第17話 力加減
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翌朝。
昨日、山に大穴を開けた場所からかなり離れた河原で、俺は拳ほどの大きさの石に向かって立っていた。
セレスは少し離れた岩の上に乗り、前脚で目の前の石を示した。
「最大威力はもう見た。今度は、その石を少しだけ欠けさせてみろ」
「少しだけ、か」
「うむ。昨日のように吹き飛ばすでないぞ」
言われなくても、そのつもりはない。
俺は石に右手を向け、身体の中にある大きな魔力へ意識を向ける。
力そのものを見つけるのは、もう難しくはない。問題は、そこからどれだけ引き出すかだ。
昨日より抑えるつもりで、魔力を右手へ集める。
「これくらいかな」
「撃ってみろ」
手の先から魔力を放つ。
石に当たった瞬間、乾いた音がして、細かな破片が周囲へ飛び散った。
セレスが砕けた石を見る。
「石はどうなった?」
「砕けたな」
「わしは何と言った?」
「少しだけ欠けさせろ」
「だが、石は粉々になってるがな」
「分かってるんだけどな」
昨日よりは遥かに弱いが、狙った通りではない。
別の石を選び、もう一度試す。
今度はさっきより抑えたつもりだった。
魔力を放つ。
石は、またほとんど同じように砕けた。
「……変わってないな」
「そうじゃな」
三度目はさらに意識して力を絞った。
それでも、結果は大して変わらない。さっきより少し大きな破片が残っただけで、石そのものは砕けていた。
「これでも駄目か」
「まだ強すぎる」
これだけ抑えているつもりなのに、ほとんど変わらない。だんだん腹が立ってきた。
自分の身体にある力なのに、思ったところで止められない。身体強化なら走る速さに合わせて加減できるし、剣だって相手を斬るときと受け流すときで力の入れ方は変える。
「剣なら、こんなに難しくないのに」
「剣は何年使ってきたのじゃ」
「……そうだな」
セレスが岩から下り、砕けた石の近くまで歩いてくる。
「昨日使い始めたばかりの力を、いきなり剣と同じように扱える方がおかしいわ」
「それは分かってるよ」
「なら、そんな顔をするな」
「どんな顔だよ」
「上手くいかんことが気に入らん顔じゃ」
否定しようとしてやめた。たぶん、その通りだ。
俺は別の石を拾って少し離れたところへ置いた。
「もう一回やる」
「少し休め」
「まだ大丈夫だよ」
「そういうことではない」
セレスがこちらを見上げる。
「さっきから、失敗するたびにすぐ次を撃とうとしておるじゃろ」
「できてないんだから、できるまでやるだろ」
「それがお前の普通か?」
聞かれて、俺は少し考えた。
剣も、身体強化も、魔法も、できなければ何度でもやり直してきた。魔王を倒す勇者が「できません」で済ませられるはずもなかった。できないまま訓練を終えることも、ほとんどなかった。
「……まあ、そうだな」
「面倒な奴じゃのう」
「何だよ、それ」
「取りあえず、休むぞ」
セレスはそう言って、少し先の日陰へ移動した。
「一度座れ。雑になったまま続けても意味がない」
俺もさすがに反論せず、その場に腰を下ろした。
木の葉の間から差す光が、川の水にちらちら反射している。少し休んでいると、自分でも知らないうちに肩へ力が入っていたことに気づいた。
「追手がいるんだ」
ぽつりと言うと、セレスがこちらを見る。
「何じゃ、急に」
「悠長に練習してる場合じゃない気がしてさ。剣もないし、この魔法もまともに使えない。もしまた見つかったらって思うと……」
「だから焦って山をもう一つ壊すのか?」
「壊さないよ」
「さっき石を何個砕いた?」
「……三個」
「それだけ失敗しておるのに、まだ続ける気か」
「……そうだな。ちょっと焦りすぎてたかもしれない」
しばらく川の流れを眺めてから、俺は立ち上がった。
「もう大丈夫だ。続けよう」
セレスも止めなかった。
「お前、一度引き出してから抑えようとしておらんか?」
「よく分からないけど、そうかも知れない」
「なら、それをやめろ。最初から使う分だけ出せ」
「それが難しいんだけど」
「身体強化はどうしておる」
「どうって……必要な分だけ使ってる」
「なら、同じじゃ。全力で走る必要がないときまで、毎回全力で身体強化を使ったりはせんじゃろう」
確かにそうだ。
俺は新しい石を一つ選び、右手を向けた。
砕くほどはいらない。端を少し欠けさせるだけだ。
身体の奥にある巨大な魔力全体を動かそうとせず、これまでよりもさらに絞るつもりで右手へ集め……そのまま放つ。
小さな音がして、石の端が欠けた。
狙い通りだ。
「……できた?」
セレスも近づいて、欠けた部分を確かめる。
「そうみたいじゃな」
俺は少し笑った。
「じゃが、一度できただけじゃ。次も同じようにできるとは限らんぞ」
「分かってるよ」
試しにもう一度、別の石へ撃ってみる。
今度は欠けるどころか、石が真ん中から二つに割れた。
俺とセレスはしばらくそれを見た。
「……でも、随分良くなったとは思わないか?」
「お前の目標はその程度で良いのか?」
「山に穴を開けないだけ進歩だろ」
「そこを基準にするな」
そのあとも何度か試したが、同じ威力にはなかなか揃わなかった。ただ、最初の三回のように、撃つたび石を粉々にすることはなくなった。
昼を過ぎた頃、セレスがそろそろ練習を切り上げようと言ってきた。
俺もそれに同意して、河原を離れることにした。
歩きながら、腰へ手をやる。
「それでも、剣は手に入れておきたいな」
「これだけの力があるのにか?」
「今のままじゃ、実戦では使いづらいだろ。剣なら慣れてる。それに、保存食もいるし、旅の装備も調えないとな」
「ほう。ようやくまともな飯が食えるかもしれんのう」
「そっちが先かよ」
「昨日から木の実ばかりじゃぞ」
確かに、俺も木の実はもう十分だ。
人目を避けながら、街道から少し離れたところを歩いていく。やがて森が途切れ、緩い丘の上へ出た。
セレスが肩の上で身体を起こす。
「丁度良い規模の町があるぞ」
指された方を見ると、丘の下に家々が集まっていた。王都とは比べものにならない小さな町だが、店らしい建物もいくつか見える。
王都を逃げ出してから、自分から人のいる場所へ向かうのは初めてだ。
町へ続く道には荷車が一台見え、その後ろを何人かが歩いている。人の姿を見ただけで、俺は無意識に外套の襟を直した。
「本当に行くのか?」
セレスが聞く。
「町に行かないと、何も揃わないだろ」
「まあ、そうじゃがな」
俺は町へ続く道を見下ろした。
「お前は外套の中な」
「言われんでも分かっておる」
セレスが肩から胸元へ潜り込む。
外套の上から膨らんだところを軽く押さえ、俺はもう一度町を見た。
「行こう」
俺は、町に向かって丘を下り始めた。
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