第15話 最初の夜
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日が沈む前に、今夜を過ごす場所を見つけておきたかった。
追手の姿も蹄の音も消えたが、本当に撒けたのかは分からない。街道へ戻る気にはなれず、俺はそのまま木々の間を進んだ。
しばらく歩いたところで、斜面の途中に大きな岩肌が見えた。
その下に、黒い穴が開いている。
「あそこに洞窟がある。あそこにしよう」
「随分と都合よく見つかったのう」
外套の中からセレスが顔を出す。
「俺に言うなよ」
斜面を上がって近づくと、入口は人が二人並んで入れるかどうかという広さだった。街道のある方角からは木と岩に隠れていて、近くまで来なければ気づけそうにない。
「少し狭いけど、隠れるにはよさそうだな」
「案外、魔物の巣かもしれんぞ」
「やめてくれよ」
言われると気になる。
入口の周りを調べてみたが、大きな足跡や糞は見当たらない。中へ小石を放り込んでも、何かが動く気配はなかった。
念のため身体を低くして中へ入る。
奥行きは思ったほどなく、十数歩も進むと岩壁にぶつかった。ただ、右側に人一人が通れそうな隙間があり、その向こうからわずかに光が入っている。
身体を横にして抜けてみると、斜面の反対側へ出た。
「こっちからも出られるな」
胸元からセレスが顔を出した。
「なら、袋小路にはならんな」
「ああ。追手が来ても逃げられる」
「すっかり逃げることばかり考えるようになったのう」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「わしではなかろう」
それは確かにそうだった。
俺は何も言わず、洞窟へ戻った。
地面には乾いた土と枯れ葉が溜まっている。
「このまま寝たら冷えるな。寝床も作らないと」
「まだ何かするのか?」
「地面にそのまま寝るよりはましだよ」
洞窟の周りから落ち葉やシダを集め、奥の壁際に厚く敷いていく。
火は使わないことにした。こんなところで煙を上げれば、せっかく隠れた意味がない。
寝床はどうにかなったが、昼から何も食べていない。
洞窟の周りを探し、食べられる木の実をいくつか見つけたが、腹を満たせるほどではなかった。水は少し離れたところに小さな流れがあったので、そこで飲んできた。
洞窟へ戻ると、セレスが入口近くの岩に乗って待っていた。
木の実を一つ口へ放り込みながら、その姿を見てふと思う。
「そういえば、お前は何を食べるんだ?」
「何じゃ、急に」
「いや。飯」
セレスは首を傾げた。
「魔族とて、人族と食べるものはそう変わらんぞ」
「いや、そうじゃなくて。お前、今は蜥蜴だろ?」
「……何が言いたい」
「虫とかか?」
「げっ。わしに虫を食う趣味はないわ!」
露骨に嫌そうな声を出した。
「でも、蜥蜴って虫を食べるだろ」
「わしは蜥蜴ではない!」
「今はどう見ても蜥蜴だけど」
「身体だけじゃ! 中身まで蜥蜴になった覚えはない!」
「じゃあ、これ食べる?」
木の実を差し出すと、セレスはしばらくそれを見た。
「……他にはないのか?」
「ない」
「肉は?」
「ない」
「パンは?」
「あるように見えるか?」
セレスは黙った。
俺がもう一つ木の実を食べると、諦めたらしく近づいてくる。
「よこせ」
「虫の方がいいなら探してくるけど」
「いらんと言っておる!」
思ったより元気そうだ。
木の実を半分に割って置いてやると、セレスは前脚で押さえながら齧り始めた。
「どう?」
「……食えなくはない」
「ならよかった」
「明日はもう少しましなものを探せ」
「俺だってそうしたいよ」
セレスは返事をせずに、木の実に齧り付いた。それを見て、俺も残りを口に入れた。
腹が膨れたとは言い難いが、何もないよりはましだった。
木の実を食べ終える頃には、外も暗くなってきていた。
洞窟の入口から見える森も、少し先までしか見えなくなっている。
「アルト」
「ん?」
「王都のことじゃ」
俺は壁に背を預けたまま、入口の方を見る。
「……戻れるなら、戻りたいよ」
「ほう」
「俺は何もしてないんだ。ちゃんと調べてもらえれば、俺が俺だって分かるはずだし……そうなったら、逃げる必要もないだろ」
自分で言っていて、王城での光景を思い出した。いくら説明しても、誰も俺の言葉を証拠にはしてくれなかった。
「なら、戻ればよいではないか」
「……そう簡単じゃないよ」
セレスは何も言わない。
「レオルド殿下が、なんであんなことを言ったのかも分からない。ルシエラだって……」
魔王城へ向かうまで、何度も助けてもらった。傷を治してもらったことも、一緒に飯も食べた。
王城で二人が話したことは、俺が伝えたことと食い違っているわけじゃない。だけど、記憶まで奪われていると言われたら、俺はどうすればいいんだ。
「ガイルとフィーネは、俺を陥れようとしたわけじゃないと思う」
「だろうな。あの二人は聞かれたことに答えただけじゃ」
「うん」
そこは俺も分かっている。
しばらく黙っていると、セレスが岩の上で身体の向きを変えた。
「では、王子と聖女は?」
「……それが分からないんだよ」
「そうか」
あっさりした返事だった。
「もっと何か言わないのか?」
「わしに何を言えというのじゃ。あやつらと長く一緒におったのはお前じゃろう」
「そうだけどさ」
「なら、自分で考えろ」
「簡単に言うなよ」
「簡単とは言っておらん」
敵だと思えれば、もっと楽なのかもしれない。
王国兵が来たら逃げればいい。もし、レオルド殿下やルシエラが相手でも……そこから先は、まだ考えられなかった。
洞窟の外から、夜の鳥の声が聞こえた。
「寝るか」
立ち上がって、寝床に敷いた枯れ葉を軽くならした。
「俺が見張ってるから、お前は寝ていいぞ」
「何を言っておる。お前が寝ろ」
「俺が?」
「今日一日走り回ったのはお前じゃろう」
「でも、お前に見張りなんてできるのか?」
セレスが俺を見上げた。
「目もある、耳もある。何かが来れば起こすくらいできるわ」
「そうか……。じゃあ、頼む」
「うむ。さっさと寝ろ」
そう言われて、外套を着たまま作った寝床に横になる。
目を閉じかけて、見張りを任せている相手のことを考えた。
見張りを誰かに任せて眠ること自体は珍しくない。魔王城へ向かう間も、ガイルやフィーネたちと交代で休んでいた。
ただ、今夜見張っているのは、数日前まで殺し合っていた魔王だ。
「セレス」
「何じゃ」
「……ちゃんと起こせよ」
「分かっておるわ。さっさと寝ろ」
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
疲れていたのか、身体から力を抜くとすぐに眠気が来た。
「アルト」
「何だよ……、今寝そうになってたのに」
「明日は、人のおらん場所を探せ」
眠りかけた頭で意味を考える。
「何で?」
「お前の中にある、わしの力を試す」
目を開けて、セレスを見る。
「剣もないまま、いつまでも逃げ回るわけにはいかんじゃろう」
「今やったら駄目なのか?」
「こんな暗い中で何をする気じゃ。それに、派手な音でも出せば追手を呼ぶぞ」
「……それもそうか」
もう一度目を閉じる。
「なるべく広い場所を探せよ」
「広い場所?」
「うむ」
「どれくらい?」
少し間があった。
「できるだけ広いところじゃ」
「何でだよ」
「念のためじゃ」
俺はセレスの声を遠くに感じながら眠りに落ちていった。
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