・理想郷の統治者と侵略者編ー8.気掛かり
真夜中の闇咲邸。外では嵐が酷くなっていく中、レイナはずっとあの出来事がずっと気掛かりだった。
彼女が座る黒革のソファーの中心にはガラスのローテーブル。その上に置かれた紅茶は手をつけられず、ただ冷めるばかりであった。
「どうしたの?おねーちゃん」
レナがどこからかひょこっと現れ、レイナの隣に座る。
「レナ。私、実は謝りに行ったの……」
レイナは小声で、どもるように話す。
「そういえばおねーちゃん、急に飛び出していったよね……」
「うん。そしたら、あいつ……りんたが急に私を抱きしめてきたの……」
「ええっ!?おねーちゃん!?」
敵勢の態度になのか、それとも仲間としてのプライドなのか、単純に驚いているだけのか、レナは思わず大声をあげた。
「うん……」
レイナは、涙を浮かべている。
「……おねーちゃん?どうしたの?」
レナは、彼女の顔をそっと見つめる。
すると顔を手でおおい、ひくひくと泣き始めるレイナ。
レナは、ますますレイナの顔色をうかがう。
「……おねーちゃん?」
「違う……違うの……」
「じゃあ、どうしたの?」
「……なんか今……物凄く複雑な気分……。私の事を許してくれて……でも、なんかとても……」
レイナは顔を両手で覆い、伏せる。ひくひくと喘ぎ、覆った手の下は涙で濡れていく。
「おねーちゃん……」
それを見たレナも表情を曇らせ、その場で呆然とする。
そこへミライがやってくる。
「どうしたの……」
「……あっ。みーちゃん、聞いて。おねーちゃん、あれから何だかおかしいの。リオレ荘で何かあったのかな?何か……分かる?」
レナは、何も話そうとしない姉の容態を不安げに見つめているばかりだった。
それを聞いたミライは、レイナの隣に座る。静かにレイナの背中をさすりながら、スピリ
チュアルな波動を感じ取る……。
「……!」
するとミライは、けいれんしたように目を見開き、静電気に触れたかのように手をぴくりとレイナから離す。そして息を整え、不安げに話し始める。
「レイナの本心はよく分からないけど……、すごく歪な……未来……。彼は本当は紳士……いや、恐ろしい存在かも……。レイナも……アルカディアも……、彼が動かす……のかもしれない」
「それってどういうこと……?」
レナにとってそれは、ますます意味深な言葉である。
更にミライは、こう続ける。
「みーにもまだ……詳しくは……分からない……。ただ……、ユウリのこと……気をつけて……」
「ゆーりんに気をつけろ?……まぁ、ここ数日、なんだか落ち着かなさそうな節はあるけどね……」
「うん……」
「あんまり気を使いすぎると彼も気の毒だろうし、みーちゃんが疲れすぎるから。ほどほどにね」
レナは、ミライを不安がらせないように出来るだけ自然な笑顔を見せた。
それを見たミライ。彼女の笑顔と気遣いを見て、予知で感じとった緊張がほぐれる。
「おねーちゃんも、気持ちの整理がついたらまた話してね」
レナは、レイナの背中をそっとさすりながら言った。
するとレイナは顔を上げる。涙で濡れ、目元が赤く染まった泣き顔は、口を緩めてこうつぶやく。
「分かったよ……」
それを聞いたレナとミライは一安心。安堵の表情を浮かべた。
いつの間にか外の嵐も落ち着き、外は雨がしとしとと微かな音を立てながら降っていた。
その後。レイナは自室のベッドの上にいた。あれからずっと眠れないでいるのだ。
しとしとと降り続く雨。夜が明けるにつれ、明るくなっていく部屋。
彼女はあれから、今まで起こったことを脳内で巡らせていた。
『勝手に奪うのはよくないって』
(あの時私がもっとはっきり言っていれば……)
『貴様らも哀れだな。俺たちは神の加護を受けたのだよ』
(あの時はまさかと思ったし怖かった。でも……)
『いいんだよ。分かったから』
(……彼は優しい。こんな私でも許してくれた)
『──彼は本当は紳士……いや、恐ろしい存在かも……。レイナも……アルカディアも……、彼が動かす……のかもしれない』
(みーちゃんの言ったこと……本当かもしれない。でも……)
『大丈夫だよ。レイナはいざという時に悪魔らしくないね』
(あの調子だと起こしてもどうせ殺されかけたのかもしれない……それに奇病を治すのが第一だった。それに、私たちが喧嘩売ったのは悪いことだけど……私はこのアルカディアの“女王様”)
『レイナ……そう言わないで気を確かにしろっ……うぅっ!』
(優しいのは……ゆーりんも変わらないからね)
『やっと起きてくれた……。心配したんだよぉ……』
(レナも、)
『二人とも……今この場にいれて良かった……』
(みーちゃんも心配してくれた……)
『本当ただ者ではないわね……このままでは私たちの村も危ないかもしれないわ!』
(最初からゆーりんがねじ伏せられるなんて、こうなっても当然かもしれない……)
『……レイナ、帰るよ』
(ねじ伏せられて、今度こそねじ伏せたと思ったらまだ生きていたなんて、ひねくれても当然だな……)
(それに“私”たちは、“Yamisaki Clover”。アルカディアの統治者。私は闇咲邸の邸主で、ここの女王様。でも、どうしてだろう。最近やたら虚しい気持ちだった。敵の不意打ちで、こんなに安心する気持ちになるだなんて……)
レイナは、掛け布団を顔まで覆うようにかけた。
体温で温まったふかふかの布団。彼女の複雑に絡み合う心と、その小さな身体を優しく包みこむ。
しかし乙女心はそんな単純なものではない。やはりレイナは思考に囚われ、そのまま朝を迎えるのであった……。




