第31話 孤児院
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「アルト?」
振り返ると、少し離れたところにシスターが立っていた。
「……シスタークラリッサ?」
シスタークラリッサの口元が、わずかに緩んだ。
「やっぱりアルトね」
それだけ言うと、俺の後ろや道の向こうへ素早く目をやる。
「アルト。こっちにいらっしゃい」
「え?」
「いいから、早く」
返事を待たず、シスターは孤児院の塀に沿って歩き出した。
外套から覗いていたセレスが顔を引っ込める。俺ももう一度通りを見てから、その後を追った。
正門から少し回ったところに、小さな出入口があった。昔、職員が使っていた場所だが、扉だけは新しくなっていた。
シスタークラリッサは扉を開けると、俺を先に中へ入れた。
「ここを真っ直ぐ。突き当たりを右よ」
言われるまま歩く。
案内されたのは、奥にある小さな部屋だった。昔は裁縫道具や帳面を置いていた場所だと思うが、今は棚と机、それに椅子が二つ置かれている。
シスターは俺を中へ入れると、廊下を確かめてから扉を閉めた。
そこでようやく、正面から俺を見る。
「……本当に大きくなったわね」
「……うん」
返事をしながら、閉まった扉へ目をやる。ここにも知らせは来ているはずだ。
「座ってて。水を持ってくるわ」
「あ……」
「すぐ戻るから」
シスタークラリッサはそう言って部屋を出た。
扉が閉まる。
俺は椅子には座らず、そのまま扉を見ていた。
外套の中が動き、セレスが顔を出す。
「……よく分かったのう」
「……みたいだな」
「どうする?」
答える前に、さっき入ってきた方へ目を向けた。ここからなら、外へ出るのにそう時間はかからない。
「……もう少し待つ」
「そうか」
セレスはそれ以上何も言わず、また外套へ潜った。
しばらくして足音が戻ってきた。
扉が開き、シスタークラリッサが水の入ったコップを二つ持って戻ってきた。
「座らなかったの?」
「……うん」
「そう」
何も聞かず、コップを机の上へ置く。
俺は少し迷ってから椅子に座った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
水を飲む。冷たかった。
向かいに座ったシスタークラリッサは、俺の顔を見たあと、服や腕にも目をやった。
「ちゃんと食べてる?」
「……食べてる」
「本当に?」
「うん」
「怪我はない?」
少し迷った。
「今は、ない」
「今は?」
「……もう治ってるから」
シスタークラリッサが小さく息を吐いた。
「そこは変わってないのね」
「え?」
「何でもないわ」
そう言いながら、少しだけ笑う。
そのとき、外套の内側でセレスが動いた。
シスタークラリッサの視線が俺の胸元に止まる。
「何かいるの?」
「……黒蜥蜴」
「蜥蜴?」
「うん。一緒に旅してる」
シスタークラリッサが首を傾げる。
「見せてもらってもいい?」
外套の中から、嫌そうに身じろぎする感触が伝わってくる。
「今はやめた方がいいかも」
「そう?」
「人見知り……だから」
今度は、シスタークラリッサがはっきり笑った。
「蜥蜴が?」
「まあ……いろいろあるんだよ」
「そう。じゃあ、無理に出さなくていいわ」
シスタークラリッサはそれ以上聞かなかった。
「それで、アルト」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「どうしてここへ来たの?」
俺はコップを机へ置いた。
「……調べたいことがあって」
「ここで?」
「俺が、勇者だって分かった頃のこと」
シスタークラリッサの目が少し細くなる。
「勇者だって分かった頃?」
「うん。あの時の記録とか、残ってないかなと思って」
「記録……」
シスタークラリッサはしばらく考えていた。
「古い書類は残してあるはずよ」
「本当?」
「ただ、私の判断だけで見せることはできないわ。院長に話さないと」
「院長に……」
「あなたがいた頃の院長は、もうここにはいないの。今の院長は、アルトのことを直接は知らないわ」
「……そうなんだ」
「当時いた人も、今はほとんど残ってないの。私くらいね」
「……そっか」
「院長には私から話すわ」
「……いいの?」
「よくはないでしょうね」
予想していなかった答えに、顔を上げる。
「王都からあんな知らせが来ているんだもの。何も問題がないとは言えないでしょう?」
「じゃあ……」
「でも、私の判断だけで見せるわけにはいかないもの。院長には話さないと」
シスタークラリッサは平然とそう言った。
「それより、あなたを今ここから外へ出す方が心配よ」
「俺は大丈夫だよ」
そう言った途端、シスタークラリッサの眉がわずかに上がった。
「あ」
「ほら、それ」
「……何が?」
「その大丈夫。昔からよく言ってたわね」
「そうだった?」
「言ってたわよ。熱があっても、転んで血が出てても」
「いや、それは……」
「大丈夫だからって」
思わず口を閉じる。
覚えているような、いないような話だった。
シスタークラリッサが笑う。
「やっぱりアルトね」
俺は返事の代わりに、コップに口をつけた。
「院長、許可してくれるかな」
「さあ。そこは話してみないと」
「怒られない?」
「誰が?」
「シスタークラリッサが」
「あら。心配してくれるの?」
「そりゃするよ」
そう答えると、シスタークラリッサは少し驚いたあと、笑った。
「余計な心配はしないで待ってなさい」
「子供の頃と同じ扱いだな」
「私から見れば、そんなに変わらないわよ」
「結構変わったと思うけど」
「背は伸びたわね」
「それだけ?」
ようやく、少し笑えた。
シスタークラリッサが立ち上がる。
「院長と話してくるわ。ここにいてね」
「うん」
扉へ向かったところで、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
「シスタークラリッサ?」
少女の声だった。
シスタークラリッサが廊下の向こうを振り返る。
「ちょっと待って」
だが、間に合わなかった。
扉が開き、籠を抱えた少女が入ってきたが、俺を見るなり足を止めた。
「……アルト兄さん?」
「え?」
俺は少女の顔を見た。
「……ミレナ?」
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