第3話 英雄の帰還
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魔王城を出てから、どれくらい歩いただろう。意識がない二人を連れての移動は結構大変だったが、ようやく遠くに見慣れた旗が見えてきた。
「見えた。あそこだ」
俺が言うと、外套の胸元から黒い頭が少しだけ覗いた。
「……あれがお前たちの拠点か」
「ああ。レオルド殿下とルシエラも待ってる」
セレスはそれ以上何も言わず、頭を引っ込めた。
しばらく進むと、見張り台にいた兵がこちらに気づいた。
「……勇者様?」
目を凝らしていた兵が身を乗り出す。
「勇者様だ! 勇者様が戻ったぞ!」
その声で、拠点の中が一気に騒がしくなった。
何人もの兵が門から飛び出してくる。
「勇者様!」
「ご無事だったんですか!」
「悪い。それより二人を頼む」
俺は背負っていたガイルを下ろした。フィーネの方にもすぐ兵が集まり、それぞれ数人がかりで二人を運んでいく。
「二人とも生きてる。ただ、まだ目を覚まさないんだ。ルシエラに診てもらってくれ」
「はい!」
兵たちが駆けていくのを見届けたところで、別の兵が恐る恐る口を開いた。
「勇者様……魔王は?」
その一言で、周りにいた者たちが静かになり、視線が俺に集まった。
「倒したよ」
誰も声を出さない。
聞こえなかったのかと思って、もう一度言おうとしたときだった。
「やった……」
誰かが呟いた。
次の瞬間、耳が痛くなるほどの歓声が上がった。
「魔王を倒したぞ!」
「勝った!」
「戦争が終わる!」
肩を叩かれ、知らない兵にまで抱きつかれる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
押し寄せてくる兵たちに囲まれて、身動きが取れない。
俺が困っている間にも、「勇者万歳!」だの「これで帰れる!」だの、あちこちから声が飛んでくる。
その顔を見ているうちに、俺まで笑っていた。
三十年以上も続いた戦争だ。
中には、俺が生まれる前から戦っている人だっている。
そんな人たちも、やっと帰れるんだ。
「アルト!」
よく通る声とともに、人垣が左右に割れた。
金髪の青年が大股でこちらへ向かってくる。そのすぐ後ろを、長い銀髪の女性が追っていた。
「レオルド殿下!」
「よく戻った!」
殿下はまっすぐ俺のところまで来ると、両肩を掴んだ。
「殿下、体調はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。ルシエラのおかげですっかり良くなった」
「よかった」
「それより、本当に魔王を?」
「はい。倒しました」
「そうか……!」
殿下は大きく息を吐くと、そのまま俺の肩を強く叩いた。
「よくやった、アルト!」
周りにいた兵たちがまた沸いた。
「勇者アルトが魔王を討ち取った! この勝利は、ここまで戦い抜いた全員のものだ!」
さっきまで好き勝手に騒いでいた兵たちが、殿下の言葉ひとつで揃って拳を突き上げる。
こういう所は、さすが王太子だ。俺が同じことを言っても、たぶんこうはならない。
「アルト」
ルシエラが俺のところへ来た。
「お帰りなさい」
「ああ。ただいま、ルシエラ」
「ガイルとフィーネは、すぐに診ます。アルトも――」
そこまで言って、ルシエラの目が俺の服に止まった。
「その血……」
「ああ、これは大丈夫」
「大丈夫には見えません」
いつもの柔らかい声だったが、言い切られてしまった。
「いや、本当にもう傷はないんだ」
「傷がない?」
横にいたレオルド殿下も俺を見る。
「その服の有様でか?」
言われて自分の格好を見下ろした。
確かにひどい。脇腹も肩も服が裂け、乾いた血がこびりついている。
「魔王と戦ったときには傷だらけだったんだけど、目が覚めたら全部治ってて」
レオルド殿下の眉がわずかに動いた。
「目が覚めたら?」
「あ、それについては俺もよく分からなくて。ルシエラに聞こうと思ってたんだ」
そのとき、先にガイルたちを運んでいった兵の一人が、天幕の方からルシエラを呼んだ。
「ルシエラ様! お二人をお願いします!」
「ごめんなさい、アルト。その話はあとで聞きます。まずは二人を診てきますね」
「ああ、そうだな。頼むよ」
ルシエラはすぐにガイルたちが運ばれた天幕へ向かい、俺も後を追った。
中では二人が寝台へ寝かされていて、ルシエラがガイルの胸元へ手をかざしていた。
淡い光が広がる。
しばらくすると、強張っていたルシエラの表情が少し緩んだ。
「大丈夫です。二人とも命に別状はありません」
「そうか」
「ガイルは打撲と骨折がいくつか。フィーネは魔力をほとんど使い切っていますので、すぐには目を覚まさないかもしれませんが、休めば回復するでしょう」
「よかった……」
身体から力が抜けて、近くにあった椅子へ腰を下ろした。
生きているのは分かっていた。それでも、ルシエラから大丈夫だと言われると全然違う。
「二人をお願いします」
「もちろんです」
ルシエラが微笑んだ。
その顔を見て、ようやく魔王城から帰ってきたんだという気がした。
「次はアルトです」
「俺?」
「当然でしょう。その格好で何を言っているのですか」
「だから傷は――」
「ないという、その傷を診せてください」
逃げられそうにないので、仕方なく袖をまくると、ルシエラが俺の腕を取った。
「本当にありませんね……」
肩、脇腹と傷のあった場所を確かめていく。
「だから言っただろ?」
「魔王との戦いで、ここを?」
「肩は剣で。脇腹も何度かやられた」
「それが完全に……」
ルシエラが俺の手首に指を添え、目を閉じた。
傷ではなく魔力を探っているらしいので、俺はちょうどいいと思って口を開く。
「ルシエラ、実は魔力のことで――」
ふいに、手首に触れていた指が止まった。
「……ルシエラ?」
目を開けたルシエラは、しばらく俺の顔を見ていた。
「どうした?」
「いえ……」
そう言って、ルシエラは手を離した。
「傷は本当に治っています。身体にも、今のところ悪いところはなさそうです」
「そっか。ならよかった」
ルシエラは頷くと、再びガイルとフィーネの方へ戻っていった。
しばらく様子を見ていたが、邪魔にならないよう、天幕を出ることにした。
外はまだ騒がしかった。
魔王討伐の話は、もう拠点中に広がったらしい。酒を持ち出そうとして上官に怒鳴られている兵までいた。
「気が早いな」
思わず笑ってしまう。
そのとき胸元で、ごそりと動くものがあった。
俺は慌てて外套の上から押さえた。
ここで出てこられたら困る。
「苦しいぞ」
外套の中から小さな声がする。
「もうちょっと我慢してくれ」
「いつまでじゃ」
「あとでちゃんと出すから」
「わしは荷物ではないぞ」
「分かったって」
周りに聞こえないように返してから顔を上げると、いつの間にか天幕を出たルシエラが、少し離れたところでレオルド殿下と話していた。
ルシエラが何かを伝えると、殿下がこちらを見た。目が合ったので軽く頭を下げると、殿下はすぐにルシエラへ視線を戻した。
「何の話だろうな」
「知るか」
胸元から素っ気ない返事が返ってくる。
しばらくして、レオルド殿下がこちらへ歩いてきた。
「アルト」
「はい」
「疲れているところ悪いが、少し休んだら私の天幕へ来てくれないか。魔王城で何があったのか、詳しく聞かせてほしい」
「分かりました」
それなら、セレスのことも話した方がいいだろうか。俺の中に入った魔力も、ルシエラなら何か分かるかもしれない。
そんなことを考えていると、レオルド殿下が俺の肩に手を置いた。
「本当によくやった」
さっき兵たちの前で見せていた顔とは少し違う、いつもの笑顔だった。
「お前が戻ってきてくれて、私も嬉しいよ」
「殿下……」
「さすがは、我らの勇者だ」
照れくさくなって、俺は頭を掻いた。
「俺だけじゃありません。ガイルもフィーネもいたから勝てたんです」
「分かっている。二人にもきちんと報いるつもりだ」
「ありがとうございます」
レオルド殿下はもう一度俺の肩を叩き、天幕の方へ戻っていった。
ガイルとフィーネは無事だったし、残るのは身体に入った妙な力のことだけだ。レオルド殿下とルシエラに話せば、何か分かるかもしれない。
俺は兵に案内され、自分に用意された天幕へ向かった。
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