第4話 魔王の疑問
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案内された天幕へ入ると、俺は外套を脱いだ。
「ぷはっ! やっと出られたぞ!」
胸元から這い出した黒蜥蜴が寝台の上へ飛び移ると、身体を大きく伸ばした。
「お前、わしを何だと思っておる。ずっとあんなところに押し込みおって」
「仕方ないだろ。外に出したら大騒ぎになるんだから」
「だからといって、もう少し何とかできるじゃろ」
「他に運びようがないだろ」
「わしは荷物ではない!」
俺は適当に聞き流しながら椅子へ腰を下ろした。
寝台の上では、セレスがまだぶつぶつ文句を言っている。
「そんなに嫌なら、王都に帰るときは自分で歩くか?」
「当たり前じゃ」
「俺たちは、馬車で帰るけどな」
「……外套でよい」
「どっちだよ」
セレスが顔を背ける。
外からはまだ兵たちの声が聞こえていた。魔王討伐の話で拠点中が浮かれているらしく、ときどき俺の名前も聞こえてくる。
セレスも入口の方へ顔を向ける。
「随分と楽しそうじゃな」
「そりゃそうだろ。魔王を倒したんだから」
「わしはここにおるがな」
「それはみんな知らないし」
俺が笑うと、セレスは面白くなさそうに顔をそらした。
「これで戦争も終わる。みんな家に帰れるんだ」
「……ほう」
「なんだよ」
「別に」
「何か言いたそうだな」
「今のお前に話しても面倒そうじゃから、やめた」
「なんだそれ」
「ところで、アルト」
「ん?」
「先ほどの銀髪の女。あれが、お前の言っていた聖女か?」
「ルシエラ? そうだよ」
「やはりな」
セレスは前脚を揃えて座り直した。
「聖女と言うからには、やつもなかなかの手練れなのじゃろう?」
「そうだな。ルシエラが後ろにいると、こっちは安心して前に出られる」
「なら、なぜ魔王城へ来なかった?」
「え?」
「城へ来たのは、お前と斥候、それから魔法使いの三人だけだっただろう」
「ああ。ガイルとフィーネな」
「そういう名なのか」
「知らなかったのかよ」
「敵の名前など知らぬわ。お前だって、わしの名は知らんかったじゃろ」
「確かに」
「それで、なぜ聖女は来なかったのじゃ」
「ああ、殿下が呪いを受けたからだよ」
「呪い?」
「そう。魔王城へ入る前に具合が悪くなってさ。それで、ルシエラが治療のために残ったんだ」
セレスは暫く考え込む。
「殿下とやらは、さっきは元気そうだったではないか」
「ルシエラが治したんだろ。殿下も、もう大丈夫だって言ってたし」
「ふむ……」
俺がそう答えると、セレスはまた黙り込んだ。
「なんだよ」
「いや。よく聖女を残してきたものだと思ってな」
「何で?」
「あの王子は、まあ、お前よりは役に立たなそうじゃったから置いてきても――」
「殿下は強いぞ」
「最後まで聞け」
「わかったよ。で?」
「殿下がどれくらい強いかはさておきじゃ。聖女は別じゃ。あの女、回復だけではないのだろう?」
「結界とか支援魔法も使えるよ」
「なら、なおさらじゃ」
セレスは呆れたように俺を見る。
「お前たち、死にかけておったではないか」
返す言葉がなかった。俺は傷だらけだったし、ガイルは吹き飛ばされ、フィーネは魔力を使い切って倒れていた。ルシエラが一緒だったら、あそこまでにはならなかったかもしれない。
「お前がわしを斬ったからよかったようなものの、かなりぎりぎりじゃったぞ。あの聖女まで来ておれば、わしはもっと苦しんだだろうな」
「それは……そうかもしれないけど……。だからといって、ルシエラが殿下を放って来るわけにもいかないだろ?」
あのときは、俺もそれしかないと思っていた。
「まあ、そうなのだろうな」
もっと食い下がるかと思ったが、セレスはそれ以上何も言わなかった。
「ただ、わしなら聖女は手放さん」
「敵だったお前に言われてもなあ」
「敵だったから言っておる。回復されながら戦われる方の身にもなれ」
「それは嫌だろうけど」
「嫌どころではないわ」
確かに、俺にとっては仲間でも、セレスにとっては敵だった聖女だ。
今は、身体に入ったこの力をどうするか考える方が先だ。
「なあ、セレス」
「何じゃ」
「殿下には、お前のことも話した方がいいと思うか?」
セレスの顔がゆっくりこちらを向いた。
「正気か?」
「だめか?」
「当たり前じゃ。ここは人族の陣営のど真ん中だぞ。そこへ『実は魔王はここにいます』と自分から教える馬鹿がどこにおる」
「でも、俺の中にある力を戻す方法を調べるなら、お前のことも話した方が――」
「力のことは好きに話せ。わしのことまで話す必要はない」
「ルシエラなら何か分かるかもしれないぞ」
「あの聖女だからこそ警戒せよと言っておるのじゃ」
「なんでルシエラをそんなに警戒するんだ?」
「聖女だからじゃ」
「理由になってないだろ」
「お前たちにとって魔王がどういう存在か考えてみろ。それと同じじゃ」
そう言われれば、セレスが警戒するのも分からなくはない。
「でも、ルシエラは信用できるよ」
「お前が信用するのは勝手じゃ」
「殿下もな」
「はいはい」
「なんだよ、その言い方」
「お前は少し人を信用しすぎじゃ」
「仲間をいちいち疑ってたら、一緒に旅なんかできないだろ」
セレスはしばらく俺を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……まあよい。好きにせい。ただし、わしを見せるなら先に言え。いきなり聖女の前へ放り出すなよ」
「分かったよ」
返事をしたところで、天幕の外から声がかかった。
「勇者様、よろしいでしょうか」
俺が返事をすると、入口から兵が顔を覗かせた。
「レオルド殿下がお待ちです」
「分かった。すぐ行く」
兵が離れるのを待って、立ち上がる。
「だってさ」
「聞こえておった」
「じゃあ入ってくれ」
外套を広げると、セレスが露骨に嫌そうな顔をした。
「またそこか」
「さっき自分で外套でいいって言っただろ」
「もっとましな方法を考えてくれ」
文句を言いながらも、セレスは俺の腕を伝って外套の内側へ潜り込んだ。
「出てくるなよ」
「子供扱いするな」
黒い頭を軽く押し込んでから、俺は天幕を出た。
レオルド殿下の天幕へ向かう途中、さっきのセレスの言葉が何となく頭に残っていた。
ルシエラが一緒なら、魔王との戦いはもっと楽だったかもしれない。それでも、あのとき殿下は呪いを受けていたんだ。ルシエラが残るのは当然だったと思う。
殿下の天幕に着くと、兵に入口を開けてもらい、中へ入る。
「来たか、アルト」
中では、レオルド殿下が待っていた。その隣にはルシエラも座っていた。
二人がいるなら、俺の中に入った魔力のこともまとめて相談できそうだ。
そう思いながら席へ向かうと、レオルド殿下が言った。
「アルト。魔王城での話を聞く前に、一つ確認しておきたいことがある」
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