第27話 アルディア
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ダリウスたちと別れてから、俺とセレスは街道へ戻らず、そのまま日が傾くまで歩いた。
左肩に乗っていたセレスが、不意に木立の奥へ顔を向けた。
「アルト。あの辺りはどうじゃ?」
見れば、木々の間が少し開けている。近くに人家らしいものもなく、野営するには悪くなさそうだった。
「あそこでいいか」
木立へ入り、周囲をひと通り確かめてから背嚢を下ろす。セレスも俺の肩から飛び降りると、枯れ葉の上を歩き回り始めた。
「今日は随分歩いたのう」
「ダリウスたちと一緒にいた分、あんまり進めなかったからな」
「助けた上に、送り届けるところまで付き合ったのじゃ。当然じゃろう」
「別に後悔してないよ」
「そうは言っておらん」
俺は背嚢を開きながら、セレスをちらりと見る。
「じゃあ何だよ」
「お前は相変わらずじゃと思っただけじゃ」
「……何だそれ」
セレスは答えず、近くに落ちていた枯れ枝を前脚で転がした。俺もそれ以上聞かず、火を起こすための枝を拾い始める。
何本か集めたところで、セレスが言った。
「そういえば、あの商人。困ったら商会を頼れと言っておったな」
「ダリウスさんか。ああ」
「頼るのか?」
枝を拾い上げたまま、少し考える。
「……今はやめとく」
あれがただの社交辞令だったとは思わない。ダリウスは俺たちを検問から庇ってくれたし、最後まで余計なことも聞かなかった。
それでも、商会にはダリウス以外の人間もいる。俺がどこかの店に顔を出したことが、巡り巡って兵士へ伝わらないとも限らない。
「せっかく頼れと言われたのにか?」
「ダリウスさんを疑ってるわけじゃないよ。ただ、今の俺が商会に出入りするのは危ないだろ」
「ふむ」
セレスはそれ以上何も言わなかった。
俺は集めた枝を一か所へ置き、もう一度周囲を見回す。
「それで?」
「ん?」
「商会を頼らぬのなら、これからどうするのじゃ?」
俺は枝を薪の山へ放り、腰を下ろした。
王都から逃げたばかりの頃にも、同じことを聞かれた。あのときは、何も答えられなかった。
戻る場所もなければ、行きたい場所もない。ただ追手から離れなければならなくて、その日をどうするかだけ考えていた。
今だって、追われていることに変わりはない。
「このままずっと逃げてるだけじゃ駄目だと思う」
セレスが首を傾ける。
「追われておるのだから、逃げるしかなかろう」
「それは分かってるよ。俺だって捕まりたくはないよ」
俺は膝を立て、その上に腕を乗せた。
追手を避けなきゃならないのは変わらない。けれど、ただ逃げ続けていたって、どうしてセレスの力が俺に移ったのかは分からない。
「なあ、セレス」
「何じゃ」
「俺って、勇者なんだよな」
セレスが黙った。
「……今更、何を言っておる。わしを倒しておいて、今になって自信がなくなったのか?」
「そういう意味じゃないって」
俺が勝手に勇者を名乗ったわけじゃない。国に選ばれたわけでもない。女神の神託があって、教会の鑑定で勇者だと認められた。
それからずっと、勇者として生きてきた。
「なのにさ。なんで俺の中に、お前の力があるんだろうな」
セレスはしばらく俺を見ていた。
「転生の秘術が失敗したからじゃないのか?」
「それは分かってる。でも、なんで俺だったんだろうってことだよ。何でよりによって俺なんだよ」
「それは……」
「お前、こうなることを分かってたのか?」
「んなわけないじゃろ。分かってたら使わんわ」
「だよな」
ただ巻き込まれただけなのかもしれない。でも、それで済ませて、このまま逃げ続ける気にはなれなかった。
「俺が勇者だって分かったときのこと、もう一度調べられないかなって思ってる」
「それなら教会に聞けばよかろう。お前を勇者だと認めたのは、そやつらなのだろう?」
「今の俺が教会に行ったら、話を聞いてもらう前に捕まるだろ」
セレスが少し間を置いてから頷いた。
「まあ、そうじゃろうな」
「どこの教会だって、手配が回ってないとは思えない」
教会の人間が全員敵だとは思っていない。それでも、今の俺が確かめに行ける場所じゃなかった。
ただ、今の俺が正面から名乗って頼れる場所ではないことだけは確かだ。
「なら、どうする?」
「教会じゃなくても、当時のことを知ってる場所はある」
「どこじゃ?」
「アルディア」
「何じゃ、それは」
「街の名前。俺が育ったところだよ」
セレスがこちらへ顔を向ける。
「両親が死んだあと、そこの孤児院で暮らしてた。俺が勇者だって分かったのも、そこだった」
勇者だと認められたあと、俺は孤児院を離れた。当時の記録が残っているなら、何か分かるかもしれない。
「孤児院に何か残ってるかもしれない。当時のことを知ってる人がいるかもしれないし」
「昔の話なのじゃろう?」
「まあな。でも、何もないよりはいい」
セレスは少し考えたあと、こちらへ向き直った。
「しかし、お前が育った場所ということは、お前の顔を知っている者もおるのではないか?」
「いるだろうな」
「それは危険に首を突っ込むようなものではないのか?」
「分かってる」
アルディアは遠い。ここからなら、街道を普通に進んでも何日もかかるだろうし、俺たちは検問や人の多い町を避けなくちゃならない。
着いたところで、何か分かる保証もない。
それでも、何もせずに逃げ続けるよりはいい。今はそう思えた。
「このまま逃げてても埒があかないだろ」
「それはそうじゃが……本当に行くつもりなのじゃな」
「ああ」
「何も見つからぬかもしれんぞ」
「そのときは、そのときだよ」
「まあ、好きにせい。どうせわしも、お前から離れるわけにはいかんからの」
「悪いな」
「今更じゃろ」
話しているうちに辺りはだいぶ暗くなっていて、木々の間から差し込んでいた夕日もほとんど残っていない。
俺はさっき拾った枝を一か所にまとめる。枝を何本か折り、乾いた葉と細い枝をその下へ押し込む。セレスはその様子を少し離れたところから眺めていた。
「明日は早めに出るぞ」
「アルディアとやらは遠いのか?」
「ここからだと、かなりある。街道を使えないから、結構かかるだろうな」
乾いた葉に火をつけ、息を吹きかけながら細い枝を足していく。やがて火は太い枝へ燃え移った。
ぱち、と枝が爆ぜた。
ようやく火が安定したところで、俺はその前に腰を下ろした。
炎を見ながら道順を考えていると、セレスが横から言った。
「一つだけ、言っておくぞ」
「何?」
「お前が自分の育った場所を思いつくなら、追っておる連中も同じことを考えるだろう」
俺は返事をせず、しばらく火を見ていた。
それくらいは分かっている。
それでも――。
「アルディアに行く」
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