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魔王を倒した勇者の俺、今度は魔王として国に追われています ~相棒になった黒蜥蜴は元魔王です~  作者: 椎井 たける
第2章

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第23話 逃亡者と黒蜥蜴

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

轍のない細い道を選んでから、二時間ほど歩いただろうか。


森を抜けると、緩やかな斜面の下に小さな村が見えてきた。畑と十数軒の家を囲むように丸太の柵が巡らされ、道に面したところには簡単な木の門がある。


俺はそのまま道を進まず、木立の端で足を止めた。


「入らんのか?」


胸元からセレスが聞いてくる。


「ちょっと待って」


畑には何人か人が出ていて、柵の内側からは子供の声も聞こえる。開いたままの門を出入りする村人はいるが、兵らしい姿は見当たらなかった。


しばらく眺めていると、セレスが外套の中で身体を動かした。


「いつまで見ておるんじゃ」


「兵がいないか確かめてるんだよ」


「先ほど追い回されたばかりじゃからな」


「そういうこと」


もう少し待ったが、王国兵がいる様子はない。俺は木立から出て村へ向かい、見張りのいない門をくぐった。


村の中へ入ると、畑から戻ってきたらしい男とすれ違った。男はこちらを一度見ただけで、そのまま家の方へ歩いていく。


それだけのことなのに、少し気になって振り返った。


男は俺のことなど気にした様子もなく、家の前に置かれた桶を持ち上げている。


「……何じゃ?」


「何でもない」


店らしい建物はなかったが、一軒の家の軒先に野菜や干した果物が籠へ入れて並べられていた。近くまで行くと、家の中から年配の女が出てくる。


「旅の人かい?」


「はい。食べ物を少し買いたいんですけど」


「ああ、いいよ。大したものはないけどね」


女が籠を指した。


黒パンと干し肉、それから干した果物をいくつか選ぶ。値段を聞いて硬貨を取り出すと、女は俺の手の中をちらりと見てから代金を受け取った。


「一人で旅してるのかい?」


「……まあ」


「若いのに大変だねえ。どこまで行くんだい?」


「まだ決めてないです」


「決めてない?」


女が笑った。


「若いってのは良いね。でも、この先はしばらく小さい村ばかりだから、必要なものがあるならここで持っていった方がいいよ」


「ありがとうございます」


ただの世間話だと分かっているのに、何のために行き先を聞いたんだろうと考えてしまった。


女は代金をしまうと、横にあった籠から赤い実を二つ取り出した。見るとどちらも表面に小さな傷がある。


「これも持っていきな」


差し出されても、すぐには手が動かなかった。


女が俺の顔を見る。


「いらないのかい?」


「いや……もらっていいんですか?」


「傷があるから売り物にならないんだよ。味は変わらないから、旅の途中で食べればいい」


「あ、ありがとうございます」


受け取ると、女はもう俺には構わず、軒先の籠を並べ直し始めた。


俺は買ったものを背嚢へしまい、村を出た。


門を抜けてしばらく歩き、人影がなくなったところでセレスが外套から這い出してきた。肩まで上がると、俺が手に持っている実を見る。


「それ、食わんのか?」


「食べるよ」


「先ほどからずっと持っておるではないか」


俺は手の中の実を見る。


傷んでいるのは表面だけで、変な匂いもしない。


「……先ほどの女まで疑っておったのか?」


「疑ってたっていうか」


「すぐに受け取らなかったじゃろ」


図星だった。


実の傷を親指でなぞりながら歩く。


「仕方ないだろ」


「何がじゃ」


「だって、分からないだろ。本当は何を考えてるのか」


セレスは何も言わなかった。


「道を教えてくれた人だって、悪気はなかった。でも、その人から聞いた話で兵が追ってきた。さっきの人だって、ただ親切で実をくれただけなのかもしれないけど……」


そこまで言って口を閉じた。あの女は代金を受け取って、売り物にならない実を二つくれただけなのに。


「じゃが、食うんじゃろ?」


「食うよ」


「なら一つよこせ」


「何でだよ」


「二つあるではないか」


セレスが肩の上から手元へ前脚を伸ばしてくる。


「お前、その身体で一個食えるのか?」


「わしを誰だと思っておる」


「元魔王と食べる量は関係ないだろ」


セレスがしつこく前脚を伸ばしてくるので、一つ渡した。


抱えるようにして実を受け取ったセレスが、その場で皮ごと齧る。


「……少し酸っぱいのう」


「もらったものに文句言うなよ」


俺も残った方を齧った。


確かに少し酸っぱい。それでも、ずっと保存食ばかり食べていたせいか、思っていたよりうまかった。


しばらく道なりに進んだところで、森の中を流れる沢が見えてきた。日もかなり傾いている。


「暗くなる前に、寝られる場所を探した方がいいな」


「この辺りは低い。もう少し先へ行った方がよかろう」


「何で?」


「沢が近いじゃろ。夜になれば湿る」


俺は周囲を見回した。


「じゃあ、もう少し行くか」


それから三十分ほど歩き、少し高くなった場所で野営することにした。


枯れ枝を集めて火を起こし、村で買った黒パンと干し肉を取り出す。セレスも外套から出てきて、火のそばに陣取った。


干し肉を切り分けていると、横からセレスが覗き込む。


「またそれか」


「今日買ったばかりだぞ」


「そうではない。また干し肉なのかと言っておる」


「保存できるものを買ったんだから仕方ないだろ」


「たまには焼いた肉でも食いたいのう」


「町や宿場を避けようって言ってるのに、どこで食うんだよ」


「何か狩ればよかろう」


「簡単に言うな。食べられる獲物が都合よく出てくるとは限らないだろ」


セレスは不満そうだったが、それでも渡した干し肉は受け取り齧り始めた。


火の向こうで小さな口を動かしている姿を眺めていると、昼間の村のことを思い出した。


「あの人、本当に何もなかったんだよな」


「誰じゃ?」


「村の人。実をくれた人」


「ああ」


「普通に親切にしてくれただけだった」


セレスは干し肉を噛みながら、こちらを見る。


「だから何じゃ?」


「……いや」


少し考えてから、黒パンをちぎった。


「俺、ああいうのまで疑うようになったんだなと思って」


「では、次に同じことがあれば何も疑わず受け取るのか?」


すぐには答えられなかった。


「それは……分からない」


「なら、それでよかろう」


「いいのかよ」


「わしに聞くな。人族のことじゃろう」


「適当だな」


「人族のことを、わしに聞く方が間違っておる」


そう言って、セレスは残っていた干し肉を勝手に取った。


「それ俺の分だぞ」


「もうわしのじゃ」


「勝手に決めるなよ」


取り返そうとすると、セレスは肉を咥えたまま火の向こうへ逃げた。


黒蜥蜴相手に何をやっているんだと思いながらも、結局その日は残ったパンだけで腹を満たした。


翌朝。


火を消して野営の跡を片付け、昨日見つけた細い道を進んだ。


森の中はまだ薄暗く、朝露で濡れた葉がところどころ光っている。セレスは外套の中に入り、俺も周囲に人の気配がないか確かめながら歩いていた。


しばらくすると前方から馬のいななきが聞こえ、続いて何かが激しくぶつかる音がした。


俺は足を止める。


「何じゃ?」


セレスが胸元から顔を出した直後、森の向こうから男の叫び声が響いた。


「誰か! 助けてくれ!」


俺は声のした方を見た。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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