第38話 捜索の足音
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翌日。
昼前、俺は街へ出ているクラリッサに代わって子供たちを見ていたマリアーベルに頼まれ、洗い終えたシーツを裏庭へ運んでいた。
「すみません。こんなことまで手伝ってもらって」
「いいよ。ここにいるなら働けって言われてるし」
「シスタークラリッサらしいですね」
マリアーベルは苦笑しながら、籠からシーツを一枚取った。
少し離れたところでは、子供たちが干したばかりのシーツの間を走り回っている。一人が濡れた布へ手を伸ばしたところで、マリアーベルが声を上げた。
「こら! そこを走らないの!」
「はーい!」
返事だけして、男の子はそのまま駆けていく。
「全然聞いてないな」
「いつもああなんです。追いかけると、余計に逃げるんですよ」
「じゃあ、追いかけなきゃいいだろ」
「それだと、そのままどこかへ行っちゃいます」
「一人捕まえて手伝わせればいいよ。たぶん他のやつも寄ってくるから」
マリアーベルが少し意外そうに俺を見る。
「慣れてますね」
「昔、俺もよく怒られてたからな」
マリアーベルは少し考えてから、さっきの男の子を呼び止めた。
「ちょっと待ちなさい」
呼ばれた男の子が、不思議そうな顔でこちらへ戻ってくる。
「あなたも手伝いなさい」
男の子は返事をせず、俺の方を見た。
「……分かったよ。一緒にやろう」
俺が籠からシーツを取ると、男の子も仕方なさそうにその端を持った。
二人で紐まで運び、皺を伸ばしながら掛けていると、それを見ていた別の子が近づいてくる。
「俺もやる!」
「私も!」
気づけば、さっきまで走り回っていた子供たちが籠の周りに集まっていた。
マリアーベルが目を丸くする。
「本当に来ました」
「だろ?」
「でも、余計に大変になった気もします」
子供たちが一度にシーツを引っ張り出そうとしている。
「そこまでは知らないよ」
俺が笑うと、マリアーベルも困った顔で笑った。
それからしばらくは、子供たちからシーツを取り返したり、端を引きずって泥をつけそうになった子を止めたりしながら、どうにか残りを干していった。肩のセレスは日当たりがいいのか、さっきからじっとしている。
最後の一枚を紐に掛けて皺を伸ばしていると、裏庭へ続く扉が開いた。
「アルト」
振り返ると、クラリッサが立っていた。
「もう戻ったの?」
「ええ。アルト、ちょっと来て」
声はいつもと変わらない調子だった。ただ、どことなく緊張しているのが見て取れた。
マリアーベルも気づいてこちらを見る。
「シスタークラリッサ?」
「マリアーベル、子供たちを中に入れて。しばらく表には出さないで」
「何かあったんですか?」
「あとで話すわ。お願い」
「……はい」
マリアーベルはクラリッサの顔を見たあと、それ以上は聞かずに子供たちを集め始めた。
俺はクラリッサについて建物へ入り、廊下の奥まで進んだ。
「兵士が四人、こっちへ向かってるわ」
「俺だな」
「ええ。広場の近くで、店の人に道を聞いていたの。勇者アルトが育った孤児院は、この先で間違いないかって」
「……そうか」
驚きはなかった。むしろ、ここで何日も過ごせたことの方が意外なくらいだ。
「やっぱり、来ると思ってたのね」
「俺がここで育ったことは王国も知ってるからな。戻るかもしれないって考えるのは当然だろ」
クラリッサは小さく頷いた。
「兵士たちは途中でも何軒かに声をかけてたわ。急いでいる様子ではなかったけど」
「四人だけなんだよな?」
「ええ」
「だったら、俺がここにいると分かって来たわけじゃなさそうだ」
「どうして分かるの?」
「俺を捕まえるつもりなら、四人じゃ少なすぎるよ」
クラリッサが一瞬黙り、それから「ああ」と小さく頷いた。
「多分、俺が戻ってないか確かめに来るだけだと思う」
「それでも、見つかるわけにはいかないでしょう?」
「まあな」
「どうする? 今なら裏から出られると思うけど」
「もう近いんだろ?」
「ええ。私が近道して戻ってきただけだから、それほど時間はないと思う」
外へ出るだけなら、すぐにできる。ただ、兵士たちがどの道を使ってくるのか分からない。まだ孤児院の場所を尋ねながら来ているなら、裏へ回った先で鉢合わせすることだってあり得る。
「今はここにいた方がいいな。外で鉢合わせするよりましだ」
「分かった。じゃあ、こっち」
クラリッサは迷わず歩き出した。
「子供たちは?」
「マリアーベルに任せるわ。兵士が来ても表には出さないようにしておく」
「その方がいいな。あいつらに聞いたら、何でも喋りそうだし」
「私もそう思うわ」
俺たちが向かったのは、先日古い記録を調べた部屋だった。建物の奥にあるので、表からは見えない。
クラリッサが扉を開け、俺を先に入れる。
「ここにいて。兵士には私が話すから」
「ああ」
扉へ手をかけたクラリッサを、俺は呼び止めた。
「シスター」
「何?」
俺は一度口を開き、結局首を振った。
「……いや、何でもない」
クラリッサは少しだけ俺の顔を見ていたが、黙って扉を閉めた。
部屋には、先日見た古い帳面が棚に並んでいる。
肩から下りたセレスが棚の端へ移り、俺を見た。
「逃げぬのか?」
「今出る方が危ないよ。それに、いざとなったら転移で逃げる」
「ここからできるのか?」
「やってみるしかないだろ」
この街なら、行き先はいくつも思い浮かべられる。ただ、ここからうまく跳べるかは試してみないと分からない。
「四人程度なら、戦った方が早いのではないか?」
「勝つか負けるかの話じゃないよ。ここでやったら、子供たちまで巻き込むかもしれないだろ」
「まあ、そうじゃな」
セレスは棚の上で向きを変えた。
廊下の向こうから、マリアーベルが子供たちを食堂へ集める声が聞こえる。さっきまで裏庭を走り回っていた子供たちも、今は大人しく従っているらしい。
「ところで、おぬし」
「何だよ」
「さっき、あのシスターに何を聞こうとしたのじゃ?」
俺は扉の方を見た。
「……別に」
「そうは見えなんだがの」
兵が来れば、クラリッサは俺が戻ってきていないかと聞かれるだろう。
「何て答えるのかなって、ちょっと思っただけだよ」
「なら聞けばよかったではないか」
「……そうだな」
それ以上は言わず、俺は壁に背を預けた。
廊下を誰かが通る気配がするたび、目が扉へ向く。
やがて外から馬の蹄の音が聞こえてきた。
近づいてきた音は孤児院の前で止まり、間もなく男たちの話し声が重なった。
セレスが顔を上げる。
「来たようじゃな」
「ああ」
俺も壁から背を離した。
玄関の扉を叩く音が、建物の奥まで響いた。
「王国軍の者だ」
少し間があった。
「勇者アルトについて、お話を伺いたい」
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