第10話 勇者アルト
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「アルトよ」
陛下の声に、俺は顔を上げた。
「魔王城へ入ったのは、お前だけではなかったな」
「……はい。ガイルとフィーネも一緒でした」
「二人は今、どこにいる?」
レオルド殿下が答える。
「王城の医務室です。ガイルはすでに意識を取り戻しています。フィーネも、先ほど目を覚ましたと報告を受けています」
「話せる状態なら、ここへ呼べ。だが、無理はさせるな」
「承知しました」
控えていた兵が玉座の間を出ていった。
二人に聞いてもらえるなら、きっと分かる。
ガイルもフィーネも俺と一緒に魔王城まで行った。最後こそ気を失っていたけれど、それまでずっと同じ場所で戦っていたんだ。
しばらくして扉が開いた。
先に入ってきたのはガイルだった。まだ身体が痛むのか、歩き方はゆっくりしている。
その後ろから、治療師に付き添われたフィーネが入ってきた。顔色はまだ悪く、歩くのもつらそうだった。
二人とも、広間の真ん中にいる俺を見ると足を止めた。
「アルト?」
ガイルが先に声をかけてきた。
その呼び方を聞いて、思わず一歩近づきそうになる。
「ガイル」
「何だよ、これ。どうなって――」
「二人とも」
陛下の声で、ガイルが口を閉じた。
二人が玉座へ向き直る。ガイルが片膝をつこうとし、フィーネも治療師に支えられながらそれに続こうとした。
「そのままでよい」
陛下が二人を制した。
「治療中のところをすまぬ。魔王城でのことについて、確認したいことがある」
「……はい」
ガイルが答え、フィーネも小さく頷いた。
「魔王との最後の戦いを見ていたか?」
ガイルとフィーネが一度、互いを見た。
「……いえ。途中で意識を失いました」
ガイルが答える。
「目を覚ましたのは、魔王城を出たあとです。最後に何があったのかは見てません」
「フィーネは?」
「同じです。魔力を使い切って倒れてしまったので……魔王が倒されたところは見ていません」
あのとき、ガイルは壁際で倒れていたし、フィーネも魔力を使い果たして動けなくなっていた。二人には、本当に最後のことが分からないんだ。
「では、最後まで意識があったのはアルトだけということか」
「そうなります」
レオルド殿下の言葉にガイルが答え、すぐに付け足した。
「でも、俺たちが倒れるまでは間違いなくアルトでした。こいつが一人で前に立って、魔王と戦ってたんです」
「それは疑っていない」
殿下は穏やかな声のままだった。
「問題にしているのは、その後だ」
ガイルは口を開きかけたが、何も言わなかった。
陛下が二人を見る。
「お前たちには、そこにいる者がアルトに見えるか?」
ガイルが困ったように俺を見る。
「アルトに見えます。声も喋り方も、俺の知ってるアルトです」
フィーネも小さく頷いた。
「わたしにも、そう見えます」
「だったら――」
言いかけた俺より先に、レオルド殿下が口を開いた。
「魔王がアルトの身体へ憑依したのであれば、外見が変わらないのは当然だろう」
「でも、殿下」
「ガイル。お前たちの目にはアルトに見える。それは分かった。では、アルトが戦いの中で、これまでとは明らかに違う力を使ったことは?」
「……ないです。俺が見てた限りでは」
レオルド殿下は今度はフィーネへ目を向けた。
「フィーネ。ルシエラは、今のアルトに魔王と同質の膨大な魔力があると確認している。旅の間にも、そのような魔力を感じたことはあったか?」
フィーネは少し考えてから、首を横に振った。
「……ありません。旅の間、アルトにそんな魔力はありませんでした」
反論できなかった。
俺だって魔王を倒すまで、あんな力を持っていなかった。
「待ってください」
それでも、このまま話を進められるわけにはいかない。
「それは俺も認めます。あの力は、魔王を倒したあとに入ってきたものです。前から持っていたなんて言ってません」
「アルト」
レオルド殿下が俺を見る。
「ならば、お前自身も、魔王を倒した前と後で変化が起きたことは認めるのだな」
「魔力の話です。俺自身が変わったなんて言ってません!」
思ったより大きな声が出た。でも、もう抑えられなかった。
「ガイル、俺だよ。分かるだろ?」
今度はガイルへ向き直る。
「王都へ来る途中だって話したじゃないか。目を覚ましたお前に、魔王を倒したって話した。お前が道を見つけてくれたから魔王城まで行けたって、俺が言っただろ」
「……ああ」
「フィーネだって、ずっと一緒に旅してきた。俺がアルトじゃないなら、どうして全部覚えてるんだよ」
ガイルが何か言いかけたが、結局そのまま口を閉じた。フィーネも困ったように俺を見ている。
「俺たちしか知らないことだってある。魔族領に入ってからどこを通ったか、誰がどこで怪我をしたか、どんなふうに戦ったか。聞いてくれれば何だって答えられる」
俺たちしか知らないことを答えられれば、それで分かってもらえるはずだ。魔王が俺の身体に入ったというだけで、一緒に旅したことまで知っているはずがない。
「アルト」
ルシエラに名前を呼ばれた。
いつもと同じ、静かな声だった。
「それだけでは、あなたがアルト本人だという証明にはならないと思います」
「どうして?」
「魔王が最後に使った術が、どのようなものだったのか分かっていないからです」
ルシエラは俺を見たまま続ける。
「もし魔王があなたの身体そのものへ憑依したのであれば、あなたの記憶まで引き継いでいる可能性があります。少なくとも、今の段階では否定できません」
「じゃあ……俺が何を覚えていても、駄目なのか?」
ルシエラはすぐには答えなかった。
「俺しか知らないことを話しても、それも魔王が知ってるかもしれないって言われるのか?」
「……可能性の話をするなら、そうなります」
「そんな……」
これじゃ、何を話しても同じじゃないか。
ガイルやフィーネと旅をしたことも、ルシエラに何度も助けられたことも、魔王城で何があったのかも全部覚えている。
なのに、それが全部、俺が俺である証拠にならない。
「だったら、どうすればいいんだ?」
俺は陛下を見た。
「どうすれば、俺がアルトだって証明できるんですか?」
陛下はすぐには答えなかった。
俺はレオルド殿下を見て、ルシエラを見た。それからガイルとフィーネへ目を向ける。
少し前まで、同じ敵と戦っていた人たちだ。
「俺は俺です。魔王なんかじゃない」
ただ、それを分かってほしいだけだった。
「俺はアルトだ!」
声が玉座の間に響く。
「カリュドリア王国の勇者アルトだ!」
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