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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第3章

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第32話 アルト兄さん

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「……アルト兄さん?」


「え?」


俺は少女の顔を見た。


「……ミレナ?」


「うん。何、その顔」


髪も伸びて、記憶にある頃よりずっと大人びている。俺の後ろをついて回っていた小さな女の子と、目の前のミレナがすぐには重ならなかった。


「いや……大きくなったなと思って」


「アルト兄さんもね。前はもっと小さかったのに」


「俺はそこまで小さくなかっただろ」


「そうだったっけ?」


ミレナが笑った。その笑い方には覚えがあった。


「ちょっと待ってって言ったでしょう」


シスタークラリッサが困ったように言うと、ミレナは抱えていた籠を持ち直した。


「ごめんなさい。でも、頼まれてたものを持ってきただけだから」


「それはありがとう。そこに置いておいて」


ミレナは籠を机の脇へ置いたあとも、何度も俺の方を見ていた。


「みんなにも、アルト兄さんが帰ってきたって――」


「ミレナ」


そう言ってシスタークラリッサは首を振った。


「……うん。分かった」


「じゃあ、私は院長と話してくるわ。ミレナ、ここにいてくれる?」


「はい」


「アルトも……ね」


「……分かった」


扉が閉まると、急に部屋が静かになった。


ミレナは俺の向かいに座るでもなく、机のそばに立ったままだ。俺も何を話せばいいのか分からず、さっきのコップに手を伸ばした。


「……元気だった?」


先に口を開いたのはミレナだった。


「ああ。まあ……元気」


「そうは見えないけど」


顔を上げると、ミレナは笑っていなかった。


「王都からの話、私も聞いたよ」


「……そっか」


「アルト兄さんの身体を、魔王が奪ったって」


「違う。身体を奪われたわけじゃない」


「じゃあ、どういうことなの?」


「俺にも分からないことがある。だから……」


「昔のことを聞きに来たの?」


「うん。俺が勇者だって分かった頃のことを、もう一度確かめたくて」


「そっか」


ミレナはしばらく俺を見ていた。


「でも、アルト兄さんなんだよね?」


「ああ」


「じゃあ、いいよ」


「え?」


「今はそれで。詳しいことはそのうち……ね」


「……いいのか?」


「だって、分からないんでしょ?」


「まあ……うん」


「なら、今聞いても仕方ないじゃん」


「……ありがとな」


「うん」


ミレナはそこでようやく椅子を引き、俺の向かいに座った。


「それにしても、本当に久しぶりだね」


「そうだな」


「勇者になってから、一回も帰ってこなかったし」


「……ごめん」


「何で謝るの?」


「いや、何となく」


「変なの」


「帰ろうとは思わなかったの?」


「思わなかったっていうか……そんな暇がなかったんだ」


「勇者って忙しいんだね」


「まあな」


「じゃあ、仕方ないか」


ミレナの言い方が昔と変わらなくて、少し気が抜けた。


「そういえば、みんなは?」


「もう、みんなここを出たよ。街に残ってる人もいるし、遠くへ行った人もいる」


「そっか」


「会いたい?」


「……今は、いいかな」


ミレナは俺を見て、何も聞かずに頷いた。


廊下で足音がすると、俺はそちらへ顔を向けた。


足音はそのまま通り過ぎていく。


「アルト兄さん」


「ん?」


「さっきから、誰か通るたびに扉見てるよ」


「……そう?」


「うん。昔はそんなことしなかったよね」


「昔とは違うから」


言い方がきつかったかと思ったが、ミレナは気にした様子もなく「そっか」とだけ返した。


俺は残りの水を飲んだ。


今度は別の足音が近づいてくる。


扉の前で止まり、軽く叩く音がした。


「入るわね」


シスタークラリッサが扉を開け、その後ろから見覚えのないシスターが入ってきた。


俺は椅子から立ち上がる。


「こちらが、院長よ」


シスタークラリッサの隣に立つ女性へ目を向ける。


クラリッサより年上に見える。背筋を伸ばして立ち、こちらを静かに見ていた。


「初めまして、院長のカーミラです」


「初めまして……アルトです」


院長は俺の前まで来ると、しばらく顔を見た。


「あなたが……」


院長は俺からシスタークラリッサへ目を移した。


「シスタークラリッサ。あなたは、この方が勇者アルトだと思いますか?」


「はい。この子は私の知っているアルトです」


「シスタークラリッサの言葉を疑っているわけではありません。でも、私は勇者アルトを直接知りません」


「……はい」


「私には、あなたが勇者アルト本人なのか分かりません」


「分かります」


「古い記録を確認したいそうですね」


「はい。俺が勇者だと分かった頃のことを調べたいんです」


「古い書類は保管してあります。ただ、当時のものがどこまで揃っているかは、確認してみないと分かりません」


「見せてもらえますか?」


院長はすぐには答えなかった。


「ここには子供たちがいます」


「……それなら、俺は出ます」


椅子の脇に置いていた荷物へ手を伸ばす。


「アルト」


シスタークラリッサに呼ばれ、手が止まった。


「まだ話は終わってないでしょう」


「でも、俺がいたら――」


「待ってください」

カーミラ院長が言った。


「出ていってほしいと言ったわけではありません」


「でも、子供たちがいるんですよね」


「ええ。ですから、すぐには決められません」


「……すみません」


「謝らなくていいんです」


院長はシスタークラリッサを見てから、しばらく黙っていた。


「古い書類はこちらで確認します。ひとまず、この部屋にいてください」


「いいんですか?」


「少なくとも、今すぐ外へ出てもらうつもりはありません」


「……ありがとうございます」


「ただ、少し時間をください。私にも考えさせてください」


「分かりました」


院長はミレナへ向き直る。


「ミレナも、勇者アルトがここにいることは誰にも話さないように」


「はい」


カーミラ院長が部屋を出ていくと、俺は椅子へ座り直した。


「よかったわね」


シスタークラリッサが言う。


「まだ何も決まってないだろ」


「追い出されなかったでしょう?」


「それは……そうだけど」


「なら、今はそれでいいの」


「簡単に言うな」


「そう?」


「そうだよ」


シスタークラリッサは空になったコップを手に取る。


そのとき、外套の中でセレスが大きく動いた。


ミレナが俺の胸元を見る。


「アルト兄さん」


「ん?」


「そこ、さっきから何か動いてない?」


「……あぁ」


「何がいるの?」


答えるより先に、外套の隙間からセレスが顔を出した。


ミレナの目が丸くなる。


「え? ……蜥蜴?」

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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