第50話 魔王とは
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「魔王って……何なんだ?」
そう聞くと、ベッドの上にいたセレスは小さく首を傾げた。
「何じゃ、急に」
「いや……」
窓の外では、まだ荷車の音がしていた。
「俺、魔王って魔族全部を支配してる王だと思ってたんだよ。お前を倒せば戦争も終わるって、ずっとそう思ってた」
セレスはすぐには答えず、前脚で片方の翼を押さえながら座り直した。
「まず、わしは魔族全体の王ではない」
「違うのか?」
「違う。魔族領には国がいくつもある。それぞれに治める者がおって、普段は好きにやっておるわ」
「好きにって」
「仲の良い国もあれば、顔を合わせれば揉めるところもある。必要なら手も組むが、元々は別々の国じゃからな」
カリュドリアのような大きな国が一つあって、その上に魔王がいるものだとばかり思っていた。
「じゃあ、お前も国を治めてたのか?」
「そうじゃ。魔王になる前から、一つの領国を治めておった」
「それ、初めて聞いた気がする」
「聞かれたことがないからの」
「で、そんな別々の国が、なんで魔王なんて決めたんだ?」
「人族との戦が広がったからじゃ」
セレスは片方の翼を畳み直した。
「一国ずつ好きに戦っておったら、順番に潰される。そうなる前に、まとまる必要があった」
「それで魔王?」
「そうじゃ。戦の間、諸国をまとめて軍を動かす者が要るからの」
「じゃあ……王っていうより、軍の一番上?」
「それだけでもないが、まあ、おぬしにはそのくらいの理解でよかろう」
「なんだよ、その言い方」
「細かく話せば長くなる」
セレスは大きく口を開けて欠伸をした。
目の前で欠伸をしている黒蜥蜴と、いくつもの国をまとめていた魔王が、どうにも同じ相手には思えない。
「でも、それなら魔王って代々決まってるわけじゃないんだな」
「そんなわけあるか。戦うために選ぶ役目じゃぞ」
「じゃあ、お前が選ばれた?」
「そういうことじゃ」
少し得意そうに胸を張る。黒い身体では分かりにくいが、たぶん本人はかなり偉そうな顔をしている。
「まあ、わしは優秀じゃったからの」
「自分で言うか?」
「事実を言って何が悪い」
「そういうところだよ」
セレスは不満そうにこちらを見た。
「力があるだけでは、あれだけの国はまとめられん。戦のことも分からねばならんし、話の通じぬ連中を相手にすることもある」
「話の通じない連中って、お前も大概だろ」
「誰がじゃ」
「今のところ一番身近にいる元魔王」
セレスが枕元の布を前脚で引っ掛け、こちらへ放った。胸に当たった布が、そのまま膝へ落ちる。
「返せ」
セレスが前脚を伸ばしている。
「お前、器用なことするな」
俺は布をベッドへ戻しながら笑った。
「でもさ、魔王になったらみんな言うこと聞くんだろ?」
「聞くわけなかろう」
即答だった。
「え?」
「各国には各国の都合がある。わしが魔王になったからといって、その国までわしのものになるわけではない。戦に必要なところはまとめるが、それ以外まで何でも好きにできるわけではないぞ」
「もっと絶対的なものだと思ってた」
「人族はそう思っておるのか?」
「少なくとも俺はそう教えられた。魔王が魔族を支配して、人族を滅ぼそうとしてるって」
セレスは黙って俺を見た。
「……なるほどの」
「何だよ」
「いや。おぬしがわしのことを何も知らんかった理由が、少し分かっただけじゃ」
「知る必要がないって感じだったからな。魔王は倒す相手。それだけで」
窓の外へ目を向ける。
「じゃあ俺が倒したのって、魔族の王じゃなくて……戦ってる国をまとめてた奴ってことか」
「ずいぶん雑じゃが、大きくは間違っておらん」
「それなら、昨日あの人が言ってたことも分かるな」
セレスがこちらを見る。
「魔王が倒されてから、人族の軍が前より押してきたって。まとめてた奴がいなくなったなら、そりゃ崩れるところも出るよな」
朝、家財を積んで町へ逃げてきた荷車と、いつ帰れるのか母親に何度も聞いていた男の子の姿が浮かんだ。俺が魔王を倒したとき、その先でこんなことが起きるなんて考えもしなかった。
「お前がいなくなった後は、どうなってるんだろうな」
「さてのう。わしにも分からん」
そうだよな。あれからセレスはずっと俺と一緒だった。
「ただ、わしが消えた後、皆がそのまま綺麗にまとまっておるとは思えん。元々は別々の国じゃからな」
「新しい魔王を決めればいいんじゃないのか?」
「そう簡単なら苦労はせん」
セレスがベッドの端まで歩いてきた。
「それにしても、おぬしは随分と魔王を大層なものだと思っておったのだな」
「だって、魔王だぞ?」
「だから何じゃ」
「名前からして絶対偉いだろ」
「勇者も大概じゃろう」
「俺は別に国を支配してない」
「その代わり、女神に選ばれた勇者として、魔王を倒せと担ぎ上げられておったではないか」
言い返そうとして、やめた。
「でも、お前は自分で引き受けたんだろ?」
「まあな」
「俺は、勇者だから魔王を倒せって言われて、それが当たり前だと思ってた」
セレスは何も言わず、こちらを見ている。
「お前は違ったんだよな。元々、自分の国があって、それでも他の国までまとめる側に回った」
「そうする必要があった。それだけじゃ」
自分の領国だけ見ていればよかったはずなのに、セレスは他の国までまとめる側に立った。
「そんな立場だった奴が、今は俺の部屋でパン欲しがってるんだな」
「誰のせいじゃ」
「……俺だな」
セレスは、今度は何も返さなかった。
あの頃の俺は、こいつがどんな立場で戦っていたのかも知らなかった。
しばらくして、セレスが前脚で俺の膝を軽く叩いた。
「それで、もうよいのか?」
「何が?」
「魔王が何か知りたかったのじゃろ」
「ああ」
「でもさ」
「今度は何じゃ」
俺はベッドの上のセレスを見た。
「なんで、お前がそこまでして戦ってたんだ?」
セレスの目が、ほんの少し細くなった。
しばらく返事はなかった。
「……守らねばならんものがあったからじゃ」
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