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魔王を倒した勇者の俺、魔王の力を手に入れたせいで新たな魔王にされました ~元魔王は黒蜥蜴になって俺の肩にいます~  作者: 椎井 たける
第1章

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第2話 黒蜥蜴と魔王

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「俺は……?」


ぼやけた視界の先に、見覚えのある玉座があった。


「魔王城……」


そこまで呟いて、記憶が引っかかった。


「そうだ! 魔王!」


慌てて身体を起こす。


玉座の前には、全身鎧を着た魔王が倒れたまま動いていない。


「そうだ……倒したんだ」


俺は確かに魔王を倒した。だが、その後、何かが身体の中に流れ込んできて――。


そこから先の記憶がない。


ただ、最後に誰かの声を聞いた気がする。


「ガイル!」


まず壁際へ目をやるが、倒れたままだ。


フィーネも動いていない。


俺は立ち上がり、二人のところへ向かおうとして――足を止めた。


「……あれ?」


脇腹が痛くない。


裂けた服をめくる。血でべったり汚れているのに、その下には傷一つなかった。


「なんで……」


肩も触ってみる。こっちも何ともない。


腕を回してみても、引っかかる感じすらなかった。


それどころか身体が妙に軽い。


あれだけボロボロだったはずなのに、今ならもう一度戦えそうなくらいだ。


普通なら喜ぶところなんだろうが、気を失う直前のことを思い出すと素直には喜べない。あの魔力と関係があるのか?


「……あり得ん」


声がした。


俺は反射的に剣を抜く。


「誰だ!」


返事はない。


周囲を見回すが、目に入るのは倒れた魔族や崩れた柱、散らばった瓦礫ばかりだ。玉座の周りにも、誰かが隠れている様子はない。


「今、確かに声が聞こえたよな?」


返事を待ったが何もない。聞き間違いかと思ったところで、もう一度声がした。


「何がどうなっておる……」


また聞こえた。今度は間違いない。


「そこか!」


声のした方へ剣先を向ける。


そこには――。


「……蜥蜴?」


黒い蜥蜴が一匹いた。


瓦礫の隙間から這い出して、こちらを見上げている。


俺が見下ろすと、蜥蜴もじっとこちらを見上げている。しばらく見つめ合ってから、恐る恐る声をかけた。


「おい」


「なんじゃ」


喋った。


思わず剣を構え直す。


「お、お前、今喋ったよな?」


「聞こえたのなら、そういうことじゃろ」


「いや、蜥蜴が喋るのがおかしいんだよ」


黒蜥蜴が面倒そうに顔を背ける。表情までは分からないが、態度だけは妙に人間くさい。


それより。


「お前、何なんだ?」


「それはこちらの台詞じゃ。なぜわしがこんな姿になっておる」


「知らないよ」


「知らないで済むか!」


「俺に怒るなって!」


黒蜥蜴が俺を睨んでいるように見えた。


妙な奴だと思ったが、その声には聞き覚えがある。気を失う直前に聞いたものと同じだ。


「お前が、さっき叫んでたのか?」


「さっき?」


「俺が倒れる前だよ。『なんじゃこれは』って」


さっきまで何を言ってもすぐに言い返してきた黒蜥蜴が、そこで初めて黙り込んだ。


「……誰なんだ、お前」


もう一度聞くと、黒蜥蜴はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


「そういえば、勝ったら教えてやると言ったな」


「え?」


「セレスじゃ」


「は?」


「わしの名はセレス」


黒蜥蜴は平然と言った。


「お前が先ほど斬り殺した魔王じゃ」


俺は黒蜥蜴を見て、それから床に倒れている魔王へ目をやる。どう考えても、目の前の二つが同じ存在だとは思えない。


「……いやいやいや」


「何じゃ」


「おかしいだろ」


「わしだってそう思っておる!」


黒蜥蜴――セレスが声を荒らげた。


「目が覚めたらこの有様じゃ! 身体は小さい。手はこれだ。尻尾まで生えておる!」


短い前脚を持ち上げる。


「魔王が……蜥蜴?」


「何度も言うな!」


「何かしたのか?」


俺が聞くと、セレスの動きが止まった。


「じゃあ、最後の魔法陣。あれは何だったんだ?」


「……転生の秘術じゃ」


「転生?」


「死ぬ前に、別の器へ逃げるための術じゃ」


セレスは自分の身体を見下ろした。


「じゃあ、成功したんじゃないのか?」


俺は黒蜥蜴(セレス)を見る。


「一応、生きてるし」


「これを成功と呼ぶな!」


「まあ、それはそうか」


「少なくとも、こんな姿になる術ではない。それに……」


セレスが何かを確かめるように目を閉じる。


しばらく待っていると、黒い身体がぴくりと動いた。


「……ない」


「何が?」


「魔力じゃ」


「魔力?」


「わしの力がない」


さっきまでの勢いが消えていた。


セレスが前脚を床へつけたまま動かない。


「……本当にないのか?」


「そう言っておる。わしは魔王だぞ」


「元だろ」


「殺した本人が言うな!」


セレスは何度か魔法を使おうとしたが、何も起きなかった。


「本当に何も使えないのか?」


「黙っておれ」


「はいはい」


俺は肩をすくめる。


そこで黒蜥蜴(セレス)の視線が俺の肩で止まった。


「勇者アルトよ」


「何だ?」


「お前、傷はどうした」


「俺にもよく分からないんだが、目が覚めたら治ってた」


「……他には?」


「他?」


「何か変わったことはなかったのか」


「変わったこと……」


気を失う直前の感覚が蘇る。


「そういえば、魔力が入ってきたな」


「何?」


「お前が倒れたあとだ。押し返そうとしたけど全然駄目で、そのまま……」


セレスの動きが止まった。


「おい?」


「アルト。自分の魔力を探ってみろ」


「急になんだよ」


「いいから、やれ」


言われた通り、自分の魔力を探る。


「……ん?」


いつもなら、すぐに分かる。なのに今日は、どこまで探っても終わらない。


「なんだよ、これ……」


自分の身体の中なのに、知らない穴へ腕を突っ込んでいるような気分になる。


しかも、この感触。


「これ……」


「アルト」


黒蜥蜴(セレス)が低い声で呼んだ。


「おそらくだが……わしの力は、お前に移った」


「……は?」


思わず胸から手を離した。


「なんで?」


「わしが聞きたい」


「返せる?」


「それが分かれば苦労せん」


俺は困って頭を掻いた。こんな力、欲しくて手に入れたわけじゃない。

そもそも魔王を倒したのに、その魔王の力を持って帰るなんてどう説明すればいいんだ。


「困ったな」


「困ったで済ませるな。わしの力だぞ」


「俺だって好きで貰ったわけじゃない」


「貰ったと言うな!」


黒蜥蜴(セレス)がまた声を荒らげる。


「じゃあ、どうするんだよ。この力」


「調べるしかなかろう。今のわしにも、それ以上は分からん」


「調べるって言ってもな……。ルシエラなら何か分かるかもしれないけど」


そう口にしたところで、まだ倒れたままのガイルとフィーネが目に入った。


「……そうだ。まず二人を連れて戻らないと」


「戻る?」


「拠点に。ルシエラたちが待ってる」


黒蜥蜴(セレス)が俺を見上げた。


「お前……わしはどうするつもりだ」


「どうするって」


蜥蜴の姿になったとはいえ、こいつは魔王だ。


ここに置いていくのも不安だ。でも、人族の拠点へ連れていくのも、それはそれでまずい気がする。


俺は胸に手を当てた。


ただ、この中にはセレスの力がある。


こんなものを持ったままにしておくつもりはない。元に戻す方法を探すなら、本人がいた方が何かと都合がいいかもしれない。


「……人族の拠点へ? わしがか?」


「嫌ならここに残っててもいいけど」


俺が周囲へ目をやると、玉座の間には魔族の死体や瓦礫があちこちに転がっている。黒蜥蜴(セレス)も同じように辺りを見回した。


「行く」


「即答だな」


「お前の中にわしの力があるのだぞ。放っておけるわけがなかろう」


「じゃあ決まりだな」


俺が手を伸ばすと、黒蜥蜴(セレス)が後ずさった。


「待て。何をする」


「運ぶんだよ」


「自分で歩ける」


「その足で?」


「馬鹿にするな!」


黒蜥蜴(セレス)はそう言うと、自分で床を走り始めた。


思ったより速い。ただ、足元をちょろちょろ走られると、どうにも落ち着かない。普通に歩く分にはついてこられそうだが、俺が本気で走ればさすがに無理だろう。


「悪いけど、やっぱり運ぶぞ」


俺はセレスを摘まみ上げた。


「こら! アルト!」


「暴れるなって」


「自分で歩けると言っておるだろう!」


「分かったけど、足元にいると踏みそうで怖いんだよ」


「下ろせ! わしを誰だと思っておる!」


「元魔王」


「分かっておるなら、もう少し丁重に扱え! っていうか、元を付けるな元を!」


俺は騒ぐ黒蜥蜴(セレス)を外套の内側へ入れた。


小さな頭だけが胸元から出る。


「狭い」


「我慢してくれ」


「暑い」


「文句を言うな」


「わしはこれでも――」


「魔王だったんだろ。分かったって」


黒蜥蜴(セレス)は文句を言うのをやめたが、胸元からこちらを睨んでいる。


俺はガイルのそばにしゃがみ込み、その腕を肩へ回した。フィーネも一緒に連れていかなければならないから、どう運ぶかは少し考える必要がある。


それでも、もう帰れる。


拠点にはレオルド殿下とルシエラが待っている。戻れば二人の治療もしてもらえるし、魔王を倒したことを伝えれば、今度こそ全部終わるはずだ。


「よし」


俺はガイルを背負い直した。


「帰るぞ」


「……本当に人族の拠点へ、わしも連れていく気か?」


胸元からセレスが顔を出す。


「その姿なら誰も魔王だなんて思わないだろ」


「そういう問題か?」


「大丈夫だって」


俺は胸元から覗く黒い頭を軽く押し込んだ。


魔王は倒した。


今度こそ、みんなで帰れる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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