第5話 勇者の逡巡
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「アルト。魔王城での話を聞く前に、一つ確認しておきたいことがある」
席へ向かいかけた俺は、レオルド殿下を見た。
「なんでしょう?」
「お前の傷のことだ。本当に、目が覚めたときにはすべて治っていたのか?」
「ああ、それですか。はい」
「自分で治療したわけではないのか?」
「それは無理ですよ。身体強化はできますけど、治癒魔法は使えませんから」
「となると、やはり気になるな」
殿下は俺に椅子を勧めた。
「座ってくれ。最初から聞かせてほしい」
俺は勧められた椅子へ腰を下ろした。
もともと俺もそのつもりで、身体に入った力のこともできれば相談したかった。ただ、セレスのことまで話すかどうかは決めていなかった。
俺はガイルとフィーネが倒れたところから、魔王との最後の戦いまでを順番に話した。
「最後に魔王の足元に魔法陣が出たんです。かなり大きなやつで、俺が魔王を斬ったのと、あれが光ったのはほとんど同時だったと思います」
「どんな術だった?」
「分かりません。何か起こると思って身構えたんですけど、結局その場では何もなくて」
今なら、あれがセレスの転生の秘術だったことは知っている。けれど、そんなことを話せば「なぜ知っている」と聞かれるに決まっている。
俺はそのまま続けた。
「魔王が倒れたあと、ガイルとフィーネが生きているのを確認しました。それから――」
そこでルシエラが口を開いた。
「少し待ってください。その魔法陣について、もう少し詳しく覚えていませんか?」
「詳しくって?」
「描かれていた文字や紋様です。使われた魔力の種類でも構いません」
「そこまでは……。すごい魔力だったのは覚えてるけど」
「そうですか」
ルシエラは考えるように目を伏せた。
「魔王が死の間際に使った術です。何も起きなかったとは考えにくいですね」
「俺もそう思う」
だからこそ相談しようと思っていた。
すると、レオルド殿下が腕を組んだ。
「王都へ戻ったら詳しく調べた方がいいだろう。魔王が使った術となれば、我々だけで判断するのは危険だ」
「そうですね。教会にも、似た術についての記録が残っていないか確認をお願いした方がよいと思います」
「陛下にも報告しておく必要があるな」
俺は殿下とルシエラに相談して、二人に何か分かればそれでいいくらいに考えていた。この二人なら話しても大丈夫だと思っていたし、誰にも言わないでくれと頼むことすら考えていなかった。
けれど、王都へ戻れば国王陛下に報告されるし、教会にも話が行く。そこから先、誰が知ることになるのかまでは分からない。
魔王を倒した勇者の身体に、その魔王の力が入っている。そんな話が広がったら、どう受け取られるだろう。
「それで、アルト」
殿下の声で顔を上げる。
「魔王が倒れたあと、お前はどうして意識を失ったんだ?」
「え?」
「傷が勝手に治ったことと関係があるのかもしれない。何か身体に異変はなかったのか?」
魔王が倒れたあと、その魔力が俺の中へ流れ込んできた。押し返そうとしても止められず、そのまま意識を失った。
本当なら、そこまで話すつもりだった。
けれど、さっき出た「教会」と「陛下」という言葉がどうしても引っかかった。
「……どうした?」
「いえ……」
俺は少し考えてから答えた。
「ガイルとフィーネを確認したあと、急に気分が悪くなって……そこから先は、よく覚えてません。次に目を覚ましたときには傷が治ってました」
殿下はしばらく俺を見ていた。
「それだけか?」
「……はい」
「アルト」
ルシエラが席を立った。
「もう一度、身体を診てもいいですか?」
「もちろん」
俺が手を差し出すと、ルシエラが手首に指を添えた。目を閉じたのはさっきと同じだったが、今度はなかなか手を離さなかった。
さっきより長い気がする。
しばらくしてルシエラが目を開けると、ちょうど目が合った。
「ルシエラ?」
「……もう大丈夫です」
そう言って、ルシエラは俺の手首から指を離した。
「何か分かったか?」
殿下がルシエラに尋ねた。
「ええ。少し気になるところはあります。ただ、今ここでは詳しいことまでは分かりません」
「そうか」
ルシエラは俺の方へ向き直った。
「アルト。王都へ戻ったら、もう一度きちんと調べましょう」
「頼むよ」
「今のところ身体に異常がないなら、今日はもう休め。明朝、王都へ向けて出発する」
レオルド殿下がそう言ったところで、話は終わった。
俺は立ち上がり、二人に頭を下げて天幕を出た。
しばらく歩いたところで、外套の中から声がした。
「おい、アルト」
「なんだよ」
「お前、本当のことを話すんじゃなかったのか?」
周囲に人がいないのを確かめてから、小声で返す。
「そのつもりだったよ」
「だった?」
「殿下とルシエラに相談するつもりだったんだけど、まさか教会とか陛下にまで報告する話になるとは思ってなかった」
胸元から黒い頭が覗いた。
「お前、言わずとも二人が黙っておいてくれると思っておったのか?」
「……まあ」
「馬鹿なのか?」
「うるさいな」
セレスの頭を外套の中へ押し戻す。
「別に、殿下とルシエラを疑ってるわけじゃない。でも、魔王の力が俺の中にあるなんて、他の人にまで知られたらどうなるか分からないだろ」
俺は外套の上から胸元を軽く押さえた。
「それに、お前のことまで知られたら面倒だしな」
「最後に付け足すな」
「ちゃんと考えてるって」
「さて、どうじゃろうな」
まだ何か言いたそうだったが、セレスはそれきり黙った。
◇
翌朝。
日が昇る頃には、王都へ戻る一行の準備が整っていた。
ガイルとフィーネも容体は安定しているらしく、二人を運ぶための馬車が用意されている。俺にも別の馬車があてがわれた。
昨日の浮かれた空気は、朝になってもまだ残っていた。行き交う兵たちは俺を見つけるたびに声をかけてきて、中にはわざわざ握手を求めてくる人までいた。
「勇者様、王都でも盛大な凱旋になるでしょうな!」
「そうなのかな」
「そりゃそうですよ。魔王を倒したんですから!」
嬉しそうに笑う兵につられて、俺も笑った。
少し先では、レオルド殿下が王家の紋章が入った馬車へ乗り込むところだった。そのあとを追っていたルシエラが途中でこちらに気づき、足を止めた。
「アルト、王都へ着いたら改めて診ますから」
「ああ。頼むよ」
ルシエラはいつものように微笑むと、レオルド殿下の待つ馬車へ乗り込んだ。
俺も自分の馬車へ向かう。
「今度は馬車だから、少しは楽だろ」
胸元へ声をかけると、セレスが外套の中でもぞもぞ動いた。
「馬車の中では出してもらうぞ」
「誰も乗る予定はないから大丈夫だろう」
「約束じゃぞ」
「分かったって」
御者の合図とともに、前の馬車が動き始めた。
俺たちを乗せた馬車もそのあとへ続き、昨日までいた拠点が少しずつ遠ざかっていく。
まずは王都だ。この力をどうにかする方法を探さないとな。
とはいえ、誰に相談すればいいのやら。
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