第6話 帰還と進軍
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馬車が拠点を出てしばらくすると、外を行き交う兵の姿も見えなくなった。
俺は窓から顔を引っ込め、向かいの座席へ外套を広げる。
「もういいぞ」
待っていたとばかりに、胸元からセレスが這い出してきた。そのまま腕を伝って座席へ降りると、前脚を伸ばして身体を反らす。
「くぅ〜、やっとじゃな。まったく、馬車に乗ったら出すと言っておったくせに、いつまで待たせる気じゃ」
「拠点を出るまでは無理だろ。誰かに見られたらどう説明するんだよ」
「そこを考えるのがお前の役目ではないのか?」
「いつから俺の役目になったんだ」
セレスは俺の言葉を意に介さず、窓際まで行くと外を覗き込んだ。
土がむき出しの、名ばかりの街道が平原の間を伸び、その先をレオルド殿下たちの馬車が進んでいる。王家の紋章が入った車体は、俺に用意されたものより一回りは大きい。
「これがカリュドリアへ続く道か」
「正確には王都までな。まだ結構かかるぞ」
「馬車なら歩かずに済む。それだけでも十分じゃ」
「昨日は自分で歩くって言ってなかったか?」
「わしは状況に合わせて最善の判断ができるのじゃよ」
「そういうことにしておくよ」
俺は背もたれに身体を預けた。
馬車の揺れはあるものの、昨日までと比べればずっと楽だ。魔王城へ向かう途中はいつ敵に襲われるか分からず、眠るときでさえ剣を手の届く場所へ置いていた。それを考えれば、こうして座っているだけで王都へ近づいていくというのはありがたい。
自分の胸に手を当てる。
「やっぱり、まだあるな」
「何がじゃ」
「お前の力」
意識を内に向けると、身体の奥にある膨大な魔力はすぐに見つかった。自分の魔力とは明らかに違うのに、昨日より探りやすくなっている気がする。
「少しくらい使ってみた方がいいのかな」
窓の外を見ていたセレスが、すぐこちらを向いた。
「ここでか?」
「ちょっとだけなら――」
「馬車ごと吹き飛ばしたいのなら止めんぞ」
俺は胸から手を離した。
「そんなに危ないのか?」
「わしの力だと言っておるじゃろ。お前がどの程度扱えるのかも分からんのに、人のおる場所で試すな」
言われてみればその通りだ。
「じゃあ、どこか人のいない場所で試すか」
「その方がよい。わしも、お前がどの程度扱えるのかは見ておきたい」
「自分の力なのに?」
「わしが使うのと、お前が使うのとでは同じとは限らんからな」
そう言われると、さすがにその辺で試す気にはなれなかった。
王都へ着いたらルシエラにもう一度診てもらう。そのうえで、この力をどうすればいいのか調べるしかなさそうだ。
「それで、アルト。力を戻す方法が見つかったら、お前はどうするのじゃ?」
「どうするって?」
「わしの力を返せるようになれば、それで一つ片づくじゃろ。魔王も倒したし、そのあとお前はどうするつもりなのかと思ってな」
聞かれて、言葉に詰まった。
勇者として何をすればいいかなら、ずっと考えてきた。でも、その先のこととなると、魔王城で考えたときと同じで何も浮かばない。
「……王都に着いてから考えるよ」
「お前、何でも王都に着いてからじゃな」
「今、考えても仕方ないだろ」
「まあ、お前の人生じゃ。好きにせい」
そう言うと、セレスはまた窓の外へ顔を向けた。
◇
昼を少し回った頃、一行は街道脇の広場で休憩を取った。
馬車が停まると、外から人の声が聞こえてくる。
俺は立ち上がり、座席にいたセレスを見る。
「一旦外に出るけど、お前はどうする?」
「ここに残るのも退屈じゃ。……仕方ないな」
「ここはもっと窮屈かもしれないけどな」
俺が外套を広げると、セレスは少し嫌そうにしたものの、俺の腕を伝って内側へ潜り込んだ。
「なんだか、そこが定位置になってきたな」
「うるさい!」
胸元から黒い頭が出かけたので、慌てて押し戻す。
「ほら、出るぞ」
「分かっておるわ」
馬車を降りたところで、ガイルが目を覚ましたと聞き、そのまま二人を乗せた馬車へ向かう。
中を覗くと、ガイルは横になったままだった。身体には包帯が巻かれているが、昨日より顔色はいい。
「ガイル」
俺が呼ぶと、ゆっくり目が開いた。
「……アルトか」
「気分は?」
「最悪だな。身体中が痛え」
とはいえ、喋れるくらいなら大丈夫そうだ。
ガイルは少しだけ身体を動かそうとして、すぐに顔をしかめた。
「聞いたぞ。お前、魔王倒したんだってな」
「ああ」
「……そうか」
一度目を閉じてから、ガイルが笑った。
「やったな、アルト」
「俺だけじゃないだろ。ここまで来られたのは、ガイルが道を見つけてくれたからだ」
魔族領に入ってからも、こいつのおかげで何度危ない場所を避けられたか分からない。俺とフィーネだけだったら、魔王城まで辿り着けたかどうかも怪しい。
「フィーネは?」
「まだ寝てる。でも、ルシエラが大丈夫だって言ってた」
「そうか……」
ガイルは小さく息を吐くと、そのまま目を閉じた。
俺は「またあとでな」と声をかけて馬車を降りた。
自分の馬車へ戻ろうとして、少し先に停まっている王家の馬車が目に入る。
レオルド殿下もルシエラも中にいるらしく、扉は閉じたままだった。
ちょうど一人の騎兵が馬車のそばへ呼ばれ、従者から何かを受け取っている。封書のように見えたが、すぐ腰の鞄へしまわれた。
騎兵は馬へ跨がると、俺たちが進む王都の方角へ走っていった。
「先触れか?」
外套の内側から顔を出したセレスが見上げてくる。
「たぶん。魔王を倒したって知らせるんだろ」
「ほう」
セレスはそれだけ言うと、俺の外套の内側に潜り込んだ。
◇
休憩を終えて再び街道を進んでいると、しばらくして前方から土煙が上がっているのが見えた。
やってきたのは王都から来た兵の一団だった。数台の荷馬車を伴い、武器や食料らしい木箱を大量に積んでいる。
俺たちの一行に気づくと、先頭にいた指揮官が馬を寄せてきた。
「レオルド殿下!」
指揮官が姿勢を正し、敬礼する。
「これより前線へ向かうところであります」
「ご苦労」
レオルド殿下は馬車の窓から顔を出した。
「ちょうどよかった。お前たちにも知らせておこう。魔王は討たれた」
「……魔王が?」
男が目を見開く。
「本当ですか!」
後ろにいた兵たちまでざわめき始めた。
「ああ」
「では、勇者様が――」
「詳しい報告は王都で行う。今は、魔王が倒れたということだけ知っておいてくれ」
「はっ!」
それでも兵たちには十分だったらしい。
「魔王が倒れたぞ!」
「終わった!」
「これで帰れる!」
さっきまで黙々と歩いていた兵たちの間に、あっという間に笑い声が広がった。後ろでは、隣の兵の肩を何度も叩いている者までいる。
俺も窓を開け、思わず笑った。
ところが歓声が収まると、兵たちはまた隊列を整え始めた。
「皆さんは、これからどうするんですか?」
俺が声をかけると、指揮官がこちらを向いた。
「我々は、このまま前線の拠点へと向かいます」
「え? でも、もう魔王はいないんですよ。それなら、行かなくてもいいんじゃ……」
指揮官は少し困ったように笑った。
「我々は王命で前線へ向かっておりますので。魔王が倒れたと聞いても、勝手に引き返すわけにはいきません」
「ああ、そういうことですか」
「はい。もっとも、魔王が討たれたのであれば、そう遠くないうちに帰還命令も来るでしょう」
指揮官はもう一度レオルド殿下へ敬礼した。
「それまでは、命じられた任を果たします」
やがて兵たちは再び歩き出し、俺たちが来た道を魔族領へ向かって進んでいった。
しばらくして、馬車の窓から後ろを見ると、さっきの部隊はもう随分遠くまで進んでいた。
帰還の命が届けば、あの人たちもすぐ引き返すはずだ。
そう思って窓を閉めようとしたが、俺は部隊が見えなくなるまで、しばらくそのまま眺めていた。
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