第47話 静かな町
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森を出てから、街道をしばらく歩いた。
遠くに見えていた町の外壁も、いつの間にか門の形が分かるところまで近づいている。なのに、ここまで誰ともすれ違っていない。後ろから荷車が追いついてくることもなければ、町からこちらへ向かってくる旅人もいなかった。
門まであと少しというところで、俺は一度足を止めてフードを被った。
「ちゃんと隠れてるか?」
外套の内側でもぞりと動いたセレスが、胸元から少しだけ顔を出す。
「わしからは見えん」
「そりゃそうだな」
フードの内側へ指を入れ、耳が出ていないことだけ確かめる。
「おぬしこそ、あまりきょろきょろするでないぞ。余計に怪しい」
「分かってるよ」
言い返しながら歩き出したものの、門の近くまで来ても人が増えないのはやっぱり気になった。
門は開いていた。荷車が二台並んでも通れそうなほど広いのに、人の出入りはなかった。脇に立っている門番も二人だけで、片方は壁にもたれ、もう片方は俺を見るとようやく姿勢を起こした。
「旅人か?」
「ああ」
「どっちから来た?」
振り返って森の方を示すと、男の眉が上がった。
「森を抜けてきたのか?」
「そうだけど」
「よく無事だったな。魔物はどうした。いなかったか?」
「ああ、何体か出てきた」
「で? どうしたんだ」
少し迷ってから答えた。
「倒した」
門番は俺の腰の剣を見て、それから顔へ視線を戻した。
「倒したのか……。お前、見かけによらず強いんだな」
「まあ、それなりには」
影豹が三頭、黒角猪が四頭、それに剛爪熊までいたことは黙っておいた。そこまで言えば、今度は別の意味で目立ってしまいそうだ。
門番はそれ以上聞かず、通っていいぞと手を振った。
門をくぐって少し歩くと、外套の内側から声がした。
「それなり、のう」
「うるさい」
「影豹三頭に黒角猪四頭、剛爪熊まで倒しておいて、随分と控えめなことじゃ」
「目立たないために隠れてる奴が言うなよ」
胸元が小さく揺れた。
石と木を組み合わせた家が並び、軒先では女が布を干している。店先では年配の男が箒を動かし、その向こうでは開け放した窓から湯気が上がっていた。
耳の形さえ見なければ、これまで通ってきた人族の町と大して変わらない。
勇者一行として魔族領へ入ったとき、俺たちが通ったのは砦や軍の拠点ばかりだった。途中の町に寄る理由もなく、敵の兵がどこにいるか、次にどこへ進むか、そればかり考えていた。
こうして魔族領の町を歩くのは、たぶん初めてだ。
路地の奥から女の声が飛び、桶を抱えた子供が慌てて家へ戻っていく。別の家からは、鍋をかき混ぜる音が聞こえてきた。
ただ、人が少ない。
道幅はかなりあるのに、行き交う者は数えるほどしかいない。両開きの戸を閉ざした店が何軒も続き、看板は出ているのに中が暗いところもあった。開いている露店にも品物は少なく、籠の底が見えている。
食べ物を売っているらしい店の前を通ると、焼いた肉の匂いがした。腹は減っていたが、客は一人だけだった。向かいの食堂は扉そのものが閉まっている。
「なあ」
「何じゃ?」
「前に来たことあるんだっけ?」
「ああ。何度かな」
「こんな感じだった?」
今度はすぐに返事がなかった。俺が歩くたび、胸元でセレスの爪が布に引っかかる感触だけが伝わってくる。
「いや。昔はもう少し賑わっておったはずじゃ」
俺は通りを見渡した。
「どれくらい前?」
「さてのう。わしにとっては、そう昔でもないが」
「百六十歳のそう昔でもないは信用できないな」
「失礼な奴じゃな」
道の先では、子供が二人、木の輪を転がして遊んでいた。その横を、荷物を背負った老人がゆっくり通り過ぎていく。それでも、閉じた店や人のいない建物の方が目についた。
日もだいぶ傾いてきたので、今夜の宿を探す。
通り沿いで最初に見つけた宿は、入口の板戸に横木が渡されていた。もう少し歩くと灯りのついた宿があり、中へ入ると四十前後に見える男が奥から出てきた。
「泊まりか?」
「ああ。一晩頼める?」
「空いてるよ。いくらでもな」
そう言って、男は少し笑った。
食堂にはテーブルが六つあったが、使われているのは端の一つだけだった。そこにいた二人連れも、食事を終えるとすぐに出ていく。
部屋代を払い、荷物を置いてから下へ戻った。夕食を頼むと、出てきたのは硬めのパンと豆の煮込み、それに薄く切った肉だった。
「悪いな。今はこんなもんしか出せなくて」
「いや、十分だよ」
山を越えてきた後だ。温かいものが食べられるだけでもありがたい。
主人が厨房へ戻った隙に、パンを小さくちぎって外套の内側へ入れる。すぐに引っ張られ、指先からなくなった。
「肉は?」
「あとで」
「けちじゃのう」
「声が大きい」
セレスが黙ったところで、煮込みを口へ運ぶ。豆は少し煮崩れていたが、塩気がちょうどよく、思っていたより腹にたまった。
主人が空いたテーブルを拭き始めたところで、森のことを聞いてみる。
「街道って、いつもあんなに人がいないのか?」
男の手が止まった。
「あんなにって?」
「森を出てからここまで、誰とも会わなかった。昔からああなのかと思って」
「ああ……。昔は商人も来たし、山を越える連中もいたよ。今はわざわざあの道を使う奴も少ない」
「魔物が出るから?」
「それもある」
俺はスプーンを置いた。
「森の中で何度か襲われた。最近、増えてるのか?」
「増えたっていうより、狩る奴が減ったんだ。放っときゃ増えるさ。街道の見回りだって、前みたいにはできてない」
森を抜けてきたと聞いたときの、門番の顔が頭に浮かんだ。
「討伐する人はいないのか?」
主人が一度、俺の顔を見る。
「いないわけじゃない。けど、足りないんだよ」
「どうして?」
主人はまたテーブルを拭き始めた。
「戦える連中は、ほとんど戦争に駆り出されたよ」
胸元で、セレスが動いた。
俺は何も言わず、外套の上からそこへ手を添えた。
少し前、王都から逃げる途中で、魔族領の奥へ向かう人族の兵を見た。魔王を倒したのに、どうしてまだ進むんだと思った。その答えは今も分からない。
さっき通りで、木の輪を追いかけていた子供の姿が浮かぶ。
あの兵たちが向かっているのは、砦や軍の拠点だけじゃない。
主人は何も気づかず、隣のテーブルへ移った。
「魔王様が倒されてから、こっちは前よりきつくなった。人族の軍がどんどん押してきてるからな」
外套の内側で、セレスは動かなかった。
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