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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第2章

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第25話 ヴァルナー商会

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「なあ、あんた、名前は?」


そう聞かれて、すぐには答えられなかった。


答えかけたところで、前に荷車を押した男のことを思い出した。あの男は何も悪くなかったが、俺の名前は兵まで伝わった。目の前の商人も俺を売るつもりなんてないのかもしれない。それでも、この先どこで誰に俺の話をするかまでは分からない。


黙ったままでいると、商人は少しだけ首を傾げた。だが、すぐに何か思い出したように笑った。


「そうだな。人の名を聞くのならまずは自分からだよな」


商人は自分の胸に手を当てた。


「俺はダリウス・ヴァルナー。ヴァルナー商会ってのをやってる」


「……どうも」


それでも、俺は自分の名前を言えなかった。


ダリウスは少し待ったが、やがて肩をすくめる。


「まあ、人それぞれ事情ってもんがあるわな」


「すみません」


「謝ることでもないだろ」


ダリウスはあっさりそう言うと、倒れている護衛の方へ目を向けた。


ちょうど、さっきまで剣を持って戦っていた男がこちらへ歩いてくる。腕から血を流しているが、自分で歩ける程度らしい。


「改めて礼を言わせてくれ。助かった」


「いえ。それより、あの人を」


「ああ。ガレスだ」


男は倒れている仲間のそばへしゃがむと、荷馬車の向こうへ声を張った。


「ミレア、こっちを見てくれ! ネリオは周りを頼む。ユルク、馬の方を見てやってくれ」


荷馬車の反対側から女がこちらへ駆けてきた。弓を背負った男は周囲を確かめに向かい、槍を持った男は馬の方へ向かう。


弓を背負った男は頬に浅い傷があり、槍を持った男の袖も爪で裂かれている。女の服には泥がつき、呼吸もまだ少し荒かった。


その女――ミレアがガレスの横へ膝をつき、俺が当てた布をめくりすぎないように傷を確かめる。


「血はかなり止まってる。でも傷が深い。このまま旅を続けるのは無理ね」


「治せそうか?」


「私には無理。ちゃんと診てもらわないと」


剣を持った男は渋い顔で頷き、俺を振り返った。


「俺はロルフ。渡り鴉って冒険者パーティーのリーダーだ。ダリウスさんに雇われて護衛をしてる」


ロルフはそう言って、自分の腕の傷を見た。


「護衛なのに、逆に助けられちまったな」


「そんなこと――」


「いや、助かったのは本当だ。そこは礼を言わせてくれ」


しばらくして、弓を持った男が戻ってきた。


「近くにはいない。足跡も、この五頭のものだけみたいだ」


「分かった。ネリオ、悪いがもう少し警戒しててくれ」


槍を持ったユルクも馬の脚や腹を確かめ、「こっちも怪我はなさそうだ」と御者に伝えている。馬はまだ落ち着かない様子だったが、さっきのように暴れることはなくなっていた。


そのとき、ガレスが小さく声を漏らした。


「ガレス?」


ミレアが顔を覗き込むと、ガレスは薄く目を開けた。しばらく焦点が合わない様子だったが、やがて俺の方を見る。


「……あんたが、助けてくれたのか」


「まだ喋らない方がいいですよ。血は止まりかけてますけど、傷は深いみたいです」


「そう、か……悪いな」


「礼は元気になってからにしろ」


ロルフがそう言うと、ガレスは目を閉じた。


ダリウスは荷台とガレスを交互に見てから、御者へ声をかける。


「荷を少し寄せれば寝かせられるか?」


「ええ、何とかします」


「頼む」


それからロルフたちの方へ向き直った。


「今朝出た村まで戻ろう。ここからなら、そう遠くない」


「戻る?」


「俺たちは今朝そこを出たばかりなんだ。宿もあるし、怪我を診てもらえるところもある。ガレスをこのまま連れ回すよりいい」


商隊にとっては引き返すことになるらしいが、俺たちが進もうとしていたのはそちらだ。


「お前さんはどっちへ行くつもりだったんだ?」


俺が道の先を指すと、ダリウスが笑った。


「なら同じだな。村まで一緒に行こうや」


断る理由を考えていると、肩の上でセレスがわずかに動いた。


それに気づいたダリウスが俺の肩を見た。


「そういや、さっきから気になってたんだが……そいつは何だ?」


「え?」


「黒い蜥蜴だよ。従魔か?」


「従魔?」


言われて肩を見る。


そう言えば、セレスを肩に乗せたままだった。戦っている間にすっかり忘れていた。


しくじった。


けれど――従魔か。


「……まあ、そんな感じです」


ロルフも俺の肩へ目を向けた。


「俺も今気づいた。全然気づかなかったな」


「そうですか」


「まあ、そんな余裕もないよな」


「しかし、あれほどの剣の腕前で、魔法まで使えて、おまけに従魔連れか。冒険者じゃないって言ってたが、随分変わった旅人だな」


「そうですかね……」


その間に、渡り鴉の面々と商会の者たちが出発の準備を進めていた。ガレスは空けた荷台へ寝かされ、ミレアがそばにつく。ネリオは弓を手に周囲を一度見回してから荷馬車の後ろへ回り、ユルクは落ち着きを取り戻した馬の様子を確かめている。


ダリウスも商会の男にいくつか指示を出し、準備が整ったところで御者台を軽く叩いた。


「よし。急ぐぞ」


準備の邪魔にならないよう道端へ避けると、ダリウスに呼び止められた。


「待った。これ、持っていけ」


ダリウスが荷台から小さな包みを取って放ってくる。受け取ると、中には硬そうなパンと干し肉が入っていた。


「いや、俺は――」


「いいから取っとけ。命を助けてもらって、何もなしじゃ俺の方が気持ち悪い」


「でも」


「商人相手に遠慮するな。こっちは損得にはうるさいんだ。これくらいじゃ全然足りん」


そこまで言われて返すのも面倒になり、背嚢(はいのう)へ入れる。


「……ありがとうございます」


「それでいい。お前さんも歩きで問題ないよな」


ダリウスは満足そうにそう言うと、先に荷馬車の方へ戻っていった。


包みを背嚢へしまったが、さっき名前を言わなかったことを後悔する気にはならなかった。


荷馬車の車輪がゆっくり回り始める。ロルフが先頭へ回り、ネリオは後ろ、ユルクは馬の横についた。


俺も背嚢を背負い直し、荷馬車の横へ並んだ。


商隊は来た道を引き返しているが、俺たちにとってはこのまま先へ進む道だ。しばらく歩いたところで、セレスが俺の耳元へ口を寄せる。


「結局、こやつらと一緒に行くのか?」


「行く方向が同じなんだから、別にいいだろ」


「そうか」


「何だよ」


「何も言っておらん」


セレスはそれきり前を向いた。


前を行く荷馬車から、ダリウスがこちらを振り返る。


「村まではそう遠くないぞ。宿もある。着いたら今日はゆっくり休んでいけばいい」


「……考えておきます」


「まあ、着いてから決めればいいさ」


ダリウスが前を向くと、肩の上のセレスがこちらを見た。


「泊まるのか?」


「……まだ決めてない」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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