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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第1章

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第12話 逃亡

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「どうすればいい?」


自分でも情けないと思うくらい、小さな声だった。


胸元でセレスが少し動く。


「転移じゃ」


「……転移?」


「わしの力がお前にあるなら使えるはずじゃ」


俺は思わず胸元を見た。


「使ったことないぞ」


「分かっておる」


「どうやるんだよ」


「行きたい場所を思い浮かべろ。そこへ自分の魔力を通すつもりで力を使え」


簡単に言うけど、そんな魔法は教わったこともない。


「アルト様」


すぐ近くから騎士の声がした。


顔を上げると、拘束具を持った男がもう手を伸ばせば届くところまで来ている。


「両手を出してください」


「早くせい」


セレスの声が外套の中から聞こえた。


逃げたら、本当に魔王だと思われる。


それでも、このまま両手を縛られて連れていかれることを考えると、もう素直に手を出すこともできなかった。


「アルト?」


ガイルの声が聞こえる。


俺は目を閉じ、王都へ来るときに通った街道を思い浮かべた。せめて王都の外まで出られればいい。


そのまま身体の中にあるセレスの力を探る。


以前なら、自分のものではない魔力を探るだけでも気持ちが悪かったのに、今はもうそこにあること自体には驚かなくなっていた。


「アルト、何を――」


レオルド殿下の声が聞こえた。


もう迷っている時間はない。


俺は魔力を動かした。


「くっ……!」


身体の内側が急に引っ張られる。次の瞬間、足元から床の感触が消えた。


ガイルが何か叫んだような気がしたが、何を言ったのかは分からなかった。


次に足がついたときには体勢を崩し、そのまま石畳に手をついていた。


「痛っ……」


何が起きたのか分からず、しばらくそのまま固まる。


外套の中からセレスが這い出し、胸元から顔を覗かせた。


「……生きておるな」


「どうにかな……」


膝をついたまま周囲を見回すと、見覚えのない通りだった。少なくとも、王城からは出られたらしい。


「成功したのか?」


立ち上がって振り返ると、見覚えのある大きな石壁がすぐそこにあった。さらに上を見れば、その向こうに王城の塔まで見えている。


「近っ!」


セレスも王城を見上げた。


「近いというか、城から出ただけじゃな」


「失敗じゃないか!」


「初めて使って発動しただけでもましじゃ。文句を言うな」


「もっと遠くを思い浮かべたんだけど」


「なら失敗じゃな」


「ちっ……」


言い返そうとしたところで、城の方から大きな声が聞こえてきた。


何を言っているのかまでは聞こえないが、城門の内側を何人もの兵が走っているのが見えた。


「……まずいな」


「当たり前じゃ。大勢の前で突然消えたのじゃぞ」


「どうする?」


「わしに聞くな。とにかく走れ!」


セレスが外套の中へ潜り込むと、俺も走り出した。


城から離れるように通りを曲がり、人の多い方へ向かう。


王都の道は知っている。勇者になってから何年もここで暮らしてきたし、城から王都の門までなら迷うことはない。


ただ、こんなふうに人目を避けながら移動したことは一度もなかった。


大通りへ出る手前で、反射的に腰へ手をやり、そこに何もないことに気づいた。


「……剣」


「は?」


「城に置いてきた」


さっき騎士に渡したままだ。


「取りに戻るか?」


「戻れるわけないだろ!」


「なら諦めろ」


簡単に言ってくれる。


勇者になってから、剣を持たずに外を歩くことなんてほとんどなかった。


何もない腰が妙に落ち着かなかったが、今さら取りに戻れるはずもない。


俺は人の流れに紛れて大通りへ出た。


街の人たちは、さっき城で何があったのかまだ知らないらしい。店は普通に開いているし、荷車もいつも通り行き交っている。


俺も目立たないよう、その流れに合わせて歩いた。


すれ違った男たちの話し声が聞こえた。


「討伐隊が帰ってきたんだろ?」


「ああ。魔王を倒したって話だぞ」


「本当なら、ようやく戦争も終わりか」


その言葉を聞いて、俺は足を止めそうになった。昨日までの俺も、魔王を倒せば戦争は終わり、みんな家に帰れると信じていた。


そう思って戻ってきた王都で、今の俺は王城から逃げている。


「アルト」


胸元からセレスの声がした。


「止まるな」


「分かってる」


俺はできるだけ普通に歩きながら、ときどき後ろを確かめた。走れば目立つし、まだ追手の姿もない。


人の流れに紛れて歩いているうちに、王都の門が見えてきた。


人や荷馬車が列を作って出入りしている。門番もいつも通りで、城から知らせはまだ届いていないらしい。


俺は前を歩く荷馬車の後ろについて門へ向かった。


何も言われるな。


頼むから、そのまま通してくれ。


門番の一人が俺を見た。


一瞬、目が合う。


けれど、男はすぐ次の荷馬車へ視線を移した。


そのまま門を抜けても、すぐには走らなかった。


しばらく人の流れに合わせて歩き、王都の城壁からある程度離れたところで振り返ると、王都の門はまだ開いたままだった。


「出られた……」


「安心するのはまだ早いぞ」


セレスに言われ、王城の方を見る。


けれども、城壁越しなので下の様子までは分からない。


少したつと、門の向こうから馬の蹄が聞こえてきた。


「……来たな」


騎兵が数人、王都の門から飛び出してきた。その後ろにも兵が続いている。


先頭の騎兵が門番へ何かを伝えると、さっきまで普通に人を通していた兵たちが慌ただしく動き始めた。


分かっていたはずなのに、いざ、その光景を目にすると頭がついてこない。


「アルト。行くぞ」


「どこに?」


セレスが外套から顔を出した。


「どこでもよい。少なくとも、ここにおると捕まるぞ」


「どこでもって……」


今さら王都へ戻ることはできないし、前線の拠点だって同じだろう。


魔王を倒したあとのことなんて何も考えていなかった。帰れば何とかなると思っていた。


今の俺には、帰る場所がない。


俺は王都から離れる方へ走り出した。


「それで」


セレスが俺を見上げる。


「これからどうするのじゃ?」


「……分からない」


それしか答えられなかった。


「俺だって、何が起きてるのか分からないんだよ。魔王を倒して、王都に帰ってきただけなのに……」


遠くで馬の音が大きくなってくる。


セレスが王都の方へ顔を向けた。


「考えるのは後にした方が良さそうじゃな」


「……ああ」


もう一度、王都を振り返った。


ついさっきまで、帰ってきたと思っていた場所。


「何で……こんなことになったんだよ」


俺は王都に背を向け、そのまま走り続けた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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