第33話 孤児院の子供たち
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「え? ……蜥蜴?」
ミレナは俺の胸元から顔を出したセレスを、まじまじと見つめた。
セレスの方はというと、見られているのが気に入らないのか、外套の縁に前脚をかけたまま動かない。
「黒蜥蜴。セレスっていうんだ」
「名前あるんだ」
「まあな」
ミレナが椅子から少し身を乗り出した。
「触ってもいい?」
聞かれて、俺はセレスを見る。
赤い目が細くなった。
「……やめといた方がいいかも」
「嫌がるの?」
「たぶん」
セレスの目がさらに細くなった。
ミレナが小さく笑ったところで、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。一人や二人ではない。軽い足音がいくつも重なり、その後ろを追うように若い女の声が近づいてくる。
「あ、ちょっと待ちなさい。ダメよ!」
何事かと扉へ目を向けると、今度は子供の声がした。
「あ、入っちゃダメ!」
そのまま扉が勢いよく開いた。
「お客さん!」
真っ先に飛び込んできたのは、六つか七つくらいの男の子だった。俺を見つけるなり目を輝かせ、その後ろから、もっと小さな女の子がちょこちょこと入ってくる。
「おきゃくさ〜ん」
「だれ?」
横から別の男の子が顔を出す。
「だ〜れぇ」
小さな女の子は、今度はそちらの真似をした。
さらにもう一人が続き、あっという間に四人の子供が部屋へ入り込む。さっきまで静かだった部屋が、あっという間に騒がしくなる。
「ちょっと! あなたたち、待ちなさい。もう……!」
子供たちの後を追って、髪を少し乱した若いシスターが駆け込んできた。
シスタークラリッサがそちらを見る。
「何事ですか、マリアーベル」
「申し訳ありません、シスタークラリッサ。子供たちが……」
「あなたたち、もう少し静かになさい」
「「「はーい」」」
返事だけは綺麗に揃った。
俺も昔、似たような返事をした覚えがある。
先頭にいた男の子が、今度は俺の胸元を指さす。
「あ! それ何!」
「それなに〜」
「とかげだ!」
「とかげ〜」
一斉に見られたセレスは外套の中へ引っ込もうとしたが、男の子はもう目の前まで来ていた。
「黒い!」
「目、赤いよ」
「触っていい?」
「ちょっと待てって。一人ずつ」
俺が手を出すと、子供たちはぴたりと止まった。
「噛む?」
「たぶん噛まない」
セレスが勢いよくこちらを向いた。
「……たぶん、な」
「噛むの?」
「怒らせなければ大丈夫だよ」
今度はセレスが俺の指へ前脚を乗せ、そのまま爪を立てた。
「痛っ」
「噛んでないよ?」
先頭の男の子が言う。
「痛いのは同じだろ」
ミレナが吹き出した。
子供たちも何がおかしいのか分からないまま笑い始め、その中で一番小さな女の子だけが、セレスへ手を伸ばしている。
「触るなら、優しくな」
「うん」
小さな指が、黒い頭をそっと撫でた。
セレスは逃げなかった。ただ、俺を見ている。
ものすごく不満そうだ。
「かわいい!」
「かわい〜」
「こいつ、怒ってない?」
「おこってる〜」
「ほら、あんまりやると嫌がるぞ」
そう言いながらセレスを外套から出して、両手の上へ乗せる。囲まれたままでは逃げ場もないが、少なくとも服の中へ手を突っ込まれるよりはましだろう。
セレスは俺の手の上で身体を低くした。
魔王だったこいつが、今は孤児院の子供たちに頭を撫でられている。口を開けたら、どんな文句が飛んでくるか分かったものじゃない。
「尻尾、長い!」
一人が後ろへ回り込む。
「引っ張るなよ」
「引っ張らないよ」
「本当に?」
「ほんと!」
言ったそばから指が伸びたので、俺はその手を軽く押さえた。
「見るだけ」
「はーい」
「は〜い」
小さな女の子も俺の横へ回り、セレスを覗き込んでいる。
「この子はずっと一緒なの?」
「ああ。一緒に旅をしているんだ」
「ずっと?」
「まあ、しばらくな」
「どこから来たの?」
今度はすぐに答えが出なかった。
王都から逃げてきた。そう言うわけにはいかない。
「遠いところよ」
横からミレナが口を挟む。
男の子は「どのくらい?」と聞き返しかけたが、「こっち向いた!」と別の子が声を上げると、そちらを振り返った。
ミレナと目が合った。
「……ありがとな」
「ううん」
「こら、押さないの」
マリアーベルが子供たちの間へ入り、後ろの子を引き戻している。
「すみません。普段はもう少し言うことを聞くんですけど……」
「本当か?」
俺が聞き返すと、マリアーベルは一瞬黙った。
「……たぶん」
「マリアーベル」
クラリッサに名前を呼ばれ、マリアーベルが背筋を伸ばす。
「はい!」
「そこは自信を持って言いなさい」
「はい……」
ミレナがまた笑い、俺もつられて笑った。
その間にも、子供たちの話はセレスの食べ物へ移っていた。
「虫だよ」
「肉じゃない?」
「草も食べる?」
「くさ〜」
「何でも食べるよ」
俺が答えると、セレスの顔がこちらへ向いた。
「……いや、何でもは言いすぎたか」
セレスはまだ俺を睨んでいる。
「じゃあ何が好き?」
「さあ」
「知らないの?」
「一緒に旅してるのに?」
「何でも食べるから、よく分からないんだよ」
セレスが俺を睨んだ。
「……何だよ」
「ほら、もう十分見ただろ」
「まだ!」
「まだ〜」
「俺の手が疲れるんだよ」
「じゃあ置けば?」
「逃げるだろ」
「逃げないよ」
どうしてお前が決めるんだ。
先頭の男の子がセレスの顔を覗き込み、別の子は横から前脚を見ている。真似ばかりしていた小さな女の子は、いつの間にか俺の反対側へ回り込み、背中の方からセレスを覗いていた。
しばらくして、さっきまで他の子の真似ばかりしていた女の子が、不思議そうに首を傾げた。
「……これ、なぁに?」
「何が?」
小さな指が、セレスの背中を指した。
「ここ」
俺はセレスの身体を少し傾ける。
黒い背中の左右に、小さな突起が二つ出ていた。
「……何だ、これ」
昨日まで、こんなものはなかった。
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