第44話 黝龍
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「どういうつもり、とは何じゃ。おぬしにも分からぬのか?」
「混じっているのは確かだ。だが、奴が何をしたかまでは分からんな」
「わしは転生の秘術を使った。じゃが、白龍を呼んだ覚えなどないぞ」
セレスは胸元の鱗を前脚で押さえた。ヴォイドから目を離さないまま、自分の身体をつかんだ前脚だけが小さく動く。
「術が途中で壊れたのは、俺が斬ったからだ。そのとき、白龍が何かしたってことか?」
「そこまでは分からん。我はその場にいなかったからな」
ヴォイドがそう言っても、セレスはすぐには引き下がらなかった。
「では、わしがこうなった理由も分からんのじゃな」
セレスの声が尖る。俺もヴォイドにもう一つ訊きたいのに言葉が出ず、手の上の小さな背中を見ていた。
「ネビュラに聞くしかあるまい。奴が何を考えているのか、我にもよく分からんからな」
「おぬしでもか」
セレスがそう漏らすと、ヴォイドは鼻先をわずかに振った。
セレスはまだ聞きたいことがありそうだったが、相手が知らないと言う以上、続ける言葉が見つからないらしい。
「それより、今はお前の身体の話だ」
ヴォイドの目がセレスに戻る。差し出した腕がそろそろつらくなっていたので、足元の平たい岩を確かめてから手を下げると、セレスは自分でそこへ降りた。ヴォイドから逃げず、岩の先まで歩いていく。
「我の魔力が、その身体の大部分をなしている。ネビュラのものも少し混じっているがな。だが、我が生み出したわけではないぞ」
「では、黒龍……黯龍の子でもないのか」
「我の子なら、さすがに覚えているぞ」
セレスに睨まれ、俺は笑いかけた口を閉じた。言い訳する隙もくれず、セレスはヴォイドへ顔を戻す。
「蜥蜴でもなく、黒龍でもない。ならば、わしは何じゃ?」
ヴォイドはすぐに答えなかった。セレスは言葉を待つ間、岩の上を一度行き来してから足を止める。いつもなら先に答えを催促するところだが、今回は静かに待っていた。
「まだ幼い身体だ。これから育つであろう。今は我ら原初の龍には及ばんが、ただの蜥蜴でもない」
「幼い、とはずいぶんな言い草じゃな」
セレスはヴォイドを見上げたまま、足元の岩を前脚でひとつ叩いた。それ以上は言い返さずに身体をひねったので、俺は何を見ようとしているのか分かった。背中へ首を伸ばしても届かず、こちらへ顔を向ける。
「アルト。羽はどうなっておる?」
「この前と同じだと思う。少し広がったやつが、背中に二つ」
セレスは子供たちに羽を見つけられてから、朝になると俺に背を向けて座るようになった。本人には見えないので、俺の返事を待つ。今日の返事でも足りなかったらしく、今度はヴォイドを見上げた。
「ということはじゃ、この小さな羽も、もっと育つのじゃな」
「育ち始めているのだから、そうだろうな」
「飛べるようになるかの」
孤児院の子に同じことを聞かれたとき、俺は無理だと答えた。あれから少しずつ広がってきた羽を、ヴォイドは眺めている。けれど、飛べるようになるとは言わなかった。セレスは自分でも見ようと首を回しているが、やはり翼までは届かない。
「しかし……、ただの黒蜥蜴じゃなかったってわけか」
「今更じゃな。毎日見ておったくせに」
俺もあいつの背中を随分見てきたつもりだが、羽の先が少し広がっていると教えるくらいしかできなかった。
ヴォイドが頭を動かすと、岩の上が一気に暗くなった。セレスは一歩だけ下がったが、俺がそばへ寄ると、こちらを振り向かずに前脚を踏み直した。
「我の魔力で創られながら、我と同じではない。ネビュラの力もある。ほかの龍の名には当てはまらんな」
「それで?」
「名が要るだろう。お前のような龍は、これまでいなかったからな」
セレスが振り返った。
「名ならある。わしはセレスじゃ」
「セレスという名を奪うつもりはない。我が与えるのは、今の身体の龍号だ」
セレスが一歩、岩の端へ出たので声を掛けかけてやめた。こんな大きな相手と向き合って、自分の名を言い張っている。さっきまで俺の掌にしがみついていた前脚が、今はしっかり岩を踏んでいた。
セレスはしばらくヴォイドを見上げていたが、やがて足元の岩を爪でかいた。
「……わしの名は、そのままじゃな?」
「ああ。お前はセレスのままだ」
ヴォイドは大きな頭を少し引き、あらためてセレスへ告げた。風に引かれた外套の裾が脚に当たる。その音はやはり聞こえず、岩場にはセレスが爪で足場を擦る音だけが残っていた。俺は知らずに息を止め、ヴォイドの声を待った。
「お前を、黝龍と呼ぼう」
名を告げた途端、ヴォイドからセレスへ魔力が流れ込んだ。立っている俺まで肌が粟立つほど濃い。
「セレス!」
岩の上でセレスが身体を丸め、後ろ脚の爪をざらついた岩へ掛けて踏ん張っている。俺は動けず、ヴォイドも黙ってその様子を見ていた。
「おい、これ、大丈夫なのか」
「名を与えたからな。我の力が少し流れた」
少し、で済むのか。
セレスが背をびくりと揺らした。
「……痒い」
「え?」
「背中じゃ。アルト、見てくれ」
さっき確かめたばかりの小さな羽が、左右へ少しずつ開いていた。縮こまっていた膜が張り、輪郭がはっきりしていく。変化が止まる前に俺の指が触れそうになり、慌てて引っ込めた。セレスはまだ気づかず、痒そうに身体を揺らしている。
「広がってる。小さいけど、今はちゃんと翼に見える」
セレスは首を回して懸命に覗こうとし、片方の翼が動くたび、もう片方までつられて揺れた。俺が岩の上へしゃがむと、ようやくこちらを見る。
「本当か」
「見間違えるかよ。……痛くないか?」
「痛みはない。だが、身体の中に、魔力を感じる」
セレスは一度目を閉じて、自分の内側を確かめていた。
「前のわしの力とは違うの。おぬしの中にあるものとも別じゃ」
俺も自分の魔力を探ってみたが、何かが抜けていく感覚はない。俺の身体の中には、相変わらずセレスの力がある。それでもあいつが翼を動かすのを見て、握り込んでいた手を開いた。
「翼ができたからって、ここから飛ぼうとするなよ」
「わしもそこまで無謀ではないわ」
セレスは片方の翼だけを持ち上げようとして、両方まとめて動かした。俺が笑うと睨まれたので、今度は顔に出さないようにする。
ヴォイドはセレスが落ち着くまで待ち、岩の陰へ身体を引いた。
「何かあれば、また来るがいい。我も、その先どう育つかは興味があるからな」
「気軽に言うなよ。ここまで来るの、大変だったんだぞ」
思わず口を挟むと、セレスが俺を見上げた。ヴォイドは喉の奥で低く笑い、返事の代わりに大きな頭を岩陰へ戻していった。
消えていた風の音が耳に戻る。強い風に外套の裾を押さえながらセレスへ掌を差し出すと、一度だけ背中の翼を動かし、いつもの左肩へよじ登ってきた。
「まだ乗るのか」
「当たり前じゃ。山を越える途中じゃろ」
セレスの爪が服をつかむ。俺は向こう側の斜面に次の足場を探したが、顔を動かすたび、肩の翼が風を受けて開いてしまう。薄い膜の端が頬に触れ、避けようとして首を傾けても、すぐまた当たった。
「ちょっと、顔に当たってる」
「しばらくは我慢せい。わしにも、まだ畳み方が分からぬのじゃ」
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