第11話 勇者の孤立
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「カリュドリア王国の勇者アルトだ!」
俺の声が消えたあとも、誰も何も言わなかった。
ガイルは俺を見たまま黙っている。フィーネも同じだった。
二人なら分かってくれると思っていた。それなのに……。
「……分かった」
陛下が口を開いた。
「アルト。お前の言い分は聞いた」
「では――」
「だが、ここで何もなかったことにするわけにもいかぬ」
陛下はルシエラへ目を向け、それから俺へ視線を戻した。
「お前の中に、これまでにはなかった大きな力がある。それは間違いないのだな?」
「……はい」
俺の身体にセレスの魔力が入っている。それどころか、さっき自分で使ってしまった。もう、否定はできない。
「余は、今この場でお前を魔王と断じるつもりはない」
俺は陛下を見た。
「本当ですか?」
「分からぬものを、分からぬまま決めるわけにはいかぬ。魔王が最後に使った術についても、お前の身体に起きた変化についても調べる必要がある」
「はい。俺も、それを調べてもらうために王都へ戻ってきたんです」
ようやく話を聞いてもらえた気がした。ルシエラだけで分からなくても、王都ならもっと詳しい人だっているはずだ。
「ただし」
陛下の声で、考えが止まった。
「結論が出るまで、お前を自由にしておくことはできぬ」
「え?」
「先ほどの力を見れば分かるだろう。万一、またお前が力を抑えきれぬようなことがあれば、この国だけの問題では済まぬ」
「でも、あれは俺が自分で――」
言いかけてやめた。
俺が使おうとしたのは本当だ。ほんの少し防ごうとしただけだったけれど、結果としてルシエラの聖魔法を吹き飛ばした。
「調査が終わるまで、王城内に留まれ。剣も預からせてもらう」
陛下がそう言うと、壁際に控えていた騎士が二人、こちらへ歩いてきた。
俺は、思わず腰の剣へ手を置く。
騎士の足が止まり、その手が剣へ伸びた。
「あ……」
違う。
戦うつもりなんてなかった。ただ、反射的に手が行っただけだ。
俺は剣から手を離した。
「分かりました」
剣帯を外し、鞘ごと差し出す。
騎士はすぐには受け取らなかった。俺の手元を見たあと、ゆっくり手を伸ばしてくる。
そんなに警戒しなくても何もしないのに。
「アルト」
レオルド殿下だった。
「今は陛下のお言葉に従ってくれ。調べれば、お前が言っていることが正しいのかも分かる」
「殿下も……俺が魔王だと思ってるんですか?」
「そうは言っていない」
殿下の返事は早かった。
「だが、違うとも言い切れない。だから調べるんだ」
それ以上、何も言えなかった。
剣を受け取った騎士が下がり、代わりにもう一人が俺の前へ来た。
「両手を出してください」
「両手?」
騎士の手には拘束具があった。
「待ってください。王城に残るのは分かりました。でも、そこまでする必要がありますか?」
「アルト」
今度はルシエラが呼びかけてきた。
「今は従ってください。あなた自身も、まだその力を扱いきれていないのでしょう?」
昨日までなら、ルシエラにそう言われれば素直に従っていたと思う。
今は、それができなかった。
「俺は誰かを傷つけたりしない」
「分かっています」
「だったら――」
「だからこそです」
ルシエラは静かに俺を見ていた。
「何も起こらないうちに、きちんと調べましょう」
何も起こらないうちに。
まるで、これから俺が何かするみたいじゃないか。
胸元で、セレスがわずかに動いた。
「アルト」
小さな声が外套の内側から聞こえた。
俺はあえて反応しなかった。
今、セレスがいることまで知られたら、余計に話がややこしくなる。
「アルト、どうするんじゃ」
聞こえないふりをしていると、騎士がもう一度手を差し出してきた。
「両手を」
俺は自分の手を見た。
これを受ければいい。
少しの間だけだ。調べてもらって、俺が俺だと分かれば全部終わる。
「アルト」
ガイルの声に顔を上げる。
「今は言う通りにしてくれ」
「ガイル?」
「俺だって、お前が魔王だなんて思いたくねえよ。でも、さっきの話を聞いたら……何も調べないまま大丈夫だとも言えないだろ」
ガイルは怪我が痛むのか、一度顔をしかめた。
「ちゃんと調べてもらえ。それで何もなけりゃ終わりだ」
フィーネも治療師に支えられたまま、俺を見ている。
「わたしも……その方がいいと思う。アルトが言っている通りなら、きっと分かるから」
「……そっか」
二人とも、俺を魔王だと言っているわけじゃない。
それなのに、さっきまでよりずっと遠くにいるように感じた。
「逃げた方がよいぞ」
セレスの声がした。
俺は周りに聞こえないよう、小さな声で返した。
「何言ってるんだよ」
「聞こえておるじゃないか」
「今それどころじゃない」
「だから言っておる」
騎士が怪訝そうに俺を見る。俺は咳払いで誤魔化した。
胸元から、またセレスの声がする。
「逃げた方がよい」
「逃げたら、本当に俺が魔王だと思われるだろ!」
思ったより声が強くなり、俺は慌てて声を落とした。
「俺は逃げない。調べれば分かるんだ。俺は俺なんだから」
セレスはしばらく何も言わなかった。
「……奴らの目を見ろ」
「目?」
言われて、顔を上げる。
俺の前にいる騎士は、いつでも動けるよう腰を落としていた。少し離れた騎士たちも、剣の柄に手をかけている。
広間に集まっていた人たちは、さっきよりずっと俺から離れていた。
ガイルとフィーネも、俺に従えと言った。
レオルド殿下もルシエラも、騎士たちを止めようとはしなかった。
「アルト。大人しく従ってください」
騎士が近づいてくる。
手首を掴まれそうになり、反射的に腕を引いてしまった。
ガチャッ、と周囲で一斉に金属音が鳴った。
何人もの騎士が剣を抜きかけている。
「待ってくれ!」
俺は両手を上げた。
「今のは違う! 抵抗するつもりじゃない!」
「ならば動くな、アルト」
レオルド殿下の声が飛んできた。
「でも――」
「アルト!」
ガイルまで俺を呼んだ。
ただ腕を引いただけなのに、周りでは剣を抜こうとしている。
本当に、俺が何かすると思ってるのか?
胸元でセレスが動く。
「どうするんじゃ?」
分からない。
「わしはどっちでもよいがな。ここで捕まりたいなら、好きにせい」
騎士がまた一歩近づいた。
逃げたら駄目だ。
逃げたら、俺が魔王だって認めるようなものだ。
でも、このまま捕まって、本当に分かってもらえるのか。
さっきまでなら、調べてもらえばいいと思っていた。
今は、それすら分からない。
「アルト。両手を」
もう一度言われる。
俺は騎士を見ることができず、胸元へ視線を落とした。
「……セレス」
「何じゃ」
「どうすればいい?」
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