彼女の辞書に常識は存在しない
さて、現実逃避気味に自己紹介でもしておこう。
ぼくはアラン・ル・キリアン。
ファスタリア公国の魔法学園に通う十五歳。ちなみに魔法適性は土と水で、能力値としては中級程度、まぁ、至って普通といったところ。
見た目を自慢するわけじゃないけど、光の加減で銀色に見える明るい灰色の髪と瞳をもっていて、わりと目立つほうだ。体格としてはそこまで大柄じゃないけど、貧相でもない。
隣国クリペリアン帝国の血も継ぎ、ファスタリア公国の血も継いでいるため、血統を求める家からは婚約を求められているらしいけど、その辺りは後継ぎである兄に任せっきりの次男坊だ。
スペアではあるけど、基本的には自分で身を立てなければならず、将来は文官を目指している。何より求めるのは、平和且つ安定した老後だし。
できれば、そこに死を分かつまで生きてくれる人がいると尚良しなのだけど、これはちょっと恥ずかしくて誰にも言えてない。
え? 聞いてないって?
「――い、―――のか?!」
そんなこと言わずにせっかくの自己紹介だし、ちゃんと最後まで聞いてよね。
魔法学園を出て文官になれるのって聞かれるけど、文官の必須項目の一つに自衛があって、学園では魔法に関することの一つとして拘束系や解毒系の解除も学ぶわけ。魔法に抵抗できないと、国家機密も護れないっていうやつで。
「――おい、ちゃんと聞いてるのかッ」
「聞こえてるよ」
いや、だからね、ぼくは彼女の幼馴染みであって、保護者じゃないんだけど。
毎回ぼくのところに来るクラスメイトたちにそう返してるけど、誰ひとりとして納得してくれないのは何なんだろう。
今もそう、クラスメイトの一人、ジョーナスが唾も飛びそうな距離であの女をどうにかしろとぼくに捲し立ててくる。
残念なことに、興味のあることにしか目がいかない彼女には悪気という言葉が存在していないのだ。
「じゃあ、さっさと止めろ」
胸ぐらを掴んで彼女を指すジョーナスの機嫌はすこぶる悪い。
まぁ、そうなるよね。
愛ってなんですか綺麗とか可愛いって言ってるけどそれも愛なんですかリアーナ嬢やマルナ嬢の胸元ばかりに目がいってるのも愛の一つなんですか、なんて一息で色々暴露されたら嫌になるのも当然だ。
でもね、女性の胸元をジロジロ見て、でかいとか触ってみたいって言ってたのは、ちょっといただけないから暴露されても仕方ないんじゃないかな。
「本人に言ったらどうかな」
「話聞かねぇ相手に何言ってもムダだろ」
確かに夢中になっている時は全く話を聞かないので、ぼくは思わず頷いてしまった。
ジョーナスだけでなく、胸元を見られていたリアーナ嬢やマルナ嬢にまで突進して大きいほうが柔らかいんですかなんて聞いてる辺り、手に負えない。
本人からすれば知的好奇心みたいなものだけど、相手は思春期真っ盛りなクラスメイトたちで、男女のあれこれに興味が出始めた年代でもあって、いやいや、聞き耳立ててるヤツ多くないか?!
内容的にも学内でするものではないことは確かだ。
「はい、ストップ」
もがっ、とか、ふがっ、とか口が塞がれたせいで変な音が出てるけど笑ってはいけない。
羞恥で真っ赤に染まった令嬢たちからはホッとした様子が見えたし、令息たちからは少し不満そうな様子が見える。
ちょっと、令息何不満そうにしてるわけ? 彼女に文句言えないじゃん。
「謝って」
「ごめんなさい?」
絶対何で謝らされたのか解っていない顔で、それでも謝罪した彼女に、クラスメイトたちはまたかみたいな空気になった。
風物詩になりつつあるそれに、なら自分たちで解決してくれないかなと思いつつ、彼女を教室の端に連れていって溜息を吐く。
「アラン?」
お説教だと察したらしい彼女は不安そうに僕を見上げてくる。若干あざといんだけど、これ、素でやってるからなぁ。
「なんで『謝って』って言ったか、解ってる?」
「え、と、聞いちゃいけなかった?」
付き合いが長いだけあって、ぼくが口を塞いだり、教室の端や人波から外れたところに連れて行く時は何かをやらかしてしまったと認識できるようになったんだけど、そうなる前に解って欲しいんだよね。
「そうだね、ああゆうことは人前でする話じゃない」
「でも」
「気になっちゃった?」
小さくこくりと頷く正直さはいいけど、気になっちゃったからで済まされるのは、小さい時だけだ。
ただ彼女の場合、その小さい時でさえ、行き過ぎてしまって許してもらえてなかったけど。
この好奇心や、興味をもつ方向が、人間じゃなければトラブルにならないのに、何故か彼女の興味の多くは人間がもつモノだ。感情であったり、生態であったり、営みであったり。
「アランに聞くのは?」
うん。
やっぱり何も解ってなかった。




