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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第3章

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第39話 選択

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「勇者アルト、ですか?」


扉の向こうから、クラリッサの声が聞こえた。


「はい。勇者アルトはこちらの孤児院の出身だと伺いました」


「ええ。確かに、アルトはこの孤児院で育ちました」


ここから玄関までは少し離れている。それでも、廊下に人がいないせいか、話している内容までは聞き取れた。


兵士の声が続く。


「勇者として王都へ向かわれてから、こちらへ戻られたことは?」


「ありません」


「では、最近はどうでしょう。こちらを訪ねてきたり、近くで姿を見かけたりは?」


わずかに間が空いた。


俺は扉から目を離せなかった。


「来ていません」


すぐ隣で、セレスが俺を見る。


「そうですか」


「念のため、もう一つ確認させてください。ここ数日の間に、見慣れない若い男が孤児院を訪ねてきたことはありませんか?」


「いいえ」


この聞き方なら、俺がここにいると分かって来たわけではなさそうだ。


「そうですか。分かりました。突然押しかけて申し訳ありません」


「いいえ」


「ただ……」


兵士の声が少し低くなった。


「現在、勇者アルトの身体は魔王に奪われた可能性が高いとされています」


「まぁ、それは恐ろしいですわね」


思わずセレスを見る。


棚の上で、セレスが片目を細めていた。


「もし本人に似た者を見かけても、決して近づかず我々へ知らせてください」


「ええ。もちろん、そうさせて頂きます」


俺は口元を押さえた。


「どうかしたのか?」


「何でもないよ」


声を潜めて答える。


「孤児院ですから、子供たちにも気をつけるようお願いします」


「ええ」


しばらくすると、礼を言う声に続いて玄関の扉が閉まる音がした。それでも俺は動かず、廊下の向こうの気配を窺う。


やがて外で男たちの声がして、少し遅れて馬の蹄の音が聞こえてきた。


音は次第に遠ざかっていく。


「行ったようじゃな」


「ああ」


「なら、もう出てもよかろう」


「もう少し待つ」


セレスがこちらを見る。


「用心深いのう」


「戻ってこないとも限らないだろ」


「まあ、それもそうか」


しばらく待ったが、再び戻ってくる気配はなかった。


代わりに廊下を歩いてくる足音が聞こえた。


扉が開き、クラリッサが顔を出す。


「もう大丈夫よ」


「兵士は?」


「帰ったわ。近所をもう少し回るみたいだけど、ここへは戻らないと思う」


俺は頷いた。


クラリッサが部屋へ入り、扉を閉める。そのまま俺を見て、首を傾げた。


「どうしたの?」


「いや……」


俺は一度視線を外した。


「何で言わなかったの?」


「何を?」


「俺がここにいること」


クラリッサは少し目を丸くした。


「言ってほしかったの?」


「そうじゃないけど……」


「だったらいいじゃない」


「そうだけど……」


セレスが棚の上でこちらを見ていた。


「俺がここにいるって話せば、シスターたちは何も疑われないだろ」


「そうかもしれないわね」


「だったら……」


「アルト。あのね、私には難しいことなんて分からないの。魔王の力がどうとか、王城で何があったとか、そんなこと聞かれても判断できないわよ」


「うん」


「でも、あなたがアルトかどうかくらいは分かるわ。昔から知ってるんだから」


「……そっか」


「もう。元気出しなさいよ。アルトらしくないわよ」


「俺らしいって……」


「考えても分からないことまで、全部考えなくていいのよ」


「なんか、何も考えてないみたいだな」


「そんなもんでしょ?」


「いや。俺だって考えてることくらいあるよ」


クラリッサが笑ったあと、扉の方へ目をやった。


「さて。兵士がここまで来た以上、先のことを考えておいた方が良いわね」


「ああ」


クラリッサは少しだけ考えてから、俺を見る。


「それで、アルト。これからどうするつもりなの?」


俺は少し黙ってから答えた。


「……ここは出るよ」


「もう?」


「一度来たってことは、次はいつ来てもおかしくない」


「でも、今日の兵士たちは、あなたがここにいるとは思ってなかったわよ?」


「今日はな。次もそうとは限らないだろ」


クラリッサは黙った。


「俺一人なら、見つかっても逃げればいい。でも、ここには子供たちがいるだろ。シスターたちまで疑われるかもしれないし」


「だから出ていくの?」


「うん」


「私は、出ていけなんて言ってないわよ」


「分かってるよ」


俺がすぐに答えると、クラリッサはしばらくこちらを見ていた。


「本当に?」


「本当だって。追い出されるなんて思ってないよ」


「ならいいけど」


クラリッサは小さく息を吐いた。


「いつ出るの?」


「明日の朝には出ようと思う」


「そう」


少し間を置いてから、クラリッサが頷く。


「じゃあ、朝ご飯は食べていきなさい」


「早く出た方がいいんじゃないか?」


「食べる時間くらいあるでしょう」


クラリッサはそう言って扉へ向かった。


「子供たちには、夕食のあとで話しましょうか」


「うん。今言ったら騒ぎそうだし」


「そうね」


クラリッサが部屋を出ていく。足音が廊下の向こうへ消えると、それまで黙っていたセレスが棚の上で身体の向きを変えた。


「行くのじゃな」


「ああ」


「ソレグノスか?」


俺はすぐには答えなかった。


古い記録にあったソレグノス聖教国教会総本山には、勇者として認定された当時の記録が残っているかもしれない。ただ、ここから向かうには遠すぎる。


「いや。魔族領を目指そうと思う」


「……魔族領?」


セレスが首を傾げた。


「ソレグノスは遠すぎる。それに、このまま人族領を長く移動するのも危ないだろ」


「それで魔族領か?」


「それだけじゃないよ」


セレスが俺を見る。


「魔王を倒せば戦争は終わるって、俺はずっとそう聞かされてた」


「……そうじゃったな」


「でも、終わらなかった。今も人族の軍は魔族領へ進んでる」


あの兵や荷馬車を見たときから、ずっと引っかかっていた。


「俺は魔王城まで行ったけど、戦うことしかしてない。向こうで何が起きてるのかも、魔族が何のために戦ってたのかも知らない」


「それを確かめに行くというのか?」


「うん。一度、自分の目で確かめたい」


「……物好きな勇者じゃの」


「今更だろ」


「それもそうじゃな」


セレスは呆れたように言ったあと、棚から俺の肩へ移った。


「ただし、行くならわしの言うことは聞けよ」


「何で?」


「おぬしは勇者アルトじゃぞ。魔族領で堂々と顔を晒して歩けると思うな」


「ああ……」


「何じゃ、その返事は」


「いや。魔族領でも隠れなきゃいけないのかと思って」


「当たり前じゃ!」


セレスが尻尾で肩を叩いてきた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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