第13話 行き先
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王都を出てから、どれだけ走ったのかもう分からない。何度か後ろを振り返るたび、城壁は少しずつ小さくなっていた。
「アルト」
外套の中から声がする。
「何だよ」
「そろそろ止まらんか」
「まだ近いだろ」
「そういう話ではない。いつまで走るつもりじゃと聞いておる」
追手に見つからないところまで、と言いかけたが、それがどこなのか自分でも分からなかった。
足を止めると、急に自分の呼吸が耳に付いた。
このまま街道にいれば、王都から来た誰かに見つかるかもしれない。俺は人目のなさそうな場所まで外れてから、道端の木に背を預けた。
「もう出ていいぞ」
外套がもぞもぞ動き、胸元からセレスが顔を出す。そのまま俺の腕を伝って地面へ降りると、四本の足を伸ばした。
「やっとか。走るたびに揺れてかなわん」
「じゃあ、自分で走ればよかっただろ」
「その足についていけると思うか?」
「前は自分で歩くって言ってたじゃないか」
「状況が変わったのじゃ」
俺も地面へ座り込んだ。
街道には今のところ、人影はない。王都から誰かが追ってきている様子も見えなかった。
セレスが俺を見上げた。
「それで?」
「何が」
「お前、どこへ行くつもりじゃ?」
俺は街道の先を見る。
「王都から離れる方」
「それは行き先とは言わん」
「分かってるよ」
言われなくても、それくらい分かる。けれど、他に答えようがなかった。
もう、王都には戻れない。戻ったところで、待っているのはさっきまで俺を囲んでいた騎士たちだ。
ちゃんと調べてもらえば俺がアルトだと分かってもらえる。ついさっきまでそう思っていた。それでも、あのまま捕まるのは怖かった。
「前線拠点はどうだ?」
真っ先に浮かんだのは、つい数日前までいた場所だった。顔見知りの兵も大勢いる。
けれど、王都から連絡が届けばどうなる。
俺を抱きしめて喜んでくれた兵たちが、今度は剣を向けてくるのだろうか。
けれど、まだ何も分からない。あの兵たちまで敵だと決めるのは早い気がした。
「前線へ戻るのか?」
セレスに聞かれて、俺は首を振った。
「いや……、無理だな」
「なら他は?」
「他って……」
「故郷でも、知り合いのおる町でもよい。お前にも何かあるじゃろ」
「ないよ」
セレスが首を傾げる。
「ない?」
「帰れるところ」
昔いた孤児院のことを忘れたわけじゃない。けれど、今更そこへ逃げ込む気にはなれなかった。俺を匿ったと分かれば、迷惑をかけるだけだ。
勇者になってからは、王都へ行けと言われれば王都へ行った。前線へ向かえと言われれば前線へ行ったし、魔王城へ向かうときも、迷うことはなかった。
行き先はいつも決まっていて、俺はそこへ向かえばよかった。
魔王を倒した後のことなんて、考えたこともなかった。
「……思いつかない」
「何がじゃ」
「俺が行きたいところ」
セレスは何か言うかと思ったが、意外にも黙っていた。
しばらくして、腹が思ったより大きな音を立てた。セレスが無言でこちらを見る。
「……何だよ」
「別に」
「笑うなよ」
「笑っておらん」
どう見ても笑っている。
腹が減っていることに、そこでようやく気づいた。王城から逃げることになるなんて考えてもいなかったから、当然、食料も旅支度もない。
「まず食い物じゃな」
「分かってる」
立ち上がろうとして腰へ手をやり、そこでまた剣がないことを思い出した。
「……剣、城に置いたままだ」
「そうじゃな」
逃げる途中にも一度気づいたはずなのに、それどころではなくてすっかり頭から抜けていた。
勇者なのに剣がない。そもそも、今の俺が勇者と名乗っていいのかも分からない。
「攻撃手段ならあるじゃろ」
セレスが言った。
「どこに?」
「お前の中じゃ」
俺は自分の胸元へ目を落とした。
「お前の力か」
「今はお前が持っておる」
王城でルシエラの術を弾いたときの感覚を思い出す。
武器にしろと言われても、あの力をまともに扱える気がしない。ルシエラの術を防いだときは力が出すぎたし、転移だって王城のすぐ外までしか飛べなかった。
「ちゃんと扱える自信がないんだけど」
「そのままにしておくわけにもいくまい」
「それはそうだけどさ」
「わしの力なのじゃから、使い方なら教えられる」
数日前まで殺し合っていた相手に魔法を教わることになるとは、さすがに思っていなかった。
「……何じゃ、その顔は」
「いや。変なことになったなと思って」
「今更か?」
「今更だな」
そう返したところで、王城でのことが頭をよぎった。
レオルド殿下。
ルシエラ。
ガイルとフィーネ。
俺が何を言っても、結局誰にも届かなかった。
「アルト」
セレスに呼ばれ、顔を上げる。
「考えるのは構わんが、腹は膨れんぞ」
「分かってるって」
「剣も勝手には生えてこん」
「それも分かってる」
「で、どうするのじゃ」
さっきと同じ問いなのに、今度は少し考えられた。
行きたい場所も、これからどうするのかもまだ分からない。
けれど、ここに座っていれば王都から来た連中に見つかるかもしれない。
俺は立ち上がって服についた土を払った。
「まず、もっと王都から離れる」
セレスが黙って聞いている。
「人の多い街道はなるべく避けたい。暗くなる前に休める場所も探す。食べ物と剣は……そのあと何とかする」
「魔法は?」
「人のいない場所を見つけてからだ。ここで試して何か壊したら目立つだろ」
「ほう。そこまで頭が回るなら十分じゃ」
「お前、俺を何だと思ってるんだよ」
「わしを斬った勇者」
「今、それを言うか」
思わず言い返してから、ガイルとフィーネの顔が浮かんだ。
二人は今、どうしているんだろう。
俺が逃げたあと、何を聞かされているんだろう。
気にはなったが、それを確かめに王都へ戻るわけにもいかない。
セレスが俺の足元までやって来る。
「では、行くか」
「ああ」
「で、どこへじゃ?」
「……まだ分からないよ」
セレスが呆れたようにこちらを見た。
「でも、まず王都から離れる。それでいいだろ」
「最初よりはましじゃな」
「うるさい」
外套を持ち上げると、セレスはもう慣れた様子で腕を伝って中へ潜り込んだ。
結局、行き先は決まらないまま、俺は王都から離れる方へ歩き出した。
少し進んだところで、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。しかも、一頭じゃない。
足を止めて振り返ると、王都から続く街道の向こうに、複数の騎馬が見えた。さっき門を飛び出してきた連中かもしれない。
外套の中でセレスが動く。
「……早かったのう」
「まだ俺を追ってるって決まったわけじゃない」
「なら、そこで待って確かめるか?」
俺は街道からさらに離れる方へ身体を向けた。
「するわけないだろ」
後ろから、騎馬の音が少しずつ近づいてきていた。
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