第37話 勇者様は死んだの?
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「……誰から聞いたんだ?」
椅子を床へ下ろしてから聞き返すと、男の子は少し首を傾げた。
「誰って……街の人。みんな言ってるよ」
「勇者様の話?」
近くで別の椅子を運んでいた女の子が会話に入ってきた。それを聞いた子供たちが、一人、また一人とこちらへ寄ってくる。
「勇者様、魔王を倒したんだよね?」
「でも死んじゃったんでしょ?」
「違うよ。魔王に身体を取られたんだよ」
「え? じゃあ死んでないじゃん」
「身体を取られたんだから、勇者様はいなくなったんだって」
王都を出てから似たような噂は何度も耳にしたが、ここで、また聞くことになるとは思っていなかった。
「兄ちゃんはどう思う?」
最初に話しかけてきた男の子が、俺を見上げていた。
「どうって?」
「勇者様、本当に死んじゃったの?」
死んでいない。少なくとも俺自身は、ここにいる。
けれど、この子たちにそんなことを言ったところで、どうにもならない。
「……どうだろうな」
「ほら、やっぱり分かんないんだよ」
「でも兄ちゃん、勇者様に会ったことあるんじゃないの?」
「まあ……あるにはあるよ」
「ほんと!?」
男の子がぐっと顔を寄せてくると、他の子まで目を輝かせた。
「どんな人だった?」
今度はさっきより答えに困った。自分のことをどう説明すればいいんだ。
「どんなって……普通だよ」
「勇者様なのに?」
「勇者だって、ご飯は食べるし寝るだろ」
「勇者様って何歳なの?」
「俺と同じくらいだよ」
「えっ、兄ちゃんと?」
「そうだよ」
「でも、兄ちゃんまだ子供じゃん」
「俺はもう子供じゃない」
反射的に言い返すと、何人かが笑った。
「シスターに聞いてみよ」
「やめろ」
また笑い声が上がる。
「どれくらい大きいの?」
「大きい?」
「背だよ。すっごく大きいんでしょ?」
俺は思わず自分の身体を見下ろした。
「……俺と同じくらいかな」
「えー!」
なぜか何人かが揃って不満そうな声を上げる。
「もっと大きいと思ってた!」
「勇者になったからって、急に背が伸びるわけじゃないだろ」
「じゃあ、強かった?」
「それなりには」
「魔王より?」
肩の上でセレスの尻尾がぴくりと動いた。
「魔王を倒したんだから、勇者様の方が強いに決まってるよ!」
「でも、身体乗っ取られたんでしょ」
「じゃあ魔王の方が強いじゃん」
また子供たちの間で言い合いが始まる。
俺は肩のセレスへちらりと目をやった。尻尾がさっきから落ち着きがない。
「ねえ、じゃあ新しい魔王って怖いの?」
今度は女の子が聞いてきた。
「怖い?」
「だって魔王でしょ。街に来たりしない?」
「来たら、みんな食べられちゃうの?」
「魔王は人を食わないだろ」
思わずそう返すと、セレスが俺をじろりと見た。
「なんで分かるの?」
「いや……そういう話は聞いたことないから」
子供相手だからと気を抜いていると、余計なことまで口にしそうになる。
「じゃあ怖くない?」
「さあな。俺に聞かれても困るよ」
「でもさ、新しい魔王がいるなら、勇者様が倒せばいいんじゃない?」
少し離れたところにいた子が言った。
「だから勇者様はもういないんだって」
「あ、そっか」
あまりにあっさりした返事に、何とも言えない気分になる。
「あれ?」
一人の子が俺の肩を指した。
「背中のこぶが羽になってる!」
「え?」
その一言で、子供たちの視線が一斉にセレスへ集まった。
「ほんとだ!」
「羽だ!」
「見せて、見せて!」
さっきまで勇者の話をしていた子供たちが、今度は俺の周りへ押し寄せてくる。セレスは身体をひねり、俺の首の後ろを回って反対側の肩へ逃げた。
「ちょっと待て。押すなって」
「兄ちゃん、下ろしてよ!」
「触ってもいい?」
「駄目。嫌がってるだろ」
「じゃあ見るだけ!」
仕方なくセレスを肩から下ろして、両手で抱えるように持った。
確かに背中の突起が、数日前に見たときより左右へ少し広がっていた。薄い膜のような部分も前よりはっきりしていて、まだ小さいが、確かに羽らしくなっている。
「飛べるの?」
「いや、これは無理だろ」
「やってみないと分かんないよ!」
「どうするんだよ」
「投げてみようよ」
「落ちたらどうするんだ」
「兄ちゃんが受け止めればいいじゃん」
「ちょっとだけ!」
「駄目だって」
「羽がもっと大きくなったら、この子、鳥になるの?」
「トカゲが鳥になるわけないだろ」
「じゃあ何になるの?」
「俺に聞くなよ」
セレスは知らん顔でそっぽを向いた。
子供たちが好き勝手なことを言うたびに、セレスの尻尾が俺の腕をぺしぺしと叩く。これ以上付き合わせたら、後で文句を言われそうだ。
「はい、終わり。もう夕飯の時間だろ」
「えー」
「また明日見せてよ!」
「こいつが嫌がらなかったらな」
「じゃあ、明日は飛ぶ練習ね!」
「しないって」
それでも子供たちは楽しそうに話しながら、食堂の方へ走っていった。
姿が見えなくなるのを待ってから、セレスを床へ下ろす。
「まったく、好き放題しおって」
「見るだけだっただろ」
「触ろうとしておったではないか」
「ちゃんと止めたって」
セレスはぶつぶつ言いながら、自分の背中を見ようと首をひねっている。
「それで、どうなのじゃ?」
「少しな。前より羽っぽくなってる」
「ふむ……」
何度か身体をくねらせていたが、やはり見えないらしく、しばらくすると諦めた。
「そのうち飛べるようになったりしてな」
「この程度で、どうやって飛べというのじゃ」
「大きくなれば分からないだろ」
「わしは別に空を飛びたいわけではないぞ」
「じゃあ何でそんなに気にしてるんだよ」
「自分の身体のことじゃぞ。気になるに決まっておろう」
そう言うと、セレスはいつものように俺の肩へよじ登ってきた。
「しかし、おぬしも随分なことを言われておったの」
「まぁな。でもまあ、あいつらが悪いわけじゃないよ。聞いた話を信じてるだけだ」
「分かっておる。じゃが、その割には堪えてそうだな」
「そうでもないよ。ただ、ここでもそうなのかって思っただけだよ」
セレスは何も言わなかった。
その時、厨房の方からクラリッサの声がした。
「アルトー、そこにいるなら手伝って!」
俺は返事をしないまま、厨房へ向かった。
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