第1話 魔王討伐
新作はじめました。
本日、朝、昼、夕で、1日3話投稿予定です
今作も楽しんでいただけたら、幸いです。
「魔王。お前も、もう終わりだ」
俺は剣先を向けたまま、魔王との距離を詰める。
魔王の全身を覆う黒い鎧には、いくつもの傷が走っていた。胸当ての一部は砕け、左肩の装甲も大きくへこんでいる。剣を持つ右腕こそまだ動いているものの、さっきから少しずつ下がってきていた。
俺だって無傷じゃない。脇腹は何度か斬られ、右肩にも深い傷がある。流れた血が服に張りついて気持ち悪いし、剣を握る手の感覚もだいぶ鈍っている。
それでも、まだ動ける。
魔王の方が先に限界へ近づいているのは、何度も剣を交えた俺には分かった。
視界の端には、倒れた魔族の兵たちがいる。玉座の手前では、ひときわ大きな魔族が血だまりに沈んでいた。
壁際にはガイルが、少し離れたところにはフィーネが倒れている。二人とも、さっき確認したときには息があった。ただ、もう戦える状態じゃない。
魔王もかなり消耗している。二人が動けない以上、俺がここで決めるしかない。
「俺がここでお前を倒す」
全身鎧の奥から、くぐもった声が返ってきた。
「随分と言うようになったな、勇者」
「ここまで追い詰められて、まだ余裕ぶるか」
「追い詰められたか……」
魔王が剣を持ち上げる。
ここまで本当に長かった。だが、それでもあと少しだ。
「俺が勝つ。そして、この戦争を終わらせる」
魔王の動きが止まった。
「……そう教えられたか」
「何?」
「分からぬなら、それでよい」
魔王が剣を構える。
「来い、勇者」
「言われなくても!」
石床を蹴る。
振り下ろされた剣を正面から受けず、刃を合わせて外へ流した。そのまま身体を入れ替え、空いた脇へ斬り込む。
金属が裂ける音が響き、魔王が大きく後ろへ下がった。
刃は鎧の奥まで届いている。
俺は間を置かず、そのまま追う。
魔王が横薙ぎに剣を振るうが、その軌道はもう見えていた。身体を屈めてかわし、立ち上がる勢いのまま斬り上げる。
剣先が胸甲を削り、火花が散った。
魔王の身体が傾く。
「まだだ!」
傾いた身体へ踏み込み、もう一撃を叩き込む。今度は剣で受け止められたが、ぶつかった瞬間に押し返したのは俺だった。
魔王の足が石床を滑る。
これまで何度打ち合っても、こんなふうにはならなかった。
「どうした、魔王!」
「……調子に乗るな」
魔王が踏み込んできた。
速い。
反射的に剣を合わせたが、受けきれないと判断して手首を返し、軌道を逸らす。魔王の剣が肩口をかすめ、熱い痛みが走った。
それでも剣は止めず、そのまま懐へ入って柄頭を胸当てへ叩き込む。
魔王がよろめいた。
「ぐっ……」
こんな声を聞いたのは初めてだ。
俺は数歩下がり、息を整える。
魔王も追ってこない。
さっきの一撃。あの間合いなら、肩口じゃなく首を狙えたはずだ。
脇腹をやられたときもそうだった。俺の体勢は崩れていたのに、次の一撃が来なかった。
「どうした、勇者」
「……」
今は考えている場合じゃない。ここで逃せば、ガイルとフィーネまで危ない。
俺は剣を握り直した。
「終わらせる」
「やってみろ」
再び踏み込み、魔王の剣を横へ弾いてその腕を狙う。刃が右の手甲を大きく削り、握りが緩んだ。
そこへ体当たりするように肩をぶつけると、魔王が数歩よろめき、玉座の手前まで下がった。
もう逃がさない。次こそ、俺の刃を届かせる。
「勇者」
「なんだ」
「名は?」
思わず足が止まりかけた。
「……今、聞くのか?」
「嫌ならよい」
「アルトだ」
「アルト」
魔王は確かめるように一度だけ繰り返した。
「そっちは?」
「魔王で十分じゃ」
「ずるくないか、それ」
「勝ったら教えてやろう」
「じゃあ、聞かせてもらわないとな」
俺は剣を構え直す。
視界の端に倒れた二人が見えた。
帰る。二人とも連れて。
「来い、アルト」
「言われなくても!」
俺は床を蹴る。
魔王も前へ出た。
魔王の一撃に合わせて、半歩だけ身体をずらす。
「ぐっ!」
肩が裂けた。
いや、構わない。これで届くなら安い。
胴が空く。
俺は、剣を右脇へ引き、石床を蹴って懐へ飛び込む。
あと一歩まで迫ったところで、空気が震えた。
「なっ……!」
息が詰まるほどの魔力が、魔王の身体から噴き出した。
足元に光が走る。
一本。
いや、二本、三本――。
床を走った光が次々と別の線につながり、気づいたときには魔王を中心に巨大な魔法陣が広がっていた。
ここまで追い詰められて、まだこんな力を残していたのか。
「させるか!」
魔王は剣を構えようともしない。
あと一歩。
魔法陣の光が強くなる。
「はあああっ!」
腰を回し、剣を横薙ぎに振り抜いた。
刃が胸甲へ食い込み、そのまま鎧ごと胴を深く斬り裂く。
ほとんど同時に、魔法陣が白く弾けた。
「くっ!」
視界が真っ白になる。
反射的に後ろへ飛んで身構えたが、衝撃は来ない。目を閉じていても眩しかった光が、ようやく薄れていく。
「……?」
魔法陣は消えていた。あれほど溢れていた魔力も、もう感じない。
魔王はまだ立っていた。だが、剣を持っていた腕がゆっくり下がり、その身体が前へ崩れた。
重い鎧が石床にぶつかる。
俺は、剣を構えたまま様子を見る。
「おい……魔王?」
返事はない。それでも油断せず、距離を詰める。
魔王の剣を蹴って手の届かないところへ滑らせてから、鎧の脇へしゃがんだ。
胸は動いていない。
首元の鎧の隙間へ指を差し入れ、脈を探す。
何も感じない。位置を変えてもう一度確かめたが、しばらく待っても指先には何も返ってこなかった。
「……死んだか」
そこでようやく剣を下ろした。
「やっと倒した……」
力が抜け、その場に腰を落とす。
「いってぇ……」
気が抜けた途端、脇腹も肩も一斉に痛み出した。手を当てれば、べっとりと血がつく。
それにしても、あの魔法陣は何だったんだ。
辺りを見回してみるが、何も変わっていない。俺自身にも、どこかおかしくなった感じはなかった。
「不発? ……いや、あれが不発なわけないか」
あれだけの魔力だ。何も起きなかったとは思えない。
考えても分からないなら、今は二人の方が先だ。
剣を杖代わりにして立ち上がり、壁際のガイルまで歩く。
「おい、ガイル」
頬を軽く叩いても反応はない。首筋に指を当てると、脈はあった。
「……よし。とりあえず大丈夫そうだな」
今度はフィーネのところへ向かい、呼吸と脈を確かめる。
よかった。生きている。
「フィーネ。魔王、倒したからな」
二人とも生きている。魔王も確かに死んだ。
「やっと帰れるな」
二人を見てから、玉座へ目をやる。
これで前線にいるみんなも、ようやく家に帰れる。町や村が戦場になることもなくなる。
俺も――。
「……勇者の役目も、終わりか」
勇者に選ばれてから、魔王を倒すことばかり考えてきた。それが自分の役目だと思っていたし、疑ったこともない。
「俺、これから何すればいいんだろ」
まぁ、そんなことは帰ってからだ。立ち上がろうとしたとき、倒れた魔王の鎧のあたりで何かが動いた気がした。
反射的に剣へ手を伸ばす。
「……まだ何かあるのか?」
一歩近づいた瞬間、胸の奥を強く掴まれたような痛みが走った。
「ぐっ……!」
息が詰まる。更に胸の奥から、全身へ何かが雪崩れ込んできた。
「な、なんだ、これ……!」
押し返そうと自分の魔力をぶつける。
――駄目だ。
「ぐっ……!」
まるで止まらない。
「くそ……多すぎる……!」
膝が折れ、片手を床につく。
この感覚には覚えがあった。さっきまで、目の前の魔王から感じていたものだ。
「まさか……」
頭の奥がずきずきと痛み始め、視界が揺れる。
「やめろ……っ」
床についた腕から力が抜けていく。
まずい。
意識が――。
「なんじゃ、これはぁっ!?」
「……え?」
知らない声だ。
顔を上げようとしても、身体が動かない。
誰だ……?
そう思ったところで、俺の意識は途切れた。
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