第9話 聖女の証明
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「え? な、何を……」
魔王が、俺の身体に憑依した?
言葉の意味は分かる。それでも、自分のことを言われているとはすぐには思えなかった。俺は俺だし、魔王を斬ったときのことも、その後セレスと話したことも全部覚えている。
「違います」
ようやく声が出た。
「俺はアルトです。魔王は俺が倒しました。殿下にも、そう報告したじゃないですか」
「ああ。聞いている」
レオルド殿下は静かに答えた。
「だったら、どうして……。確かに、魔王が倒れたあと、何かが俺の中に入ってきました。たぶん、魔力だと思います。でも、それだけです。俺は魔王なんかじゃありません」
レオルド殿下がすぐに聞き返した。
「魔王の力が、お前の中へ入ったのか?」
「……はい」
「その話は、前線では聞いていないな」
言われて、喉が詰まった。
あのときは、教会や陛下にまで話が行くと聞いて怖くなった。それで全部は話さなかった。けれど、今ここでそれを説明したところで、言い訳にしか聞こえない気がした。
「すみません。でも、だからって俺が魔王になったわけじゃ――」
「魔力が移ったというだけで、本人まで魔王になるものなのか?」
どこからか、声が上がった。
「勇者はこうして普通に話しているではないか」
「憑依など、本当にあり得るのか?」
全員が殿下の話を信じたわけではないようだ。
「聖女よ」
陛下がルシエラを見る。
「魔王と同じ魔力がある。それだけで、憑依したと言えるのか?」
「いいえ」
ルシエラはすぐに答えた。
「魔力が同質であるというだけで、そこまで断定することはできません」
やっぱりそうだ。ルシエラなら分かってくれる。
「ですが、一つ確認させてください」
ルシエラは俺の方を向いた。
「アルト。あなたに聖魔法を使います」
「俺に?」
「ええ。魔王や強力な魔族に対して使う魔法です。もちろん、威力は抑えます」
王都へ着いたら、もう一度きちんと診ると言われていた。てっきり前線でやったように身体や魔力を調べるのだと思っていたので、こんな大勢の前で魔法を使われるとは考えてもいなかった。
それでも、これで俺が魔王ではないと分かるのなら断る理由はない。
胸元でセレスが動き、爪が服の内側に引っかかった。
頼むから、今はじっとしていてくれ。
「アルト。構いませんか?」
「……あぁ。やってくれ」
ルシエラは小さく頷くと、陛下へ向き直った。
「お許しいただけますでしょうか」
「危険はないのだな?」
「はい。この聖魔法は人族には害を及ぼしません。魔族に対してのみ効力を持つものです。アルトがこれまでと変わらないのであれば、何も起こりません」
陛下はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「よかろう」
近くにいた人たちが下がり、俺とルシエラの間が空いた。
ルシエラは数歩先で立ち止まった。
旅の間、彼女の魔法には何度も助けられた。傷を塞いでもらったことも、結界で攻撃を防いでもらったことも、一度や二度じゃない。魔族に囲まれたときには、ルシエラの支援があるだけでどれほど心強かったか分からない。
そのルシエラが、今は俺に向かって手を上げている。
「アルト。いきます」
「いいぞ」
ルシエラの手の前に白い光が集まり始めた。
見慣れた聖属性の魔力だったが、治療のときとは違う。肌がひりつくような圧があり、胸元のセレスがまた身じろぎした。
白い光が強くなる。俺はその場から動かないよう足に力を入れた。
ルシエラの手から光が放たれる。
避けるな。
分かっていたのに、身体は勝手に横へ動きかけた。何度も戦場で攻撃を受けてきたせいだろう。俺は意識して、踏み出しかけた足を止めた。だが、気づけば魔力を前へ出していた。
それでも、ほんの少しだけのつもりだった。
「なっ……!」
ところが、そのつもりで出した魔力が、予想もしない勢いで膨れ上がる。腹の底から押し上げられるように力が広がっていく。
慌てて魔力を抑えようとしたが、目の前の白い光が大きく歪み、そのまま弾け飛んだ。
強風が広間を抜ける。ルシエラの銀髪が大きくなびき、彼女自身も片足を引いて踏みとどまった。壁際の垂れ幕まで揺れ、周囲からいくつもの声が上がる。
「今の……俺がやったのか?」
俺は手を前に出したまま固まっていた。
「ルシエラ、大丈夫か?」
咄嗟にそう聞くと、ルシエラは体勢を戻した。
「はい。大丈夫です」
「よかった……」
けれど、どうしてあれほどの力が出たのかは、俺にも分からなかった。
「……今のは」
誰かが呟いた。
「何という魔力だ」
「勇者はあれほどの力を?」
「聖女の術を弾いたぞ……」
声が重なっていく。
俺はゆっくり手を下ろした。
防ごうとはした。でも、ほんの少し受け止めるつもりだっただけだ。まさかルシエラの魔法そのものを弾くなんて思ってもいなかった。
身体の奥には、まだあの膨大な魔力が残っている。
セレスが馬車で言っていたことを思い出した。
人のいるところで試すな。
ここまでとは思ってなかった。
「ルシエラ」
陛下の声で、玉座の間が少し静かになった。
「今の力をどう見る?」
ルシエラは俺へ向けていた手を下ろし、乱れた髪を耳にかけた。
「少なくとも、わたくしが旅を共にしていた頃のアルトに、このような力はありませんでした」
「では、どれほどのものだ?」
「先ほどの聖魔法を、あれほど容易く退けられる者となれば……」
ルシエラの視線が俺に向く。
「わたくしの知る限り、恐らく魔王くらいでしょう」
近くにいた人たちが、一人、また一人と俺から距離を取っていく。
俺は自分の手を見る。
魔王の力があることは知っていた。けれど、自分で実際に使ってみるのと、身体の中にあると知っているだけなのとでは全然違う。
「でも……それは……」
胸元で、セレスが動いた。
俺はそこで口を閉じた。
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