幕間3-1 勝利の取り分
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カリュドリア王城。
第二王子ユリウスは、自室で前線から届いた報告書に目を通していた。
ユリウスは読み終えた報告書を机の端へ置き、次の一枚を手に取った。ここ数日、前線から届くのは似たような報告ばかりだった。
魔王を失った魔族側は各地で後退し、人族軍は少しずつ戦線を押し上げていた。放棄された砦もあり、大きな戦闘にならず確保できた場所もあるらしい。
少なくとも、前線が崩れているような報告ではなかった。
「……これは?」
次の報告に目を通し、手が止まる。
オルディグナ帝国軍が、自分たちで確保した地域に兵を残し、周辺の管理を始めたらしい。
補給路を守るためなら分かる。退いた魔族が戻ってくる可能性もある以上、兵を置くこと自体はおかしくない。
ただ、その下には別のことも書かれていた。
戦争が終わった後も、帝国がその地域の管理に関わることを認めてほしい、と。
「まだ終わってもいないのに……」
机の上には、ソレグノス聖教国から届いた書簡もある。
聖樹へ向かう道が確保された場合、聖職者を派遣したいという申し入れだった。長く魔族に奪われていた聖地なのだから、教会が先に動くこと自体は不思議ではない。
まだ前線では兵が戦っているのに、もう戦争が終わった後の話が始まっている。
「ユリウス殿下」
扉の外から侍従の声がした。
「陛下がお呼びです」
「分かった。すぐ行く」
返事をして立ち上がる。
ユリウスは少し迷ってから、二通の書類を持って部屋を出た。
◇
国王の執務室へ入ると、王太子レオルドが先に来ていた。
机の上には大きな地図が広げられている。
「遅かったな」
「前線の報告を見ていました」
「なら話は早い」
レオルドが地図の上を指した。
「ここが昨日落ちたそうだ。その先の砦も魔族が放棄したらしい」
「読みました」
「今なら、もっと進める」
兄の指が地図の奥へ動く。
「魔族側が立て直す前に押せるだけ押しておいた方がいい。ここで止まれば、また兵を集める時間を与えることになる」
ユリウスは地図を見る。
戦況だけを考えれば、レオルドの判断は間違っていない。補給線が伸びすぎれば別だが、今のところ大きな問題は出ていなかった。
「お前はどう見る」
国王エルディオンに聞かれ、ユリウスは顔を上げた。
「進むこと自体には賛成です」
レオルドがこちらを見る。
「珍しいな」
「兄上は、私が何にでも反対すると思っているんですか」
「少なくとも、私が言ったことには何か付け加えるだろう」
「今回は兄上の方が先に言っただけです」
「ほら、やっぱり何か言うじゃないか」
「レオルド」
父に名前を呼ばれ、レオルドが肩をすくめた。昔からこういうところは変わらない。
「それで?」
エルディオンがユリウスを見る。
「何か気になることがあるのだろう」
「はい」
持ってきた書類を机へ置いた。
「オルディグナからです。確保した地域について、戦争が終わった後も管理に関わりたいと言ってきています」
レオルドが書類を取り、目を通す。
「帝国らしいな」
「こちらはソレグノスです」
今度はもう一通を出す。
「聖樹への道が確保されたら、聖職者を送りたいそうです。ネレイシアからも、追加の物資を出す代わりに、戦争後の交易について話をしたいと連絡が来ています」
「それくらいは当然だろう」
レオルドは書類を戻した。
「どの国も、この戦争に兵や金を出してきたんだ。終わったあとに何も求めるなとは言えない」
「私も、そう思います」
「なら何が気になる?」
ユリウスは少し考えてから、地図へ目を戻した。
「兄上。聖樹を取り戻したら、そこは誰が治めるんですか?」
「誰がって……人族だろう」
「どの国が、です」
レオルドが黙る。
「カリュドリアが一番長く前線を支えてきました。でも、オルディグナも自分たちが取った土地を渡したくはないでしょう。ソレグノスは聖樹を教会で管理したがる。ネレイシアだって、物資も金も出して終わりにはしないと思います」
「そんなことは、戦争が終わってから話し合えばいい」
「その話が、もう始まっているんです」
ユリウスが書類を指す。
レオルドはしばらく何も言わなかった。
「だから、進軍を止めろと?」
「いいえ。今止まれば、魔族側が立て直すかもしれません。せっかく確保した場所を奪い返される可能性もある。他国だけが進んで、カリュドリアだけ下がるわけにもいかないでしょう」
「なら、進めばいいだろう」
「進んだ先のことも決めておくべきだと言っているんです」
レオルドが小さく息を吐いた。
「お前は相変わらず先の心配ばかりだな」
「兄上が目先のことばかり見るからでしょう」
「何だと?」
「二人とも、その辺にしておけ」
エルディオンに止められ、ユリウスは口を閉じた。
レオルドが前線に立ち、兵をまとめる力を持っていることはユリウスも分かっている。自分が同じ場所に立ったところで、あれほど人を動かせるとは思えなかった。
「ユリウス」
「はい」
「お前ならどうする」
エルディオンが聞いた。
「軍を止めるのか?」
ユリウスは少し考えた。
「……止めません」
「ならば?」
「進めます。ただ、各国とは今のうちに話をしておくべきです。確保した土地をどう扱うのか、聖樹を誰が管理するのか。着いてから決めるのでは遅いと思います」
レオルドが腕を組む。
「そんな話をしている間にも、前線は動くぞ」
「だから今やるんです」
そのとき、扉が叩かれた。
「失礼いたします」
入ってきた軍務官の顔を見て、エルディオンが眉を寄せる。
「何かあったか」
「前線より、急ぎの報告です」
「よい。報告せよ」
エルディオンがそう言うと、軍務官は地図の前まで来て、一つの地点を指した。
「昨日、我が軍とオルディグナ帝国軍が共同で確保した砦ですが、今朝、帝国側が管理を引き受けるとして兵を増やしたとのことです」
「何?」
レオルドが身を乗り出した。
「で、こちらの兵はどうした」
「揉め事を避けるため、その場では退いております。ただ、現地指揮官から判断を求める使者が来ています」
「勝手なことを……」
レオルドが地図を睨む。
ユリウスは机に置いたオルディグナの書類へ目をやった。
「帝国へは正式に抗議する」
エルディオンが言った。
「現地には、まだ増援を送るな。今は人族同士で剣を向けるときではない」
「しかし父上、それでは帝国が――」
「レオルド」
短く呼ばれ、兄が黙る。
「抗議はする。だが、砦一つで同盟を崩すつもりはない」
「……承知いたしました」
レオルドは納得していない表情だったが、それ以上は口にしなかった。
軍務官が退出したあと、しばらく誰も口を開かなかった。
机の端には、もう一枚報告が置かれている。
アルトの捜索についてのものだった。
王都から北西へ広げた捜索では、まだ確かな手掛かりは見つかっていないらしい。
ユリウスはしばらく見つめてから、報告書を伏せた。
「今日はここまでとしよう」
エルディオンが言った。
レオルドが一礼して、先に部屋を出る。
ユリウスも一礼して扉へ向かったが、手を掛ける前に足を止めた。
「父上」
「なんだ」
ユリウスが振り返ったとき、エルディオンはまだ地図を見ていた。
「一つ、聞いてもよろしいですか」
「ああ」
魔王を倒せば戦争は終わる。自分も、そう思っていた。
だが今は、聖樹まで進むと言う。その先の土地を誰が取るのかで、もう話が始まっている。
「この戦争は、どこまで行けば終わるんですか」
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