしろオレの方が低い。
妹だと言われてもおかしくない。
っていうか、わざわざオレの為に靴や服を用意してくれている所が怖い。
どこまで本気なんだろう……
これは礼を尽くす為にも今日はオレも全力で『女子』を演じるしかないのかな?
仕草に気を配りながらもウィンドウショッピングを楽しみ、実際に姉の買い物にも付き合う。
これが済んだら、併設されている大型商業施設の中の家電量販店でイヤホンを買ってもらうんだ……
どんなのを買って貰おうかな。
この際いい奴をねだろうか。
そんなことを考えながら歩いていたら、前方から誰かが近付いて来ている事に気付くのが遅れてしまった。
……首元にカメラを下げた湊が、友達とこちらに向かって歩いて来ていた。




