第8話 雲行きが怪しい
「再編成しろ」
マルクスは、いつもの調子でそう言った。
最初、何を言われたのか分からなかった。
俺たちは実習棟の小さな講義室にいた。
机の上には、ここ数回分の演習結果が置かれている。
薬草採取――判定:A
護衛想定――判定:A
索敵訓練――判定:S
簡易野営――判定:B
搬送訓練――判定:A
結果だけ見れば、悪くない。
いや、悪くないどころか、かなり良い方だと思う。
時間超過はない。
重大な怪我もない。
課題の未達成もない。
演習としては、全部合格している。
なのに、開口一番がそれだった。
再編成しろ。
嫌な予感しかしない。
「……再編成?」
俺が聞き返すと、マルクスは資料から顔を上げた。
「そうだ」
「俺たち、何か失敗しましたっけ」
「していない」
「じゃあ、何で」
「失敗してからでは遅いからだ」
講義室の空気が、少しだけ固まった。
ルークが椅子の背にもたれかかる。
「いやいや、待てよ。失敗してないんだろ?」
「そう言った」
「結果出してんのに、何で組み直しなんだよ」
「結果が出ているうちは、欠陥に気づきにくい」
マルクスの声は平坦だった。
怒っているわけではない。脅しているわけでもない。
ただ、そう判断したから告げている。
それが余計に嫌だった。
レオンが姿勢を正す。
「理由を聞かせてください」
「そのために呼んだ」
マルクスは机の上の資料を指で叩いた。
「ここ数回の演習結果は、どれも合格だ。時間、達成条件、安全管理。数字だけ見れば悪くない」
「なら」
ルークが口を挟みかける。
マルクスは視線だけで黙らせた。
「だが、数字は現場の全てではない」
ルークが口を閉じた。良い判断である。
「お前たちは強い」
マルクスは言った。
「剣術首席のレオン。実技上位のセレスティア。勘だけは悪くないルーク。場を見る補助術士のアレン」
「勘だけって何だよ」
ルークが小さく言った。
「褒めている」
「褒め言葉の形をしてねぇ」
この状況でマルクスに噛みつけるあたり、ルークは強い。
いや、ただの軽率かもしれないが。
「お前たちは強い」
マルクスはもう一度言った。
「だから、今は結果が出ている」
今は。
その言葉が引っかかった。
「だが、強いメンバーを集めれば、良いパーティになるわけではない」
マルクスの視線が、俺たち4人を順に見た。
レオン。セレス。ルーク。そして俺。
「率直に言う」
一拍。
「お前たちは、欠陥パーティだ」
ルークが椅子から半分立ち上がった。
「欠陥って何だよ」
「ルーク、座れ」
レオンが静かに言った。
「でもよ」
「まず、理由を聞こう」
ルークは不満そうにしながらも、渋々椅子に座った。
マルクスは、そのやり取りを黙って見ていた。
俺は、どう反応すればいいのか分からなかった。
欠陥パーティ。
言葉としては分かる。
だが、それが俺たちのことだと言われると、妙に収まりが悪い。
「具体的には?」
レオンが聞いた。
マルクスは頷いた。
「まず、回復手段がない」
当然のように言われた。まあ、それはそうである。
「神官職も、治癒魔法を扱える者もいない。軽傷なら応急処置でどうにかなる。だが、深く斬られたらどうする。毒を受けたらどうする。骨が折れたらどうする」
「薬や道具で補うのは?」
レオンが聞く。
「薬は尽きる。道具は壊れる。使う暇がない時もある」
マルクスは即答した。
「準備すること自体は正しい。だが、道具があるから大丈夫、は違う」
分かる。分かるが、面白くはない。
「神官職か、治癒魔法を扱える者がいれば話は早い」
マルクスは続けた。
「だが、そんな人材が簡単に余っているわけがない。だからこそ、普通は早い段階で組み直す」
普通は。その言葉が、いやに重かった。
「怪我をしない前提で動くな」
マルクスは言った。
「それは計画じゃない。願望だ」
講義室が静かになった。
その言葉は、嫌なほど冒険者っぽかった。
「次に、盾役がいない」
「前に出る奴ならいるだろ」
ルークが言う。
「前に出ることと、前で止めることは違う」
マルクスはルークを見た。
「お前は前に出る。勢いもある。危険に対する勘も悪くない」
「じゃあ」
「だが、今のお前は止まらない」
ルークが黙った。
「敵に向かうことはできる。だが、味方を守るためにその場に踏みとどまる役割を、自分の仕事として受け入れていない」
「……俺は剣士志望だ」
「知っている」
「盾持ちになりたいわけじゃねぇ」
「それも知っている」
マルクスは淡々と言った。
「だから欠陥だと言っている」
ルークの顔が少し歪んだ。
反論したいのに、言葉が出てこない。そんな顔だった。
セレスが口を開く。
「私が補えば、ある程度は持ちこたえるわ」
「それは役割ではない。応急処置だ」
マルクスは即答した。
「お前はよく見ている。判断も早い。崩れかけた場所に気づくことはできる」
マルクスは少しだけ目を細めた。
「だが、気づいた者が毎回そこを支えられるとは限らない」
セレスの表情は変わらなかった。けれど、指先がわずかに動いた。
「レオン」
マルクスの視線が移る。
「はい」
「お前は強い。前衛としては、このパーティの中で頭一つ抜けている」
「ありがとうございます」
「褒めていない」
レオンが少しだけ目を伏せた。
「今のお前たちは、レオンが前を崩せる相手に結果を出している。レオンが突破できる間は、それでいい」
マルクスは机に置かれた資料を一枚めくる。
「だが、突破できない相手が出た時。あるいは、お前が前へ出られない状況になった時。このパーティは一気に形を失う」
レオンは黙って聞いていた。
普段なら、ここで爽やかに受け止めそうなものだが、今は違った。
「僕が前に出すぎている、ということですか」
「違う」
マルクスは即答した。
「お前が前に出ること自体は正しい。問題は、それが崩れた時の形を、パーティとして持っていないことだ」
レオンの拳が、少しだけ強く握られた。
そして最後に。
マルクスの視線が、俺に向いた。
「アレン」
「はい」
「お前が一番危うい」
その言葉は、思っていたより重く、深く突き刺さった。
俺が一番弱い、なら分かる。俺が一番地味だ、でも分かる。
けれど、危うい。
そう言われると、すぐには返せなかった。
「俺ですか」
ようやく、それだけ言った。
「そうだ」
「俺、戦力的には一番地味ですよ」
「そこが問題ではない」
ですよね。
いつもなら、その一言で自分を軽くできた。
けれど、今回ばかりは、そんな気力も湧かなかった。
「お前は場を見る。声を掛ける。仲間の動きに合わせて、自分の位置を変える」
「それは補助術士としては、悪くないのでは」
「悪くない」
マルクスはあっさり認めた。
「だから危ない」
意味が分からない。
いや、分からなくはない。だが、分かりたくない。
「お前が声を出せば、場は回る」
マルクスは続けた。
「レオンが前に出る。セレスティアが穴を埋める。ルークが動く。お前が後ろから帳尻を合わせる」
帳尻。
その言葉が、少しだけ胸に引っかかった。
「それで、今は上手くいっている」
「なら、いいんじゃないですか」
口に出した瞬間、自分でも少し強い言い方だと思った。
だが、止められなかった。
マルクスは怒らなかった。
「本当に埋まった穴なら、それでいい」
静かに言った。
「だが、お前たちの穴は埋まっていない。見えにくくなっているだけだ」
俺は黙った。
「アレン。お前は器用だ」
マルクスが言う。
「だから、足りないものが足りないままでも、その場を回してしまう」
褒め言葉ではない。
「その場を回せることは、才能だ。だが、冒険者の現場でそれを続ければ、いつか回しきれない場面が来る」
マルクスの声が少しだけ低くなる。
「その時に死ぬのは、お前だけとは限らない」
講義室の空気が沈んだ。
ルークが何か言おうとして、やめた。
レオンは視線を落としている。
セレスは、何かを考えるように黙っていた。
「じゃあ、教官はどうしろと?」
レオンが聞いた。
声は落ち着いていた。けれど、いつもの余裕はなかった。
「この4人のまま、本登録することは勧めない」
マルクスは言った。
「理由は単純だ。職能の偏りが大きすぎる」
マルクスは資料を閉じる。
「レオンは剣士。セレスティアは軽剣士。ルークも剣士志望。アレンは補助術士」
「前に出る力と、場を見る力はある。だが、守る力と立て直す力が足りない」
もう一度、俺たちを見る。
「誰かを入れ替えろ」
短い言葉だった。
だが、その短さが重かった。
「足りない職能を補完して、パーティとしての完成度を上げろ」
「誰かを、ですか」
セレスが静かに聞いた。
「そうだ」
ルークが机の下で拳を握ったのが見えた。
「期限は?」
レオンが聞いた。
「次の実習までだ。パーティ構成を見直せ。再編成案を出せ」
マルクスは資料をまとめた。
「好きに反発しろ。納得できないなら、それもいい」
そして、俺たちを見た。
「だが、考えずに続けることだけは許さん」
そこで話は終わりだった。
◇
講義室を出ても、しばらく誰も喋らなかった。
廊下の窓から、曇った空が見えた。
朝は晴れていた気がする。
だが、そんなことを口に出す気にはならなかった。
「誰かを入れ替えろ、か」
最初に言ったのは、ルークだった。
声が低かった。いつもの軽さはない。
「つまり、誰かが抜けろってことだろ」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
レオンも。
セレスも。
俺も。
言葉にすれば簡単だ。
足りない職能を入れる。そのために、今いる誰かが抜ける。
けれど、その誰かを選ぶことが、俺にはできそうになかった。
レオンを見る。
剣術首席。
座学も実技も上位で、前に立てる男。
普通に考えれば、このパーティの中心だ。
抜けるわけがない。
セレスを見る。
周囲を見る目があり、判断が早い。
俺が見落とすものを、彼女は拾う。
何度も助けられている。
抜けるわけがない。
ルークを見る。
余計なことを言う。
軽率で、すぐ調子に乗る。
でも、あいつがいると、場が止まらない。
抜けるわけがない。
じゃあ、俺か。
そう考えるのが、たぶん一番自然だった。
俺は補助術士。
場を見る。声を掛ける。帳尻を合わせる。
逆に言えば、そこまでだ。
「アレン」
セレスの声で、思考が止まった。
見ると、彼女がこちらを見ていた。
「今、変なことを考えたわね」
「心を読むのは反則だと思う」
「読んでいないわ」
セレスは短く言った。
「顔に出ていたもの」
顔に出ていたらしい。非常によろしくない。
「お前が抜けるとか言い出したら殴るぞ」
ルークが言った。
「まだ何も言ってない」
「言いそうな顔してた」
「そんな顔あるか?」
「今のお前だよ」
即答だった。
レオンが静かに口を開く。
「僕も、アレンが抜ければいいとは思わない」
「レオンまで?」
「まで、ではないよ」
レオンは少しだけ困ったように笑った。
「君がいなければ、僕たちはここまで形になっていない」
まっすぐ言うな。逃げ場がなくなる。
「でも、教官の言うことも分かる」
レオンは続けた。
「足りないものがあるのは、事実だと思う」
それは、たぶんそうだ。
セレスが窓の外を見る。
「正しいことを言われているのに、納得できないのは厄介ね」
「それな」
ルークが短く返した。
この4人で進むことが、間違いだとは思えなかった。
けれど、誰かを入れ替えろと言われて、すぐに反論できるほどの答えもなかった。
誰を残すのか。
誰を外すのか。
そんなことを考えようとしただけで、思考が鈍った。
順調だと思っていた道行きが、言いようのない暗雲に覆われてしまった。
俺たちはしばらく、誰も何も言えなかった。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




