第36話 昔の居場所
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
それから三日ほどが過ぎた。
朝食を終えて食器を片づけていると、シスタークラリッサが厨房の奥から顔を出した。
「アルト、ちょうどいいところにいたわ。少し手伝ってくれる?」
「いいけど、何を?」
「薪が減ってるの。裏に置いてある分を運んで、ついでに薪も割っておいてほしいのよ」
「分かった」
頼まれるまま裏庭へ回ると、建物の壁際に昔と同じように薪が積んであった。俺は、その横に置いてあった使い込まれた斧を手にした。
「懐かしいな」
後ろからついてきたクラリッサが笑う。
「アルトは昔っから、お手伝いしてくれてたからね」
「そうだったっけ?」
「よく薪も運んでくれたわよ。途中で遊びに行って、そのまま帰ってこないこともあったけど」
「それは覚えてないな」
「都合の悪いことは忘れるのね」
クラリッサはそう言って、空になった薪籠を俺の足元へ置いた。
「じゃ、お願いね」
「わかった」
肩に乗っていたセレスを近くの石塀へ下ろしてから、薪を一本、切り株の上へ立てる。
斧を振るうのは久しぶりだったが、薪の目に沿って刃を落とせば、それほど力を入れなくてもきれいに割れた。
何本か割ったところで、いつの間にか子供たちが集まっていた。
「兄ちゃん、すごい!」
「俺もやりたい!」
「駄目だ。これはまだ早いって」
「できるよ!」
一人の男の子が斧へ手を伸ばしてきたので、俺は斧を持ち上げて手が届かないようにした。
「じゃあ、割った薪をそっちの籠に入れてくれ。それならできるだろ」
「えー、そっち?」
「嫌ならやらなくていいぞ」
「やる!」
男の子は割った薪を抱えて籠まで運び始めた。それを見ていた別の子も加わり、俺が割るそばから薪がなくなっていく。
調子に乗って一度に三本抱えた子がよろけたので、慌てて横から支えた。
「ほら。無理するから」
「だって、いっぱい持った方が早いし」
「落としたら余計に遅くなるだろ。一つずつでいいよ」
口では不満そうにしながらも、今度はちゃんと一本ずつ運んでいる。
セレスは石塀の上で、子供たちと俺を交互に眺めていた。
薪籠がいっぱいになったところで、俺は斧を置いた。
そのとき、孤児院の前を通る道から馬の蹄の音が聞こえてきた。
顔を上げ、門の方を見る。
腰の剣へ伸びかけた手を止め、道の様子が見える位置まで数歩移動する。やがて門の向こうを、荷車を引いた二頭の馬がゆっくりと通り過ぎていった。
「兄ちゃん?」
薪を抱えた子に呼ばれて、俺は振り返った。
「なんでもない。続けようか」
残った薪を片づけていると、クラリッサが裏庭へ戻ってきた。
「ありがとう。随分はかどったわね」
「こいつらが手伝ってくれたから」
俺が子供たちを指すと、さっきの男の子が得意そうに胸を張った。
「俺、いっぱい運んだ!」
「最初だけな」
「ちゃんと運んだもん!」
「はいはい。偉い偉い」
頭を軽く撫でると、男の子は少し照れたように笑った。
クラリッサは薪籠を確かめると、「これならしばらく大丈夫ね」と頷いた。
「私、これから街へ買い出しに行ってくるから、何かあったら子供たちをお願いしてもいい?」
「ああ、分かった」
「そんなに時間はかからないと思うわ」
クラリッサは表へ回り、やがて門から出ていった。
俺は、街の方へ続く道を歩いていくクラリッサの背中を、角を曲がって姿が見えなくなるまで目で追っていた。
クラリッサの姿が見えなくなると、セレスが石塀から跳び、俺の肩へ戻ってきた。
子供たちは薪を厨房へ運びに行き、裏庭には俺たちしかいない。
「警戒心が満載じゃの」
「何が?」
「まさか、あのシスターまで疑っているわけじゃあるまいな」
「疑ってるわけじゃないよ」
「ほう。では、何でじっと見ておったのじゃ」
「それは……」
返す言葉に詰まり、もう一度門を見る。
「何があるか分からないだろ」
「まあ、わしが人を信じろと言えた義理でもないがの」
「だったら言うなよ」
「じゃが、お前は少々分かりやすすぎる」
「うるさいな」
俺は箒を取って、足元に散らばった木くずを集め始めた。
昼を少し過ぎた頃、門の方からクラリッサの声がした。
「アルトー、ちょっと来てくれる?」
行ってみると、クラリッサは両手に大きな袋を提げていた。足元にももう一つある。
「買いすぎじゃないか?」
「育ち盛りが何人いると思ってるの。ほら、こっちお願い」
「はいはい」
重い方の袋を二つ受け取る。中には野菜や乾物が詰まっていて、見た目よりずっと重かった。
クラリッサは残った袋を持って、先に厨房へ向かった。
俺も二つの袋を抱えて後に続く。
午後になると、今度は食堂で使っている椅子の脚がぐらついているから見てほしいと言われた。
「俺、修理屋じゃないんだけど」
「昔も直してくれたでしょう?」
「それ、たぶん俺じゃないと思う」
「いいから見てみて」
結局押し切られて、椅子をひっくり返す。
釘が一本浮いていただけだったので、道具を借りて打ち直すと、それを見ていた子供が自分の椅子まで持ってきた。
「これも!」
「それは壊れてないだろ」
「ちょっと揺れる」
確かめてみれば、本当に少しだけ揺れた。
「どれどれ」
二脚目を直していると、さらにもう一脚持ってこられた。
「お前ら、俺が来るまで壊れたまま使ってたのか?」
「だって座れるもん」
「そういう問題じゃないだろ」
夕方には何とか三脚とも直し終えた。薪割りをしたことより、こっちの方が疲れた気がする。
道具を片づけていると、クラリッサが食堂へ入ってきた。
「今日は助かったわ。明日もお願いね」
「え? 明日も?」
「ここにいるなら、働いてもらわないと」
当然のように言われて、俺は笑った。
「分かったよ」
クラリッサは満足そうに頷くと、夕食の支度へ戻っていった。
俺も直した椅子を元の場所へ戻していると、昼間に薪を運んでいた男の子が近くへやってきた。
「ねえ、兄ちゃん」
「ん?」
「兄ちゃんって、旅してるんだよね?」
「ああ。まあな」
男の子は少し考えてから、俺を見上げた。
「じゃあさ、勇者様に会ったことある?」
椅子を持っていた手が止まった。
「……勇者?」
「うん。勇者様って、本当に死んじゃったの?」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。




