第26話 検問
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村が見えてきたのは、日が傾き始めた頃だった。
街道の先に木の柵が続き、その向こうにいくつもの屋根が見える。昨日立ち寄った村よりずっと大きく、道幅も荷馬車が二台すれ違えるくらいある。
荷台ではガレスが横になったまま、ミレアが時折傷の様子を確かめていた。
「アルト」
肩の上から小さな声がした。
「もう村は見えておる。ここまででよいのではないか?」
セレスの言うことはもっともだった。ここまで来れば、渡り鴉もいる。ガレスを治療できるところまで運ぶのに、俺がついていく必要はない。
「この辺りで別れれば、余計な人間に顔を見られずに済むぞ」
「……村までは行くよ」
「なぜじゃ?」
ガレスを乗せた荷馬車に目をやる。
「ここまで来たんだ。ちゃんと治療してもらえるところまでは見届けたい」
「そうか」
セレスはそれ以上何も言わなかった。
村まであと少しというところで、前を歩いていたロルフが足を緩めた。
道の先に兵がいる。
四人ほどだろうか。村の入口近くに立ち、入っていく旅人や荷馬車を止めて話を聞いていた。
王国兵だった。
「朝はいなかったな」
御者の隣に座っていたダリウスが呟く。
俺は道の脇へ目をやった。今なら街道を外れて森へ入れる。ただ、もう兵たちからも商隊は見えている。ここで俺だけ離れれば、それこそ目立ってしまう。
「どうする?」
セレスが耳元で囁いた。
「……このまま行く」
セレスを外套の中へ入れ、俺は荷馬車の横へ少し寄った。
ダリウスが一度振り返った。俺を見たあと、視線を兵の方へ向けるが、何も言わずにまた前を向く。
やがて荷馬車が検問の前で止められた。
「どこの商隊だ?」
ダリウスは御者台から降りると、兵の方へ歩いていった。
「ヴァルナー商会だよ。今朝この村を出たばかりなんだが、灰牙狼に襲われてね。怪我人が出たんで戻ってきた」
ダリウスが荷台を指すと、兵の一人が荷馬車の後ろへ回り、中を覗き込んだ。
「ひどいのか?」
「腕と脇腹をやられてる。血は止まってきたが、早いところ診てもらいたい」
兵は頷き、荷馬車の周りへ目を向けた。ロルフたちの傷を順に見たあと、その視線が俺のところで止まる。
「そっちの若いのも護衛か?」
「そうだよ」
え?
思わずダリウスを見る。
けれど、ダリウスはこちらを見もしない。
兵は俺をしばらく眺め、腰の剣にも目をやったが、それ以上は何も聞かなかった。
「荷も見せてもらうぞ」
「構わんよ。ただ、こっちは怪我人を抱えてるんだ。できれば手短に頼む」
ダリウスは普段と変わらない調子で話しながら、荷台の端にあった小さな包みを取った。
「ご苦労さん。干し果物だ。休憩の時にでもみんなで食べてくれ」
「……気を遣わなくていいんだがな」
「売れ残りだよ。持って帰るより食ってもらった方がいい」
兵は苦笑しながら包みを受け取った。
別の兵が積荷をざっと確認している間も、ダリウスは村の道の具合や今日の人通りについて世間話をしていた。俺の方へ話が戻ることはなく、やがて荷台を見ていた兵が顔を出す。
「もういい。通ってくれ」
荷馬車が動き出す。
兵の横を通り過ぎるまで、俺は前だけを見て歩いた。
村へ入ると、朝出ていった商隊が戻ってきたのが珍しいのか、道沿いの人たちが次々にこちらを見る。
「どうしたんだ?」
「灰牙狼にやられたらしい」
「朝出たばっかりじゃなかったか?」
そんな声を背中で聞きながら、ガレスは村の治療所へ運ばれた。
治癒師が傷を診たところ、数日は動かさない方がいいが、命に別状はないという。ロルフが大きく息を吐き、ミレアもようやくガレスのそばを離れた。
ガレスの無事を確認して、俺も治療所を出た。
外へ出ると、もう日はかなり低い。
「今から出る気か?」
宿の前でダリウスに声をかけられた。
「そのつもりでしたけど」
「やめとけ。もうすぐ暗くなる。部屋なら空いてるそうだし、今日は泊まっていけ」
俺は少し迷ったが、門には王国兵もいる。今から村を出て野営場所を探す気にもなれなかった。
「……じゃあ、そうします」
「そうしろ。その方がいい」
宿で食事を済ませ、部屋へ戻る前に外へ出ると、厩のそばにダリウスがいた。灰牙狼にぶつかられた荷馬車の側面を見ながら、傷んだ板を指でなぞっている。
「結構やられてますね」
「これくらいなら直せるさ。荷もほとんど無事だったしな」
ダリウスが振り返った。
「それより、お前さん」
「はい?」
「追われてるのか?」
反射的に剣へ手が伸びた。
ダリウスが両手を上げる。
「おいおい、勘違いすんなよ。俺が命の恩人を売るような奴に見えるか?」
「……」
「まあ、何だか知らんが事情があるんだろ。何があったのかまで聞く気はないさ」
剣から手を離した。
「……それでいいんですか?」
「聞いたら話すのか?」
「……」
ダリウスは小さく笑った。
「俺たちは助けてもらった。俺にはこれだけで十分だ」
何と返せばいいのか分からなかった。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ」
ダリウスは荷馬車の傷へ目を戻したが、少ししてまた口を開いた。
「そうだ。何か困ったことがあったら、ヴァルナー商会を訪ねてくれ」
「商会を?」
「これでも結構手広くやってる方なんだ。大きめの町なら、うちの店か取引のある商人くらいはいる。俺の名前を出せば、話くらいは聞いてもらえる」
「……どうして、そこまで」
「借りを作ったままにしとくのが嫌いなんだよ」
ダリウスは荷馬車から背を離した。
「まあ、品物をただでやるとは言ってないからな」
「そこは取るんですね」
「当たり前だろ。商人だぞ」
◇
翌朝、ガレスはまだ起き上がれなかったが、顔色は昨日より良くなっていた。
出発前に顔を出すと、寝台の上から昨日よりもしっかりした声で呼び止められた。
「今度会ったら、ちゃんと礼をさせてくれ」
「その前に、早く治してください」
ガレスが笑うと、そばにいたロルフもつられて笑った。
渡り鴉とダリウスたちは、しばらく村に残るらしい。
「昨日は助かった。またどこかでな」
ロルフと握手を交わし、俺は背嚢を背負った。
村の入口まで見送りに来たダリウスが、別れ際にもう一度言う。
「困ったらヴァルナー商会だ。忘れるなよ」
「……分かりました」
結局、最後まで名前は教えなかった。それでもダリウスは、もう一度聞こうとはしなかった。
村を離れてしばらく歩き、人の姿が見えなくなったところで、セレスが外套から肩へ這い出してきた。
「お前、人族を信用できぬのではなかったのか?」
「……今も、よく分からないよ」
「なら、なぜあやつらを助けた?」
少し考えてから答えた。
「信用できるかは分からない。でも、それで見捨てるのは違うだろ」
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