第7話 王都への帰還
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街道が緩やかな坂を上り、小高い丘の頂へ出たところで、視界が開けた。
「見えてきた。あれが王都だ」
窓の外を眺めていた俺がそう言うと、向かいの座席で丸くなっていたセレスが顔を上げた。
丘の向こうには、高い城壁に囲まれた王都が広がっている。その内側には大小の屋根が連なり、街の奥には王城の姿も見えた。
「ほう」
セレスは座席の上を歩き、窓際までいく。
「思っていたより大きいな」
「カリュドリアで一番大きな街だからな。俺も勇者に選ばれてからは、ほとんどここで暮らしてた」
「なら、お前にとっては故郷みたいなものか?」
「故郷って感じはしないけど……まあ、一番長くいた場所ではあるかな」
孤児院を出てからは、剣や魔法を習って、戦争に出る準備ばかりしていた。王都にいた時間は長いのに、街を好きに歩き回った記憶はあまりない。
それでも、見慣れた城壁が見えてくると少しほっとした。
「このまま王城へ行くんじゃろ?」
「ああ。陛下に魔王城でのことを報告しないと。ルシエラにも、もう一度診てもらう約束だしな」
セレスが王城の方へ目を向けた。
「わしはどうする?」
「他に置いていく場所もないだろ」
「人族の王城など、わしが一番入りたくない場所なんじゃが」
「俺だって魔王城には行きたくなかったよ」
「お前は自分から来たではないか」
「勇者だったから仕方ないだろ」
「それを自分から来たと言うのじゃ」
言い返そうかと思ったが、街道を行き交う人の姿が増えてきた。
俺は外套を広げる。
「そろそろ入ってくれ」
セレスが露骨に顔をしかめる。
「王都まで来てもこれか」
「むしろ王都だからだよ。ここで見つかったら、今まで隠してきた意味がないだろ」
「仕方ないのう……」
ぶつぶつ言いながらも、セレスは俺の腕を伝って外套の内側へ潜り込んだ。
「狭い」
「王城に着くまで我慢してくれ」
「王城に着いたら出してくれるのか?」
「人がいなければな」
「当てにならん返事じゃ」
黒い頭が見えないよう胸元を整えているうちに、馬車は王都の門へと近づいていった。
◇
俺たちの馬車より先に、レオルド殿下の乗る王家の馬車が門をくぐった。
王家の紋章に気づいた人々は道の端へ寄り、次々と頭を下げていく。その後ろに何台もの馬車と護衛の騎士が続いているのを見ると、通りのあちこちでそっと顔を上げる者が出てきた。
「おい、あれ……」
窓の外から声が聞こえる。
「王家の紋章じゃないか? あの馬車、レオルド殿下のだろ」
「殿下って、魔王討伐に行ってたんじゃ……」
「じゃあ、戻ってきたのか?」
馬車が進むにつれて、通りの人々が足を止めていく。
店から顔を出す人もいれば、荷物を抱えたまま立ち止まる人もいる。気づけば、道の両側にはかなりの人が集まっていた。
「魔王を倒したのか?」
「分からんだろ。戻ってきたからって、勝ったとは限らないんじゃないか」
「そんな……」
別の場所からも声が聞こえた。
「勇者様も戻ってきたのか?」
「後ろの馬車に乗ってるんじゃないか?」
俺は反射的に窓から少し身を引いた。
別に隠れる必要はないのだが、これだけの人に一度に見られるのは、何度経験しても慣れない。
そのとき、道端にいた小さな男の子と目が合った。
男の子は驚いたように俺を見たあと、隣にいた母親らしい女性の袖を引っ張った。
「お母さん、勇者様……」
女性がこちらを見て、慌てて頭を下げる。
俺もどうすればいいのか分からず、とりあえず小さく手を上げた。
男の子が嬉しそうに笑った。
「何をしておる」
外套の中から声がする。
「いや、子供と目が合っただけ」
「お前、こういうのには慣れておらんのか?」
「慣れると思うか?」
俺は窓の外へ目を戻した。
いつの間にか、さっきよりずっと人が増えていた。嬉しそうにこちらを見る人もいるが、まだ何があったのか分からないのか、不安そうな顔も少なくない。
魔王はもう倒したんだと教えてやりたかったが、まずは陛下への報告が先だ。
護衛の騎士たちに挟まれた馬車の列は、ざわめく人々の間を止まることなく進み、王城へ続く大通りを抜けていった。
◇
王城へ着くと、城門の内側にはすでに何人もの騎士や役人が待っていた。
レオルド殿下の馬車が停まると、待っていた役人や従者がすぐに動き、後ろの馬車にもそれぞれ案内役がついた。
ガイルとフィーネを乗せた馬車にも、治療師らしい者たちが向かっていく。
俺が近づくと、ガイルが馬車の中から顔を出した。
「お前、もう動いて大丈夫なのか?」
「歩き回るのは無理だな。王城に着いたら、また寝てろってよ」
「そうしとけ」
「お前は?」
「陛下に報告だと思う」
「そりゃ、勇者様は大変だな」
「他人事みたいに言うなよ」
ガイルが笑った。
「行ってこい。あとで聞かせろよ」
「ああ。またあとでな」
フィーネはまだ眠っているらしく、姿は見えなかった。ルシエラから大丈夫だと聞いているし、今は任せておこう。
俺もまず部屋へ案内されるのかと思っていたが、近くにいた役人がこちらへ歩いてきた。
「アルト様」
「はい」
「国王陛下がお待ちでございます。レオルド殿下、ルシエラ様とともに玉座の間へお越しください」
「今からですか?」
思わず聞き返すと、そばにいたレオルド殿下が笑った。
「魔王討伐の報告だからな。父上も早く聞きたいのだろう」
「まあ、そうですよね」
ルシエラもこちらへ歩いて来た。
「アルト。身体のことは、報告が終わってから改めて診ましょう」
「ああ。頼むよ」
いつものように微笑むルシエラに頷き、俺は二人のあとについて城内へと入った。
◇
玉座の間へ向かう途中、普段より城の中に人が多いことに気づいた。
廊下の脇には見覚えのある貴族もいれば、教会の高位聖職者らしい服を着た者もいる。中には、カリュドリアでは見かけない紋章を胸につけた人までいた。
「今日は随分、人が来てるんですね」
俺が言うと、先を歩いていたレオルド殿下が振り返った。
「魔王討伐には各国も関わっているからな。結果を報告するなら、当然あちらも立ち会うことになる」
「ああ、そうですね」
他の国も兵や物資を出しているのだから、これだけの人が集まるのも当然か。
そのとき、外套の中でセレスがもぞりと動いた。ここで出てこられては困るので、俺は胸元を軽く押さえた。
やがて、見慣れた大扉の前へ辿り着いた。
衛兵が左右から手をかけ、重い大扉をゆっくりと開いていく。扉の向こうには、正面の玉座だけでなく、その左右にも大勢の人が並んでいた。
思っていたより多いな。
俺たちが玉座の前まで進むと、レオルド殿下が石床に片膝をついた。それに続いて、俺たち二人も膝を折った。
「ただいま戻りました、陛下」
玉座の陛下が頷く。
「うむ。まずは無事の帰還を喜ぼう」
その視線が、レオルド殿下から俺たちへ移る。
「ではレオルド。魔王城で何があったのか、報告せよ」
「はい」
レオルド殿下が立ち上がり、一歩前へ出た。
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