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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第3章

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第28話 アルディアへの道

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

朝、焚き火の残り火を消して土をかぶせると、俺たちはアルディアの方角へ歩き出した。


人の通る道を避けるのは昨日までと同じで、木々の切れ間から街道が見えても、俺たちは少し離れた森の中を進んだ。


朝露で濡れた草を踏むたびに靴が湿り、ぬかるみを避ければその分だけ遠回りになる。


昼前になった頃、前方から水の流れる音が聞こえてきた。小川にしては音が大きい。木々を抜けて確かめると、予想したより幅のある川が横切っていた。流れも速く、背嚢を背負ったまま入る気にはならない。


俺は川沿いを少し見渡した。


「少し上流に行ったところに橋があるはずだ」


「街道に近づくのではないか?」


「様子だけ見てみるよ」


そう言って、川沿いを上流へ向かった。


やがて木々の間から石造りの橋が見えてきた。荷馬車がすれ違えるくらいの幅があり、橋の手前には兵が四人、向こう岸にも二人いる。


セレスが俺の肩から外套の中へ潜り込む。俺も太い木の陰へ身体を寄せた。


ちょうど旅人らしい男が一人、兵に呼び止められていた。背嚢を開けさせられ、中身を確かめられている。


「名前は?」


「ベルクです」


「年は?」


「二十八です」


「どこから来た?」


「南のラグ村から」


兵は答えを聞きながら手元の紙へ目を落とし、男の顔をもう一度確かめた。少し離れたところでは、別の旅人が被っていた帽子を取らされ、髪まで確認されている。


胸元でセレスが小さく動いた。


「何やら物騒なことになっておるな」


「ああ」


どう見ても、ただの荷物検査じゃない。


橋を使うのは諦めた方がよさそうだ。


そう思って身を引きかけたところで、街道の向こうから馬の蹄の音が近づいてきた。


騎兵が二人、橋の前で馬を止める。一人が降りると、丸めた紙を兵へ渡した。


「交代か?」


「いや、追加の通達だ」


「またか」


「逃亡した魔王は、勇者アルトの記憶も持っている可能性が高いそうだ。王都から、勇者と縁のある土地も警戒しろとさ」


「縁のある土地って、どこまで警戒すればいいんだ?」


「そんなの俺に聞くなよ。色々手を回すらしいぞ」


「そういや、魔族領の近くに勇者の育った町があっただろ」


「よく知ってるな」


「たしか……アル……そう、アルディアだ」


「ああ、だからか。そのアルディアにも騎兵を回したって聞いたぞ」


「もう向かったのか?」


「昨日には出たと聞いた。向こうの門や宿でも聞き込みを始めるんじゃないか」


「しかし、そんな遠くまで来ると思ってるのかね」


「さあな。勇者が育った町らしいから、街へ入る者を見ておけって話だ」


紙を渡した兵はそれだけ告げると馬首を返し、来た道を駆けていった。


蹄の音が遠ざかっていく中、俺は木の陰から動けなかった。


やがてその音も聞こえなくなり、俺は来た道を戻った。


橋が見えなくなるまで歩いてから足を止めると、セレスが外套から這い出して肩へ上がった。


「聞いたか?」


「聞いてたよ」


「昨日、わしが言った通りになったのう」


「そうだな」


王国がアルディアを知らないはずがない。俺が勇者として見つかった場所だ。


孤児院にも、兵は来るんだろうか。


俺が姿を見せなければ、聞き込みだけで終わるかもしれない。そこへ俺が戻れば、あそこにいる人たちまで巻き込むことになる。だが、聞き込みだけで終わる保証もない。


「アルト」


セレスの声に顔を上げる。


「今からでもやめるか?」


すぐには答えず、さっきの橋の方を見た。


別の場所へ行くことはできる。アルディアとは反対へ進んで、もっと王都から離れることだってできるだろう。


でも、俺が勇者だと分かったのはアルディアだ。あの頃のことを知っている人や、何か記録が残っているかもしれない。


それで何が分かるのかは、俺にも分からないが……。


「……いや。行くよ」


「兵がおるぞ」


「分かってる。だから、そのまま街に入るつもりはない」


セレスがこちらを見る。


「着いたら、まず外から様子を見る。兵が多いなら、入る時間も場所も考える。それでも無理そうなら、そのとき考えるよ」


「随分面倒じゃな」


「今さらだろ」


俺たちは橋から離れるように川沿いを下流へ向かった。しかし、しばらく歩いても渡れそうな場所を見つけることはできなかった。


「この川、どうやって渡ろうか」


「転移すればよいのではないか?」


「……あ」


セレスが呆れたように俺の肩を前脚で叩く。


「まあ、使い慣れておらんのだから、分からんでもないがな」


「いや、逃げるときにしか使ってなかったからさ」


そう言いながら、向こう岸へ目を向ける。川幅はあるが、これまで兵から逃げるために飛んだ距離と比べれば大したことはない。ちょうど正面に大きな岩があり、その脇なら足場も平らそうだった。


「あの岩の横でいいか」


「わしに聞くな。飛ぶのはお前じゃ」


「落ちても知らないぞ」


「なぜ失敗する前提なのじゃ」


肩に乗っているセレスが爪を立てたので、俺は苦笑しながら向こう岸を見直した。


俺は岩の脇へ意識を向け、魔力を動かした。


足元の感覚がふっと消え、次の瞬間には川の音が反対側から聞こえてくる。目の前には、さっき狙った岩があった。


「よし」


一歩踏み出してから振り返った。川を挟んだ向こうに、今まで立っていた場所が見える。


セレスも肩の上からそちらを見ていた。


「これなら、わざわざ橋を探す必要もなかったのう」


「先に言ってくれよ」


「川を見た時点で思いつくと思うじゃろ」


「だから、まだ慣れてないんだって」


俺にとって転移は、王城を逃げ出したときも、そのあと兵に追われたときも、逃げるために使う魔法だった。こんなふうに移動に使うなんて、今まで考えもしなかった。


俺はもう一度、向こう岸までの距離を見る。


「なあ、セレス」


「なんじゃ?」


「転移って、どのくらい遠くまで行けるんだ?」


「さてな」


「お前が教えた魔法だろ」


「転移については知っておる。じゃが、今その力を持っておるのはお前じゃ。わしと同じだけ使えるとは限らん」


王城から逃げたときは、思ったほど遠くへ飛べなかった。それでも、あのときは初めて使った上に、どこへ出るかもろくに考える余裕がなかった。兵に追われたときも、目に見える場所へ何度か飛んだだけだ。


どこまで届くのかは、一度も試していない。


「もっと遠くまで飛べるなら、アルディアまで行くのも楽になるよな」


「うまく使えればの」


「何だよ、その言い方」


「以前、木にぶつかりかけたのは誰じゃったかのう」


「あれは急いでたんだよ」


「急いでおらねば上手くいくというなら、試してみればよかろう」


俺は少し考えてから頷いた。


アルディアへ向かうなら、これからも街道や橋を避けることになる。転移を移動に使えるなら、わざわざ何時間もかけて迂回する必要はなくなるかもしれない。


ただ、ここは橋からそれほど離れていない。さっきの兵たちが巡回に来る可能性もある。試すなら、もう少し人のいない場所へ行った方がいい。


「少し森の奥へ行こう」


「転移を試すのか?」


「ああ。どうせ使うなら、どこまで飛べるのか知っておきたい」


「それがよかろう」


川を離れ、再び森の中へ入った。


しばらく歩くと、木々が途切れ、その先に小高い丘が見えてきた。丘の上には一本だけ大きな木が立っている。


俺は足を止めた。


さっき川を渡った距離とは比べものにならない。それでも、木の形までははっきり見える。


「セレス」


「なんじゃ?」


「あそこまで飛べると思うか?」


セレスも丘の上を見た。


「やってみれば分かるじゃろ」


「そんなに簡単に言うなよ」


「簡単とは言っておらん」


俺はもう一度、丘の上の木を見る。


「……やってみるか」


今までよりずっと遠い場所を意識して、俺は魔力を動かした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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