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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第3章

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第40話 帰る場所

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

夕食が終わっても、子供たちはいつものように騒いでいる。俺は少し声を張った。


「なあ、みんな。ちょっと話があるんだけど」


聞こえていないのか、誰もこちらを見ない。


「ほら、ちょっと静かにしなさい。アルトが話があるって」


クラリッサに言われて、ようやく何人かが振り向いた。


「な〜に、アルト兄ちゃん」


子供たちに真っ直ぐな目を向けられて少し言葉が詰まった。


「アルト……」


クラリッサに促され、俺は口を開く。


「俺、明日の朝ここを出ることになった」


一瞬だけ静かになったあと、今度はさっきより騒がしくなった。


「なんで?」


「どこに行くの?」


「もっといればいいじゃん!」


「俺ももう少しいたいのはやまやまなんだけど、ちょっと行かないといけないところがあってな」


「えー、つまんない」


「もう、アルト兄さんにも事情があるのよ」


マリアーベルがたしなめても、不満そうな声はなかなか止まらない。


「じゃあ、セレスは? 置いてくの?」


思わず肩のセレスと顔を見合わせた。


「いや。セレスも一緒に連れていく」


「えー? セレスも行っちゃうのぉ?」


「無茶を言うんじゃありません」


クラリッサが苦笑しながら子供をたしなめる。俺の肩では、セレスが尻尾を軽く振っていた。


「じゃあ、また来てくれる?」


「ああ……また来られたらな」


「絶対だよ! セレスも一緒だよ!」


「……そうだな」


戻ってきたいとは思う。でも、今の俺には絶対に戻るとは言えなかった。


その夜、俺は部屋で少ない荷物をまとめていた。


「随分と懐かれたようじゃの」


声の方を見ると、セレスがテーブルの上で後ろ脚を使ってしきりに背中を掻いている。


「まあ、滅多に来客なんてないだろうしな。っていうか、お前も大人気だったじゃないか」


「子供というのは、珍しいものが好きなだけじゃろ」


そう言いながらも、尻尾が少し機嫌よさそうに揺れている。


「さっきから何してるんだ?」


「何だか身体がむず痒いんじゃ」


「大丈夫か? 変なものでも食ったんじゃないだろうな」


「おぬしと同じものしか食っておらんわ!」


「まあ、問題ないならいいけど。明日は出発だからな。早く寝ろよ」


「うるさい。わしを子供扱いするんじゃない」


返事はせず、俺は荷物を背嚢へ押し込んだ。


◇


翌朝。俺は、まだみんなが起きてくる前に部屋を出た。


「アルト」


振り向くと、廊下にクラリッサが立っている。


「もう。そんなことだろうと思っていたわ。朝ご飯は食べていきなさいって言ったでしょ」


「いや……朝は別に食べなくても」


「駄目。朝はちゃんと食べなさい」


横でセレスが面白がるように、尻尾で俺の肩を叩いた。


仕方なくクラリッサについて食堂へ向かう。まだ早いせいか、子供たちの姿はない。


「すぐ用意するから、座って待ってなさい」


言われた通りテーブルに着き、荷物を隣の椅子へ置く。朝食の支度をするクラリッサをぼんやり眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「アルトさん」


マリアーベルだった。


「今まで、いろいろありがとうございました」


「え? 俺は何も……むしろ、こっちの方が世話になったし」


「子供たち、とても楽しそうでした」


「そうか?」


「ええ。また寄ってくださいね」


そこへクラリッサが朝食を持ってきた。


「あら、マリアーベル。早いのね」


「私もアルトさんにお礼を言いたくて」


「そう」


クラリッサが皿を置きながら俺を見る。


「……なんだよ」


「何もないわよ。ほら、食べなさい」


二人に見守られているのが何だかくすぐったくて、俺は朝食に手を付けた。

いつもと同じはずなのに、今日はほとんど味が分からなかった。


半分ほど食べた頃から、起きてきた子供たちが一人、また一人と食堂へ入ってくる。


「あ、アルト兄ちゃんもう食べてる!」


「今日出発だよね?」


「ああ」


「こっそり行っちゃ駄目だからね」


「みんなで見送るんだから!」


早く出ようとしていたことは黙っておいた。


朝食を終えたあと、結局、子供たちは全員ついてきた。さすがにこの人数の前で転移を使うわけにもいかず、俺は正面の門から歩いて出る。


「じゃあ、行くよ」


「また来てね!」


「約束だからね!」


「ああ……」


クラリッサはしばらく俺を見ていたが、子供たちの声が途切れたところで口を開いた。


「アルト」


「ん?」


「帰ってこられるときでいいから、また帰ってきなさい」


俺は少し俯いてから答えた。


「……ああ」


すると、クラリッサが俺を抱きしめた。


「ちょっ、シスター?」


「あー! シスターずるい!」


「僕も!」


「わたしも!」


次の瞬間には、子供たちまで一斉に群がってくる。


「おい、ちょっと待て! 押すなって!」


「あらあら」


クラリッサが離れたあとも、しばらく子供たちにもみくちゃにされた。マリアーベルまで横で笑っている。


ようやく解放され、ずれた背嚢を背負い直す。


「じゃあ、行ってくる」


「ええ。行ってらっしゃい」


俺は手を上げて、今度こそ孤児院を離れた。


しばらく歩いてから一度だけ振り返ると、門の前にはまだみんながいた。子供たちが大きく手を振っている。


俺も手を上げ返してから、前を向いた。


街を離れ、人の姿がほとんど見えなくなったところで、肩のセレスが口を開いた。


「で? 本当に魔族領へ行くのか?」


「ああ」


「魔族領は一筋縄ではいかんぞ」


「だろうな」


前方には、高い山脈が壁のように連なっている。


「あの山の向こうが魔族領なんだよな」


「ああ。距離だけなら近いものじゃ」


「山さえなければな」


普通、カリュドリア王国から魔族領へ入るなら、要塞都市グレイヒルを経由する。俺たちが魔王城へ向かう際に拠点としていた最前線基地でもあり、そこからは比較的低い山を越えて魔族領へ入ることができた。


「グレイヒルは無理だな」


魔王を倒したあとも人族軍の進軍は続いている。今なら、以前より多くの兵が集まっているはずだ。


「じゃろうな。今のおぬしが行けば、蜂の巣をつついたような騒ぎになるぞ」


「なあ、セレス。グレイヒルを通らずに向こうへ行く方法、知らないか?」


セレスはしばらく黙っていたが、やがて前足を上げた。


「そこじゃよ」


指した先にあるのは、目の前の山脈だった。


「……あれを越えろって?」


「普通に歩いて越えるなら無理じゃろうな」


「他に方法があるのか?」


「転移じゃ」


思わずセレスを見る。


「転移って……俺、まだそこまで使いこなせてないぞ」


「じゃが、やるしかあるまい。何も一度で向こう側まで跳べと言っておるわけではない。行ける場所を選んで、少しずつ跳べばよい」


セレスは簡単に言うが、転移を使ったところで、あの山を越えるのは楽じゃない。地形も気候も厳しいし、それだけでも十分危険だ。


それに――。


「あそこには、黒龍の巣もあるんだろ?」


「ああ。黒龍ヴォイドがおる」


その名前を聞いただけで、山がさっきより遠く見えた。


黒龍ヴォイド。原初を司る三柱の龍、その一頭。勇者として教育を受けていた頃、もし遭遇しても戦おうとは考えるなと何度も教えられた相手だ。


「……ヴォイドに会わずに越える方法は?」


「知らん」


「おい」


「わしがあやつの巣へ遊びに行っておったとでも思うたか?」


「じゃあ、結局運任せじゃないか」


「嫌ならグレイヒルへ行けばよかろう」


それだけは避けたい。


「……山越えだな」


「決まりじゃな」


俺はもう一度、目の前に聳える山脈を見上げた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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