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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第3章

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第33話 孤児院の子供たち

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「え? ……蜥蜴?」


ミレナは俺の胸元から顔を出したセレスを、まじまじと見つめた。


セレスの方はというと、見られているのが気に入らないのか、外套の縁に前脚をかけたまま動かない。


「黒蜥蜴。セレスっていうんだ」


「名前あるんだ」


「まあな」


ミレナが椅子から少し身を乗り出した。


「触ってもいい?」


聞かれて、俺はセレスを見る。


赤い目が細くなった。


「……やめといた方がいいかも」


「嫌がるの?」


「たぶん」


セレスの目がさらに細くなった。


ミレナが小さく笑ったところで、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。一人や二人ではない。軽い足音がいくつも重なり、その後ろを追うように若い女の声が近づいてくる。


「あ、ちょっと待ちなさい。ダメよ!」


何事かと扉へ目を向けると、今度は子供の声がした。


「あ、入っちゃダメ!」


そのまま扉が勢いよく開いた。


「お客さん!」


真っ先に飛び込んできたのは、六つか七つくらいの男の子だった。俺を見つけるなり目を輝かせ、その後ろから、もっと小さな女の子がちょこちょこと入ってくる。


「おきゃくさ〜ん」


「だれ?」


横から別の男の子が顔を出す。


「だ〜れぇ」


小さな女の子は、今度はそちらの真似をした。


さらにもう一人が続き、あっという間に四人の子供が部屋へ入り込む。さっきまで静かだった部屋が、あっという間に騒がしくなる。


「ちょっと! あなたたち、待ちなさい。もう……!」


子供たちの後を追って、髪を少し乱した若いシスターが駆け込んできた。


シスタークラリッサがそちらを見る。


「何事ですか、マリアーベル」


「申し訳ありません、シスタークラリッサ。子供たちが……」


「あなたたち、もう少し静かになさい」


「「「はーい」」」


返事だけは綺麗に揃った。


俺も昔、似たような返事をした覚えがある。


先頭にいた男の子が、今度は俺の胸元を指さす。


「あ! それ何!」


「それなに〜」


「とかげだ!」


「とかげ〜」


一斉に見られたセレスは外套の中へ引っ込もうとしたが、男の子はもう目の前まで来ていた。


「黒い!」


「目、赤いよ」


「触っていい?」


「ちょっと待てって。一人ずつ」


俺が手を出すと、子供たちはぴたりと止まった。


「噛む?」


「たぶん噛まない」


セレスが勢いよくこちらを向いた。


「……たぶん、な」


「噛むの?」


「怒らせなければ大丈夫だよ」


今度はセレスが俺の指へ前脚を乗せ、そのまま爪を立てた。


「痛っ」


「噛んでないよ?」


先頭の男の子が言う。


「痛いのは同じだろ」


ミレナが吹き出した。


子供たちも何がおかしいのか分からないまま笑い始め、その中で一番小さな女の子だけが、セレスへ手を伸ばしている。


「触るなら、優しくな」


「うん」


小さな指が、黒い頭をそっと撫でた。


セレスは逃げなかった。ただ、俺を見ている。


ものすごく不満そうだ。


「かわいい!」


「かわい〜」


「こいつ、怒ってない?」


「おこってる〜」


「ほら、あんまりやると嫌がるぞ」


そう言いながらセレスを外套から出して、両手の上へ乗せる。囲まれたままでは逃げ場もないが、少なくとも服の中へ手を突っ込まれるよりはましだろう。


セレスは俺の手の上で身体を低くした。


魔王だったこいつが、今は孤児院の子供たちに頭を撫でられている。口を開けたら、どんな文句が飛んでくるか分かったものじゃない。


「尻尾、長い!」


一人が後ろへ回り込む。


「引っ張るなよ」


「引っ張らないよ」


「本当に?」


「ほんと!」


言ったそばから指が伸びたので、俺はその手を軽く押さえた。


「見るだけ」


「はーい」


「は〜い」


小さな女の子も俺の横へ回り、セレスを覗き込んでいる。


「この子はずっと一緒なの?」


「ああ。一緒に旅をしているんだ」


「ずっと?」


「まあ、しばらくな」


「どこから来たの?」


今度はすぐに答えが出なかった。


王都から逃げてきた。そう言うわけにはいかない。


「遠いところよ」


横からミレナが口を挟む。


男の子は「どのくらい?」と聞き返しかけたが、「こっち向いた!」と別の子が声を上げると、そちらを振り返った。


ミレナと目が合った。


「……ありがとな」


「ううん」


「こら、押さないの」


マリアーベルが子供たちの間へ入り、後ろの子を引き戻している。


「すみません。普段はもう少し言うことを聞くんですけど……」


「本当か?」


俺が聞き返すと、マリアーベルは一瞬黙った。


「……たぶん」


「マリアーベル」


クラリッサに名前を呼ばれ、マリアーベルが背筋を伸ばす。


「はい!」


「そこは自信を持って言いなさい」


「はい……」


ミレナがまた笑い、俺もつられて笑った。


その間にも、子供たちの話はセレスの食べ物へ移っていた。


「虫だよ」


「肉じゃない?」


「草も食べる?」


「くさ〜」


「何でも食べるよ」


俺が答えると、セレスの顔がこちらへ向いた。


「……いや、何でもは言いすぎたか」


セレスはまだ俺を睨んでいる。


「じゃあ何が好き?」


「さあ」


「知らないの?」


「一緒に旅してるのに?」


「何でも食べるから、よく分からないんだよ」


セレスが俺を睨んだ。


「……何だよ」


「ほら、もう十分見ただろ」


「まだ!」


「まだ〜」


「俺の手が疲れるんだよ」


「じゃあ置けば?」


「逃げるだろ」


「逃げないよ」


どうしてお前が決めるんだ。


先頭の男の子がセレスの顔を覗き込み、別の子は横から前脚を見ている。真似ばかりしていた小さな女の子は、いつの間にか俺の反対側へ回り込み、背中の方からセレスを覗いていた。


しばらくして、さっきまで他の子の真似ばかりしていた女の子が、不思議そうに首を傾げた。


「……これ、なぁに?」


「何が?」


小さな指が、セレスの背中を指した。


「ここ」


俺はセレスの身体を少し傾ける。


黒い背中の左右に、小さな突起が二つ出ていた。


「……何だ、これ」


昨日まで、こんなものはなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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