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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第4章

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第49話 勇者という敵

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「ここには、勇者は来ない?」


男の子の声は小さかったが、すぐ近くにいた俺にははっきり聞こえた。


母親は一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから子供の肩へ手を置いた。


「大丈夫よ。ここまでは来ないから」


「ほんと?」


「ええ」


男の子はまだ不安そうだったが、それ以上は聞かなかった。門から入ってくる人の列へ目を戻し、母親の服を握る手に少し力を込める。


「勇者は来なくても、人族の兵は来るけどな」


近くで荷物を降ろしていた年配の男が、誰に言うでもなく口にした。朝から何度か顔を合わせている男だった。


母親が困ったようにそちらを見る。


「子供の前でやめてよ」


「悪い悪い」


男は木箱を抱え直した。


「でもまあ、間違ってはいないさ」


その横で荷車の縄をほどいていた別の男が口を挟む。


「魔王様がやられてから、前よりずっと奥まで来るようになっただろ」


「それは……そうだけど」


「人族じゃ、勇者は英雄なんだろうな」


木箱を持った男が、嫌そうに眉を寄せた。


「こっちからすりゃ、敵の一番強い奴だ」


俺は少し離れた荷車へ回り、降ろされた袋を建物の脇へ運んだ。男たちは俺のことなど気にしていないらしく、そのまま話を続けている。


「勇者が一人で戦争してるわけじゃないさ」


縄をほどいていた男が、荷車の上から袋を投げ渡した。


「けど、魔王様を倒したのは勇者だ。あれで人族が勢いづいたのは間違いない」


「勇者が今どこにいるかなんて、誰も知らんだろ」


「魔王様を倒したんだ。人族の軍に戻ってるんじゃないのか?」


「だったら、こっちへ来るかもしれんな」


受け取った男は袋を肩に担ぐと、吐き捨てるように続けた。


「どんな奴か知らんけど、俺は顔も見たくないよ」


二人はそれ以上話さず、荷物を抱えて建物の中へ入っていった。


敵の一番強い奴。


人族の側では、強い勇者であることをずっと褒められてきた。強くなれば、その分だけ誰かを守れると思っていた。


魔王を倒した日だって、これで戦争は終わると本気で思っていた。


なのに、人族の軍は今も進み続けている。


今朝門をくぐってきた荷車も、その軍から逃げてきた人たちを乗せていた。


「兄ちゃん?」


声を掛けられて振り向くと、さっきの男の子が俺を見ていた。視線は俺の顔ではなく、腰の剣に向いている。


「剣、使えるの?」


「ああ。まあ、それなりに」


昨日、門番にも同じようなことを言った気がする。


男の子は剣をしばらく見てから、門の外へ目を向けた。


「人族が来たら、戦ってくれる?」


「あのね」


母親が止めようとしたが、男の子は俺を見たままだった。


「……来ないのが一番だよ」


男の子はよく分からないという顔をしたものの、母親に呼ばれるとそのままついていった。


その背中を見送ってから、人通りの少ない路地へ入る。


「なあ」


声を落とすと、外套の内側でセレスが動いた。


「聞こえておる」


「俺が人族に追われてること、こっちの人たちは知らないんだよな?」


「少なくとも、この町の連中は知らんようじゃな」


「やっぱり?」


「知っておれば、勇者が人族の軍に戻ったなどという話にはならんじゃろ」


「こっちまで話が来てないのか」


「山一つ越えたばかりじゃぞ。それに、人族の国で起きたことを誰がわざわざ知らせに来るのじゃ」


「それもそうか」


魔族領へ入ってから、俺が勇者だと知られることばかり気にしていた。


けれど、ここにいる人たちが知っているのは、魔王を倒した勇者の話だけらしい。


「じゃあ、こっちじゃ俺はまだ、魔王を倒した勇者のままなんだな」


「そういうことになるの」


路地の先を、荷物を抱えた女が横切っていく。朝から見かけた避難民の一人だった。


「……セレス」


「なんじゃ?」


「お前も、俺のことをそう思ってたのか?」


「そう、とは?」


「敵」


返事は早かった。


「敵じゃったよ」


「そりゃそうか」


「わしを殺しに来た勇者じゃぞ。味方と思う方がおかしかろう」


「まあな」


あのときの俺は、セレスを倒すためだけに魔王城まで行った。


なぜ戦っているのか、本人に聞こうともしなかった。


「じゃが」


セレスが外套の内側で身じろぎする。


「今のおぬしを敵と思っておるなら、わしはここにはおらん」


胸元へ目を落とした。


「それは分かってる」


「なら、その顔をやめよ」


「どんな顔だよ」


「知らん。わしからは見えんからの」


「適当すぎるだろ」


外套の中から小さく笑う声がして、俺も少しだけ息を抜いた。


「俺は、魔王を倒せば戦争が終わると思ってた」


セレスは黙って聞いている。


「これでもう戦わなくていいって、ずっとそう思ってたんだ」


通りへ戻ると、また一台、門から荷車が入ってくるところだった。家財の隙間に子供が二人座り、そのうちの一人が眠ったまま隣の女にもたれている。


「でも、終わってないんだな」


今朝だけで何台目なのか、もう数えてもいなかった。


「知らなかったって言えば、それで済むのかな」


少し間があってから、セレスが答える。


「わしに聞くことではないのう」


責めるでも、慰めるでもない声だった。


「おぬしが知らなかったことと、あやつらが逃げねばならなかったことは、別じゃ」


「……うん」


宿へ戻ったとき、主人はまだ帰っていなかった。


部屋へ上がって扉を閉め、セレスを外套の中から出す。ベッドへ降りたセレスは、小さな翼を畳み直してからこちらを見上げた。


俺は窓際の椅子に座る。


勇者が敵なら、俺が倒した方はどうだったんだろう。


男の子の母親も、荷物を運んでいた男たちも、セレスのことを「魔王様」と呼んでいた。


俺にとってセレスは、倒すべき魔王だった。


でも、あの人たちにとっては――。


「なあ、セレス」


「何じゃ?」


「魔王って……何なんだ?」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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