幕間2-1 魔王討伐、その先
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カリュドリア王国の王城、その一室では、アルトの捜索についての報告が続いていた。
「王都の北西、街道沿いの村で、それらしい少年を見たとの報告がありました。王都から向かった騎兵が追跡しましたが、森へ入ったところで見失っております」
軍務官の言葉を聞き、レオルドは机の上に広げられた地図へ目を落とした。
王都から北西へ延びる街道。その先には国境があり、さらに進めば魔族領へ続いている。
「本人だと確認できたのか?」
「いいえ。年頃と髪の色が一致する程度です。ただ、騎兵を見るなり逃走したとのことですので、可能性は高いかと」
「その後は?」
「街道から外れたようです。周辺の村と宿場には通達を回し、主要な道では検問を始めています。国境へつながる街道にも同様の指示を出しております」
「手配書は届いているのか?」
「主要な町と関所には送っております。ただ、すべての村へ行き渡るにはまだ時間がかかります。小さな村には、十六歳前後の黒髪の少年という特徴を先に伝えております」
「王都や前線でアルトの顔を知る兵は?」
「主要な分岐と大きな宿場へ何人か回しております。ただ、すべての道を押さえるほどの人数は割けません。脇道まで含めれば、抜けられる場所はいくらでもあります」
「なら、街道だけを見て安心するな。水場や村へ入れば、どこかで人の目には触れる」
軍務官が頷いた。
アルトが王城から逃げ出してから、すでに数日が経っている。最初は王都周辺を中心に出していた騎兵も、今ではかなり広い範囲まで散っていた。
「発見した兵には、無理に戦わせるな」
軍務官が顔を上げる。
「アルトは数人で取り押さえられるような相手ではない。居場所を確認し、逃げ道を押さえた上で増援を呼べ」
「承知しております」
「それがよいと思います」
隣に座っていたルシエラが口を開いた。
「あの者がどこまで魔王の力を扱えるのかは、わたくしにも分かりません」
軍務官は頷き、手元の書類を一枚めくった。
「各国にもすでに通達を出しております。国境を越えた場合には、発見次第こちらへ知らせるよう協力を求めています」
「返答は?」
「まだすべてではありませんが、今のところ協力を拒む国はございません」
各国へ伝えたのは、勇者アルトの身体を奪った魔王が逃亡したという話だ。それなら、協力を拒む理由もないだろう。
北西へ向かったのが事実なら、その先には魔族領がある。
だが、レオルドの知るアルトが、自分から魔族の側へ向かうとは考えにくかった。あれほどのことがあったあとで、今のアルトが何を考えているのかまでは分からないが。
「北西方面の街道は、明朝出立する新編部隊の進路とも重なります。そちらにも捜索への協力を――」
「待て」
レオルドは顔を上げた。
「新編部隊?」
「はい。前線へ送る部隊です」
「前線の補充か?」
「いえ。魔族領への進軍に備えた増援と聞いております」
「進軍?」
「魔王城は陥落し、魔族側も大きな損害を受けております。新たな魔王も、今は人族領内を逃亡中です」
「魔王城は落としたんだぞ」
「はい。しかし、魔族どもがすべて滅びたわけではありません」
「それは分かっている。だが、残党を片づけるために新しく部隊を編成する必要があるのか?」
「むしろ今だからこそです。魔王を失い、敵の統制は乱れております。この機を逃さず戦線を押し上げ、残る拠点を落とすべきだと前線軍は判断しております」
「拠点を……?」
ここで手を緩めれば、魔族側で新たな指導者が立つかもしれません。三十五年続いた戦を、今度こそ終わらせるためにも、禍根を残すべきではないとの意見が大勢です」
「それは軍だけの意見か?」
「いいえ。今こそ戦果を確かなものにすべきだと、一部の諸侯からも意見が出ています。教会からも、魔族側が立て直す前に聖樹の地へ続く道を確保すべきだという声があると」
ルシエラが軍務官を見る。
「教会から?」
「はい。ただ、正式な要請として届いているものではありません」
レオルドは軍務官へ視線を戻した。
「誰の決定だ」
「前線軍からの要請を受け、昨日、陛下の裁可が下りました」
父上が。
「なぜ私は知らなかった?」
「殿下が王都へ戻られてからは、新たな魔王への対応が優先されておりましたので。前線の軍務については、その間も軍議で進められております」
軍務官は、追加の兵と物資が数日に分けて王都を発つ予定だと説明した。諸国との連絡も進んでおり、前線で合流する部隊もあるという。
報告を終えた軍務官が退出すると、ルシエラが口を開いた。
「殿下も、ご存じなかったのですね」
「ああ」
レオルドは椅子へ座り直した。
「魔王を倒せば、戦争は終わると思っていた」
「わたくしもです」
前線でも、同じ言葉を何度も聞いた。魔王討伐へ向かう途中、前線の兵たちも何度も口にしていた。魔王さえ倒せば帰れる。長く続いた戦争が、ようやく終わるのだと。
戦争が終われば、疲弊した土地を立て直し、兵を故郷へ帰さなければならない。人族諸国との関係も、戦時のままではいられない。
そして、その先頭に立つのは自分だと思っていた。
「アルトの件が片づけば、次は戦後の話になるはずだった」
ルシエラは先ほど軍務官が置いていった書類を見る。
「陛下には、別のお考えがあるのでしょうか」
「分からない。だが、父上が意味もなく兵を動かすとは思えない」
「では、何のために?」
レオルドは答えられなかった。
◇
翌朝。
王都の門から、新しく編成された部隊が出ていった。
レオルドとルシエラは城壁の上から、その列を見ていた。武装した兵の後ろには、食料や武具を積んだ荷馬車が続いている。
昨日の軍務官も二人のそばにいた。
「あれで全部か?」
「本日は、です。明日以降も順次出立します」
「まだ出すのか」
「はい。それと、他国からの増援も前線で合流する予定です」
ルシエラが軍務官を見る。
「他国からも?」
「すでにいくつかの国から返答が届いております。追加の兵や物資を出す国もあるとのことです」
城門を抜けた兵の列は、北西へ延びる街道を進んでいく。
その先にあるのは、アルトを探している地域でもあり、三十五年戦い続けてきた魔族領でもあった。
「魔王は倒れたんだ」
レオルドが言った。
ルシエラは何も答えなかった。
それでも軍は、魔族領へ向かっていた。
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