第14話 追手
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街道を離れても、蹄の音は少しずつ近づいてくる。
俺は木立の奥へ入ると、少し先で足を止めた。ここなら街道からは見えにくい。外套の中でセレスが動いたが、今は出すわけにもいかない。
「走らんのか?」
「このまま逃げても馬には追いつかれる。まず、俺を追ってるのか確かめたい」
木立の向こうへ目を向ける。幹や枝に遮られてよく見えないが、蹄の音は確実に近づいていた。
騎兵が街道を駆けてくるのが、木々の隙間から見えた。先頭の男が俺たちのいた辺りを通り過ぎかけ、急に手綱を引く。
後ろの騎兵も次々と速度を落とした。
一人が馬を降り、街道の端まで歩いてくる。しゃがみ込んだ男が地面を指さすと、別の兵もそのそばへ寄った。
俺は自分の足元を見る。
さっき街道から外れたとき、土の柔らかい場所をそのまま歩いてきた。
「……まずかったな」
「何がじゃ」
「跡が残ってるみたいだ」
声を潜めて答える間にも、兵たちは街道脇を調べている。
やがて、一人がこちらを指した。
「こっちへ入ってるぞ」
聞こえた声に、俺は木の陰へ身を寄せた。
「二人は先へ回れ。勇者を見つけても勝手に手を出すな。まず知らせろ」
たまたま同じ方向へ来ているだけかもしれないと思っていたが、勇者を探しているなら俺のことだ。
馬から降りた兵たちが、こちらへ入ってくる。
「アルト」
「分かってる」
俺は木立の奥へ向かおうとして、足を止めた。
見つけても勝手に手を出すな。
だったら、今ここから出ていったらどうなる。
兵たちに事情を話して王城へ戻る。今度こそ、きちんと調べてもらえれば――。
「出て行くつもりか?」
外套の中から、セレスが小さな声で聞いた。
木の向こうを人影が横切る。
玉座の間で俺を囲んだ騎士たちを思い出した。剣を渡して、言われた通りにして、それでも最後には拘束具を持った騎士が近づいてきた。
「……いや」
俺は兵たちから離れる方へ身体を向けた。
「今は捕まりたくない」
「なら、そちらへ真っ直ぐ行くな」
「何で?」
「さっき何頭か、そのまま先へ行ったじゃろう」
言われて、俺たちを追い越していった蹄の音を思い出す。
「先回りか」
「おそらくな。このまま王都から離れる方へ進めば、挟まれるかもしれん」
「じゃあ、戻るのか?」
「誰がそんなことを言った。少し横へ抜けろ。あやつらが奥へ入ったあと、その後ろを通る」
俺は来た方向へ一度目をやって耳を澄ませると、兵たちの声は一か所からではなかった。
「……分かった」
「返事だけはよいのう」
「余計なこと言うなよ」
近くで枝を踏む音がして、俺はすぐに口を閉じた。
太い木の陰へ身体を寄せ、外套の上からセレスを押さえる。一人、かなり近くまで来ている。
腰へ手が伸びかけたが、そこに剣がないことを思い出した。俺はそのまま木の陰で息を潜めた。
木の向こうで馬が鼻を鳴らした。
馬具の擦れる音がして、枝が揺れる。
「こっちには?」
少し離れたところから声が飛ぶ。
「見当たらん。だが、跡はこっちへ続いていたはずだ」
男が馬を進め、すぐ近くでまた止まった。
外套の中でセレスが身じろぎしかけたので、そっと手で押さえる。
「動くなよ」
「言われんでも分かっておる」
セレスが小声で答える。
やがて別の方角から「いたか?」と呼ぶ声がした。騎兵はそちらへ返事をすると、馬首を巡らせて離れていく。
蹄の音が遠ざかり始めたところで、セレスが外套の中から俺の脇腹を前脚で叩いた。
「今じゃ。左へ行け」
俺は木陰から出ると、兵たちが向かった方向から斜めに外れて進んだ。草の生えた場所や硬い地面を選びながら距離を取り、十分に離れたところで身体強化を使う。
木の根を避け、斜面を一気に上がった。街道へ出ない程度に近くを保ちながら、兵たちが入り込んだ木立の外側を回っていく。
「もう少し右じゃ」
「そっちは街道に近いぞ」
「だからじゃ。あやつらは奥を探しておる」
「見つかったらどうするんだよ」
「そのとき考えろ」
「さっきと言ってること違わないか?」
「四の五の言うな!」
誰のせいだよと思ったが、黙って足を動かした。
しばらくすると、後ろから聞こえていた人の声が途切れた。蹄の音も遠くなり、やがて風が枝を揺らす音しか聞こえなくなる。
それでもすぐには止まらず、さらに距離を取ってから身体強化を解いた。
「……もういいか?」
「おそらくはな」
外套からセレスが顔を出す。
周囲に人影はない。
「思ったより使えるのう、お前」
「何だよ、その言い方」
「ずいぶん逃げ慣れておるように見えてな」
「そんなわけないだろ。行軍中に敵に見つからないように動く訓練はしてたんだ。……まあ、王国の兵から逃げるために使うとは思わなかったけどさ」
セレスは何も言わなかった。
俺もそれ以上は言わず、また歩き始める。
「……連れ戻すつもりなのかな」
「わしに分かるわけないじゃろ」
「じゃあ、戻って確かめても――」
「捕まらずに確かめる方法があるなら、好きにせい」
何も返せなかった。
戻ったところで、今度こそちゃんと調べてもらえるとは限らない。また囲まれたら、今度は逃げられないかもしれない。
日が傾き、木々の影が長くなってきた。
「アルト。そろそろ夜を越す場所も考えた方がよいぞ」
「そうだな」
「アルト」
「何だよ」
「お前、まだ王都に戻りたいのか?」
俺は答えられないまま、歩き続けた。
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