幕間1-2 勇者が王都へ帰る日
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
本日、お昼にもう1つ幕間を投稿いたします。
「アルト、王都へ着いたら改めて診ますから」
「ああ。頼むよ」
ルシエラは笑ってアルトと別れると、先に乗り込んでいたレオルドの馬車へ向かった。
扉が閉まり、御者の合図で車輪が動き出す。
しばらくの間、二人とも何も言わなかった。
窓の外には、朝の光を受けた前線拠点が見える。兵たちは出発する一行へ手を振り、中にはアルトの名を呼ぶ者もいた。
その声も、馬車が進むにつれて遠くなっていく。
「それで?」
向かいに座るレオルドが口を開いた。
「昨日の話だ。もう一度診たんだろう」
「はい」
ルシエラは膝の上で手を重ねた。
最初に気づいたのは、アルトが魔王城から戻ってきた直後だった。傷だらけの服を着ているのに身体には傷一つなく、魔力を探ったところで、そこにあるはずのないものに触れた。
昨日、レオルドの天幕でもう一度確かめた。
「間違いないと思います。アルトの中にあるのは、魔王と同じものです」
レオルドの眉が動く。
「魔力量もか?」
「正確には分かりません。わたくしが探れる範囲だけでも、以前のアルトとは比較にならないほど大きいです」
「……そうか」
レオルドは背もたれへ身体を預けた。
「では、本当に魔王に乗っ取られた可能性は?」
「そこまでは分かりません」
ルシエラが答えると、レオルドがこちらを見る。
「昨日話したアルトは、わたくしの知っているアルトでした。受け答えもそうですし、ガイルとフィーネのことを真っ先に気にしていたのも、いつも通りです」
「記憶ごと奪われたなら?」
「その可能性も否定はできません。ただ、今の段階で確かめる方法はありません」
ルシエラ自身、アルトが別人になったとは思っていなかった。
あれほど分かりやすい人間も珍しい。隠し事をしているときには視線が落ちるし、困れば頭を掻く。昨日も何かを言いかけて、結局は飲み込んでいた。
何を隠したのかまでは分からない。
それでも、あれが魔王だと言われれば、ルシエラにはそちらの方が信じにくかった。
「困ったな」
レオルドが窓の外へ目を向けた。
「生きて戻っただけなら、まだ予定通りにできた。だが、その力まで持ち帰ったとなると話が違う」
ルシエラも否定しなかった。
アルトが魔王を討ったあと、勇者も最終決戦で命を落としたことにする。当初はその予定だった。
長く続いた戦争を終わらせたのは、討伐隊を率いた王太子レオルドということになる。アルトは、最後まで戦い抜き、その勝利のために命を落とした勇者として扱われる。
もちろん、アルトに選ばせるようなことはない。
「今のアルトが、どこまであの力を使えるのかも分かりません」
「もし抵抗されたら厄介か」
「かなり」
昨夜の診察でも、どれほどの魔力を抱えているのかまでは分からなかった。
身体の中にあれほどの魔力を抱えながら、本人にはその危険性が分かっていないようだった。むしろ王都へ帰れば何とかなると思っている。
それがアルトらしいとも思う。
「では、どうする」
レオルドが腕を組んだ。
「王都へ着くまで手を出さないとなると、陛下への報告もある。魔王を討ったのがアルトだと正式に認められれば、そのあとで話を変えるのは面倒になるぞ」
「そうですね」
ルシエラは少し考え、窓の外へ目をやった。
馬車は街道を進んでいる。その後ろには、アルトを乗せた馬車も続いているはずだった。
「でしたら、変える必要はないのではありませんか」
「何をだ?」
「魔王討伐の報告です」
レオルドが黙る。
「魔王の肉体が滅びたことは事実です。最後にアルトと戦ったことも、死の直前に大規模な術を使ったことも」
アルト自身から聞いた話だ。
魔法陣が現れ、剣で魔王を斬ったのとほぼ同時に光った。その後、アルトは意識を失い、目を覚ましたときには傷がすべて治っていた。
そして今、彼の身体には魔王と同じ魔力がある。
「そこまでを、そのまま報告すればよいと思います」
レオルドの目が細くなった。
ルシエラは続ける。
「魔王が最後に何をしたのかは、アルトにも分からない。わたくしたちにも分かりません。ただ、術のあとにアルトの身体が変化したことは確かです」
「……魔王は死んだのではない、と?」
「そう考える者がいても、おかしくはないでしょう」
少し間を置いてから、レオルドが口を開いた。
「最後の術で、アルトの身体へ逃れた」
ルシエラは答えず、彼を見る。
「肉体を失った魔王が勇者の身体を奪った。その結果、傷が治り、魔王の力まで宿った……筋は通るな」
「可能性の話であれば」
「断定する必要はない」
レオルドの返事は早かった。
「陛下の前で事実を並べればいい。魔王の術、治った傷、それまでアルトにはなかった力。それをどう判断するかは、その場にいる者たちに委ねればいい」
ただ、ルシエラが魔王と同じ魔力だと証言するだけでは弱い。他の者まで同じように見分けられるとは限らない。
「わたくしの方でも、確認する方法を考えます」
「できるのか?」
「恐らく。対魔族の術を使えば、あの力が表に出るかもしれません」
「それを陛下の前で?」
「必要になれば」
レオルドが頷いたところで、ルシエラはもう一つ聞いた。
「殿下」
「何だ?」
「王都で調べた結果、魔王の力がアルトへ移っただけだと分かった場合は、どうなさいますか?」
レオルドはすぐには答えなかった。
馬車の車輪が小石を踏み、わずかに揺れる。
「それだけの力を持ったアルトを、そのまま自由にできると思うか?」
「……いいえ」
「それに、我々が必要としているのは魔王一人の死ではない。戦争を終わらせ、その後の国をまとめることだ」
レオルドがこれまで何度も口にしてきた話だった。戦争が終わったあと、王国を誰がまとめるのか。人族諸国の中で、カリュドリアがどこに立つのか。
その先にレオルドが王となる未来がある。ルシエラも、それを手放すつもりはなかった。
「分かりました」
それ以上は聞かなかった。
窓の外へ視線を移す。
アルトと初めて会った頃のことを、ふと思い出した。
聖女と呼んだだけで緊張し、必要以上に深く頭を下げた少年。剣もろくに扱えなかったのに、いつの間にか誰より前で戦うようになった。
女神が直接選んだ、ただ一人の勇者。
羨ましく思ったことがないと言えば、嘘になる。
それとは別に、アルトは一緒に旅をしてきた仲間だった。
王都に着けば、そのアルトを疑う側に自分が立つ。
◇
昼を回った頃、一行は街道脇で休憩を取った。
馬車が停まると、レオルドは従者を呼び、短い書状を書き上げると封をして手渡した。
「これを王都へ。陛下への正式報告の準備を進めるよう伝えろ」
「はっ」
「各国の使節にも、討伐隊が帰還することだけは知らせて構わない。ただし、魔王討伐の詳細については私が戻るまで発表させるな」
従者が頭を下げ、馬車を降りていった。
ほどなくして、外から馬の蹄が聞こえてくる。
ルシエラが窓へ目を向けると、封書を預かった騎兵が王都の方角へ走り出すところだった。
その少し向こうで、アルトが誰かと話していた。声までは聞こえない。こちらを見たアルトと一瞬だけ目が合い、ルシエラはいつものように微笑んだ。
アルトも軽く頭を下げる。
騎兵はその横を駆け抜け、そのまま王都へ向かっていった。
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