第21話 新たな魔王
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街道からさらに離れてしばらく進むと、木立の間に細い道が見えてきた。
人や荷車が通った跡はあるが、さっきまで歩いていた街道とは比べものにならないほど狭い。このまま森の中を進み続けるよりは歩きやすそうだった。
「この道、どこに続いておるんじゃ?」
胸元からセレスが小声で聞いてくる。
「分からない。たぶん近くの村か、別の街道には出ると思うけど」
「随分頼りないのう」
「知らない土地なんだから仕方ないだろ」
道そのものは分かっても、ガイルのように地形だけで現在地まで正確に割り出せるわけじゃない。下手に森へ入り込みすぎて、方角まで分からなくなる方が困る。
「誰かいたら聞いてみるよ」
「昨日まで人を避けておった奴が言うか」
「兵じゃなければ、道を聞くくらい大丈夫だろ」
細い道を選んで歩いていると、少し先に荷車が一台停まっていた。
男が一人、しゃがみ込んで車輪の辺りを弄っている。横を通り過ぎようとしたところで、男が荷台へ肩を入れ、重そうに持ち上げようとした。
「手伝いましょうか?」
声を掛けると、男が顔を上げた。
「悪いな。車輪をはめ直したいんだ。ちょっとこっちを持ち上げてもらえるか?」
言われた通り荷台の端へ手を掛ける。男が車輪の軸を直して留め具を打ち込む間だけ持ち上げてやると、ほどなく「もういいぞ」と声が掛かった。
荷台を下ろした男は、車輪を軽く蹴って具合を確かめる。
「助かったよ。兄ちゃん、旅の途中か?」
「はい。この道がどこへ続いてるのか聞きたくて」
「ああ、それならこのまま行けば小さな村に出る。その先で東へ行く道と南へ行く道に分かれるぞ。大きな街道へ戻りたいなら東だな」
「ありがとうございます」
「今日は街道も兵隊と荷馬車ばっかりだからな。急いでないなら、こっちを通った方が歩きやすいぞ」
男は荷車に積んでいた縄を締め直しながら、こちらを見た。
「そういや、まだ名前も聞いてなかったな。兄ちゃん、何ていうんだ?」
「アルトです」
「アルト?」
男が目を丸くしたあと、笑った。
「勇者様と同じ名前じゃないか。そりゃ縁起がいいな」
何と返そうか迷っていると、後ろから荷馬車の音が近づいてきた。
御者台に座った男がこちらに気づき、片手を上げる。
「おう、まだ直してたのか」
「今終わったところだ。こっちの兄ちゃんに手伝ってもらったんだよ。アルトっていうらしいぞ。勇者様と同じ名前だ」
「勇者?」
御者の男は妙な顔をして、それから声を上げて笑った。
「お前、まだ知らねえのか。今じゃ魔王と同じ名前だぞ」
「何だそれ」
「王都の方から来た奴に聞いたんだよ。勇者アルトが魔王を倒したとき、死ぬ間際の魔王に身体を乗っ取られたんだと」
荷車の男から笑みが消えた。
「本当か?」
「王城で聖女様が見破ったって話だ。そいつが逃げ出して、今は王国が行方を探してるらしい」
俺は黙ったまま二人の話を聞いた。
「じゃあ、勇者様はどうなったんだ?」
「身体を取られたっていうなら、もう死んだようなもんじゃねえのか」
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
俺はここにいる。そう言ったところで、二人が信じるはずもない。
荷車の男が俺を見た。
「あ……悪いな。兄ちゃんもアルトって名前だったな」
「いえ」
「でもまあ、本物がわざわざアルトなんて名乗るわけねえか」
御者の男が笑う。
「そりゃそうだ。それにアルトなんて珍しい名前でもないだろ。俺の村にも一人いるぞ」
「そうなんだけどよ。ちょっと前までは勇者様と同じ名前だって喜べたのにな。今じゃ新しい魔王と同じ名前か」
男は少し気の毒そうに俺を見た。
「災難だな、兄ちゃん。親につけてもらった名前を、そんなことで変えるわけにもいかねえしな」
「……そうですね」
他に答えようがなかった。
「どんな顔なんだ?」
最初の男が聞く。
「さあ。俺もそこまでは知らねえよ。勇者様の顔なんて、王都ならともかく、こんな所じゃ知ってる奴なんてほとんどいないだろ」
「兄ちゃんも気をつけろよ」
最初の男が言った。
「勇者様の身体を乗っ取ったっていうなら、見た目じゃ分からねえんだろ? この辺まで来てるかもしれないぞ」
「はい。ありがとうございます」
俺は二人にもう一度礼を言い、教えてもらった道を進んだ。
しばらく誰もいない細道を歩いていると、胸元からセレスが顔を出す。
「随分と話が広がっておるな」
「王城じゃ、俺が魔王に乗っ取られてるかもしれないって疑われただけだったんだぞ。それなのに、もう本当のことみたいに広まってる」
セレスは外套の縁に前脚を掛けたまま、しばらく黙っていた。
「で、どうするんじゃ?」
「どうするって?」
「違うと言いたいんじゃろう」
「言えるなら言ってるよ。でも、俺が勇者本人だって言ったら、それこそ捕まるだろ」
「なら、今は黙っておくしかないのう」
「……簡単に言うなよ」
少し歩いたところで、セレスがまた口を開いた。
「しかし、お前はこれからもアルトと名乗るつもりか?」
「俺はアルトだよ」
「……まあ、好きにせい」
セレスは外套の中へ戻っていった。
道は緩やかな上りになり、木々の向こうにさっき通ってきた辺りが見える場所へ出た。
遠くから馬の蹄が聞こえ、街道の方を見ると、数騎の騎兵がこちらへ向かっていた。先頭の兵が付けている外套には、見覚えのある王国の紋章がある。
俺は木の陰へ寄り、そのまま騎兵の行方を見た。
騎兵たちは脇道へ入り、やがて、さっき俺たちが話していた男の荷車の前で馬を止めた。
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