幕間1-1 勇者が王都へ来た日
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勇者が見つかった。
その知らせが王都へ届いてから、城の中はしばらくその話でもちきりだった。
女神の神託によって示された場所へ教会の者を向かわせ、鑑定を行った結果、間違いなく勇者であることが確認されたという。
レオルドも当然、報告には目を通している。
人族が長い間待ち望んできた勇者だ。魔王を倒し、この戦争を終わらせるための切り札になる。
どんな男なのだろうと思っていた。
名のある騎士か、それとも教会で育てられた者か。少なくとも、一目見れば何か違うと分かる人物を想像していたのだが――。
「この者が、勇者アルトです」
教会の者に促され、少年が一歩前へ出た。
レオルドは少しだけ目を細めた。
思っていたのとはずいぶん違う。
身体は大きくないし、着ているものも仕立て直したばかりなのか、どこか馴染んでいない。王城へ入ったこと自体に緊張しているらしく、国王の前で頭を下げる姿もぎこちなかった。
「アルトと申します」
陛下がいくつか問いかけると、アルトはそのたびに緊張した様子で答えていた。
出身やこれまで暮らしていた場所、勇者として認められてから今日までのことを聞いても、王族や貴族につながるような話は何も出てこない。
その少年が、勇者としてここにいる。
「レオルド」
父王に呼ばれ、レオルドは顔を上げた。
「はい」
「お前も挨拶をしておけ。今後、顔を合わせることも多くなるだろう」
「承知しました」
アルトの前まで歩いていく。
こちらが近づいただけでアルトは背筋を伸ばした。王太子という立場に、かなり気後れしているらしい。
レオルドは手を差し出した。
「私はレオルドだ。よろしく、アルト」
アルトが一瞬、その手を見る。
それから慌てて握り返してきた。
「よ、よろしくお願いします、殿下」
「そんなに固くならなくていい」
「でも、王太子殿下ですよね?」
「そうだが、話すたびにそれでは疲れるだろう」
そう言うと、アルトは困ったように笑った。
悪い印象はなかった。
むしろ、拍子抜けするくらい素直そうな少年だ。
「こちらはルシエラだ」
少し離れて控えていた少女へ目を向ける。
銀色の髪を揺らして前へ出たルシエラに、アルトの表情がまた固くなった。
「聖女様……?」
「ルシエラで構いません」
ルシエラはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「これからお会いする機会も多くなるでしょうし、よろしくお願いします、アルト」
「はい。よろしくお願いします」
アルトは今度こそ失礼がないようにと思ったのか、深々と頭を下げる。
少し下げすぎだ。
レオルドが笑うと、アルトは自分が何か間違えたと思ったらしく、慌てて顔を上げた。
「すまない。馬鹿にしたわけではないんだ」
「え?」
「そのうち慣れる。王都で暮らすなら、嫌でもな」
アルトはまだよく分かっていない様子だったが、それでも頷いた。
謁見を終えたあと、レオルドは父王からアルトに城内を案内するよう頼まれた。
どうせ午後の予定までは少し時間がある。
ルシエラも同行し、三人で王城を歩いた。
何を見てもアルトは物珍しそうだった。広間の天井を見上げ、廊下に並ぶ歴代国王の肖像画に目を向け、窓から王都を見下ろしては足を止める。
「王都は初めてか?」
「はい。こんな大きな街、見たことありません」
「しばらくはここで暮らすことになる」
「ここで?」
「城の中という意味ではない。お前の訓練や教育は、王都で行われることになると聞いている」
「ああ……そういうことですか」
ほっとした顔をしたので、レオルドは思わず笑った。
「城で暮らすと思ったのか?」
「ちょっとだけ」
「嫌なのか?」
アルトは周囲を見回してから、小さな声になった。
「落ち着かないです」
今度はルシエラも笑った。
城内を一通り見せたあと、中庭を抜けて訓練場の横を通った。
兵たちが剣を打ち合わせる音が響いている。
アルトがそちらを見たまま歩いているので、レオルドは足を止めた。
「見ていくか?」
「いいんですか?」
さっきまでとは違い、すぐに返事が返ってきた。
訓練場へ入ると、兵たちがレオルドに気づいて一斉に姿勢を正した。手でそのまま続けるよう示し、武器棚から木剣を一本取る。
「剣は使えるのか?」
「少しだけなら。でも、ちゃんと習ったことはありません」
「なら、これからだな」
もう一本をアルトへ放ると、慌てながらも落とさず受け取った。
構えさせてみると、やはり剣には慣れていないようだった。足の置き方も、剣を持つ位置もまだおぼつかない。
「右足を少し引け。そうじゃない、もう少しだ」
アルトが言われた通りに動く。
「こうですか?」
「それでいい。少し打ち込んでみろ」
「殿下に?」
「木剣だ。遠慮はいらん」
戸惑いながらも、アルトは剣を振った。
遅い。
レオルドは簡単に受け流す。
二度目も同じだったが、三度目は少し違った。さっき教えたばかりの足運びを使い、最初より一歩深く踏み込んでくる。
もちろん、それでも届かない。
レオルドが剣を払うと、アルトの木剣が地面へ転がった。
「あっ」
「今のは悪くなかった」
「全然当たりませんでしたけど」
「初めてで私に当てられたら、こちらの立場がない」
木剣を拾ったアルトは悔しがるどころか、レオルドの持つ剣を見ていた。
「殿下、すごく強いんですね」
「まあ、剣は子供の頃から習っているからな」
「俺も、そのくらい強くなれますか?」
アルトの問い方には、自分と張り合おうとするところがまるでなかった。それが少し意外だった。
「訓練次第だろう。勇者なのだから、私より強くなってもらわなければ困る」
「そうですよね」
アルトは木剣を握り直した。
「魔王を倒さないといけないんだから」
近くにいた教会の男が、その言葉を聞いて頷いた。
「その通りです。勇者様なら、いずれ必ず魔王を討ち、人族を勝利へ導いてくださるでしょう」
アルトは困ったような顔をした。
レオルドはその横顔を見ながら、たった今、自分に木剣を簡単に弾かれたばかりなのに、と考える。剣術も、王族として学んできたことも、今は自分の方がずっと上だ。
それでも、魔王を倒す者として期待されているのは、自分ではない。
女神が選んだ勇者。
「殿下」
呼ばれてアルトを見る。
「何だ?」
「これからも、剣を教えてもらえますか?」
「私が?」
「はい。殿下は強いし、王都のことも戦争のことも、俺よりずっと知っていますよね。俺、勇者って言われても、まだ何をすればいいのか分からなくて」
アルトは少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「だから、いろいろ教えてもらえたら助かります」
そんなことを言われるとは思わなかった。
レオルドはしばらくアルトを見てから、笑った。
「ああ。任せておけ」
「ありがとうございます!」
アルトの顔が明るくなる。
嬉しそうな顔を見ているうちに、さっき感じたことなどどうでもよくなっていた。
訓練場を出ようとしたところで、教会の者が後ろからアルトを呼んだ。
「勇者様。そろそろ次のご予定が」
「あ、はい!」
アルトが振り返り、慌ててそちらへ駆けていく。
勇者様。
レオルドは木剣を武器棚へ戻しながら、駆けていくアルトを見送った。
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