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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第3章

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第30話 勇者の街

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

転移の練習を始めてから五日目の午後、森を抜けた先の丘から、ようやくアルディアの街並みが見えた。


ここまでの間、街道を避けて森や野原を進み、川や谷は転移で越えた。見晴らしのいい場所では転移で距離を稼ぐこともあった。見えている場所へ跳ぶだけなら、もう立ち止まって考え込むこともない。それでもアルディアまでの道のりは長く、町や宿を使えない分、夜はずっと野営だった。


肩に乗っていたセレスが、俺の顔の横から街を眺める。


「あれがアルディアか」


「ああ」


「随分と家が多いのう」


「前はあそこまで家はなかったんだけどな」


街の手前に広がる一角を指す。俺が暮らしていた頃は畑だった場所にも屋根が並び、その向こうには見覚えのない建物がいくつも増えている。一方で、街の奥に残る古い建物や、そこから続く屋根の並びには覚えがあった。


まずは街へ入る人の流れを確かめようと、丘を下りながら門の見える場所まで近づいた。


橋で聞いた話は本当だったらしい。門の前には何人もの兵が立ち、入ってくる旅人を一人ずつ止めている。荷車の脇では、兵が男の顔と手元の紙を見比べていた。別の兵は旅人に帽子を取らせ、後ろに並ぶ者にも顔を上げるよう言っている。


「あれでは普通に入るのは無理じゃな」


「だな」


俺は周囲に誰もいないことを確かめ、声を落とした。


「セレス。悪いけど、ここでは隠れていてくれ」


「わしまでか?」


「できるだけ目立ちたくないんだ」


「まあ、そうじゃろうな」


セレスは肩から降りると、外套の内側へ潜り込んだ。


門から離れ、街の外を回る。しばらく進むと、少し高くなった場所から街外れの一角が見えた。建物の裏に小さな空き地があり、積まれた木箱のそばにも人はいない。


外套の中からセレスが顔だけを出した。


「あそこなら跳べるのではないか?」


「そうだな」


しばらく空き地の様子を見て、人が来ないのを確かめてから、その場所へ意識を向けた。


次に足をついたときには、木箱がすぐ横にあった。


そのまま建物の陰へ入り、表の通りを覗く。


人の多い通りは避け、人通りの少ない道を選んで歩いた。すれ違う相手がこちらを見るたび、顔を覚えられたのではないか、この街で俺を知っていた人間ではないかと考えてしまう。


店が入れ替わっているところもあれば、細かった道が広くなっているところもある。


大通りの向こうには、昔からあった店の看板も見えた。寄って確かめたい気持ちはあったが、今は近づけない。


それでも、子供の頃に使っていた裏道は残っていた。


通りを二つ越えたところで、掲示板の前に何人か集まっているのが見えた。


一番上には、新しい手配書が貼られていた。


紙の上半分には、若い男の顔が大きく描かれている。線は粗いし、細かいところはあまり似ていない。それでも、黒い髪とその顔を見れば、自分の人相書きだと分かる。


その下には、大きな文字で名前があった。


元勇者アルト。


似たような手配書は、王都を離れてから何度も見ている。


その前で、荷物を抱えた男が隣の老人に話しかけていた。


「本当に、魔王が勇者様の身体を奪ったんですかね」


「王都からのお達しにはそう書いてあるんだろ。だったら、そうなんじゃないか」


「でも、勇者様って、この街にいたんでしょう?」


老人が少し得意そうに頷く。


「ああ。孤児院の子だった。勇者だって分かったときは、そりゃあ大騒ぎだったぞ」


「そんなに騒ぎになったんですか?」


「そりゃ、すげえなんてもんじゃなかったぜ。なあ!」


少し離れたところにいた年配の男が振り向く。


「ああ。勇者だって分かった日は、街中その話でもちきりだったからな」


「子供の頃から強かったんですか?」


「私、森に出た魔物を一人で倒したって聞いたことあるわよ」


「それだけじゃないぞ。川に落ちた子供を助けたって話もあっただろ」


「商人の馬車が魔物に襲われたとき、剣一本で追い払ったとも聞いたな」


魔物を一人で倒した? 商人の馬車を守った? そんなことをした覚えはない。


老人が眉を寄せる。


「おいおい。そんな話、俺は知らんぞ」


「でも、みんなそう言ってたわよ」


「話なんて、広がるうちに変わるもんだ」


男が笑った。


「じゃあ、もっとすごい話もありそうですね」


「探せばいくらでも出てくるんじゃないか」


周りの何人かも笑っている。


自分の子供の頃の話なのに、知らない話が混ざっている。いつの間に、こんな話になったんだろう。


老人が掲示板へ目を戻した。


「それにしても、魔王を倒した直後に身体を奪われるとはな。あの子も気の毒なもんだ」


「じゃあ、本当の勇者様はどうなったんです?」


「さあな。でも身体を取られたっていうなら……もう、勇者様はおらんのだろう」


さっきまで笑っていた男も、今度は何も言わなかった。


俺は人の少ない路地へ入り、掲示板から離れた。


外套の隙間からセレスが顔を出す。


「随分と立派な幼少期だったようじゃな」


「やってないからな。魔物なんて追い払ってないし、倒してなんかない」


「川に落ちた子供を助けたのは?」


「それは……」


セレスが外套の隙間から俺を見上げる。


「覚えがあるのか?」


「一回だけな。川で遊んでた子が流されて、それを引っ張り上げたことはある」


「では、それは本当ではないか」


「でも、別に大したことじゃないよ」


「勇者ともなると、知らぬ間に昔まで立派になるのじゃな」


「嬉しくないけどな」


セレスが小さく笑ったので、外套の上から軽く押さえる。


「あんまり喋るな」


「分かっておるわ」


向こうから話し声が聞こえると、セレスはまた外套の中へ引っ込んだ。


あの人たちは、俺を悪く言っていたわけじゃない。王都からそう聞かされているなら、信じるのも無理はない。


昔なら、この辺りで人の目を避けながら歩くなんて考えもしなかった。知っている顔を見つければ声をかけていたし、向こうから呼ばれれば立ち止まった。


裏道を抜け、古い井戸のある角を曲がる。井戸は新しい石で組み直されていたが、その先の細い道は昔のままだった。


この道を真っ直ぐ行けば孤児院がある。


孤児院に近づくにつれ、塀の低い家や大きく枝を張った木、道脇の石垣など、昔のまま残っているものが増えていった。


道の向こうから子供が二人走ってきたので、俺は顔を伏せて脇へ避けた。二人は俺を見ることもなく通り過ぎ、そのまま角の向こうへ消えていく。


やがて、道の先に見覚えのある塀が現れた。


建物は昔より少しくたびれて見えた。屋根の一部は新しくなっているし、門も俺がいた頃とは違う。それでも、間違えるはずがない。


孤児院だ。


「セレス」


「何じゃ?」


「あそこだ」


セレスが外套から顔だけを出し、しばらく孤児院を眺める。


「……思ったより小さいのう」


「そうか?」


「もっと大きいと思っておった」


少し離れたところから周囲を見たが、兵の姿はなかった。


門の向こうから子供たちの声が聞こえてくる。


俺は門の前まで行った。


当時からいる人が残っていれば、あの頃のことを聞ける。その代わり、向こうも俺の顔を覚えているはずだ。


門に手をかけたところで、後ろから声がした。


「アルト?」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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