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第7話 意外といける

最初の訓練林実習を終えてから、俺たちは何度か演習をこなした。


薬草採取。

護衛想定。

索敵訓練。

簡易野営。


並べてみると、いかにも冒険者養成学校らしい。


そして実際、どれもそれなりに面倒だった。


薬草採取では、ルークがよく似た雑草を薬草だと言い張った。


「似てるだろ」


「似ているだけで薬効があったら、世の中の草はだいたい薬になる」


「便利じゃねぇか」


「そういう話ではない」


護衛想定では、護衛対象役の教員がやたらと勝手に動いた。


休みたいと言って座り込み。

近道を知っていると言って別の道へ行こうとし。

荷物が重いと言って、こちらに押しつけようとする。


護衛対象というより、妨害対象ではないだろうか。


索敵訓練では、セレスが教官の仕掛けを見つけすぎて、教官が少し嫌な顔をした。


簡易野営では、ルークの張った天幕が夜中に傾いた。


本人は「風のせい」と言い張ったが、その日の夜はほぼ無風だった。


全部が楽勝だったわけではない。


それでも、結果だけ見れば順調だった。


薬草は集まった。

護衛対象は無事に運んだ。

索敵訓練は合格した。

野営も、まあ、寝られた。


細かい失敗はしている。


だが、演習としては成功していた。


それは事実だった。



実習予定は、事務棟横の掲示板に貼り出される。


最初の頃は、誰かが気づいた時に見に行っていた。


だが、何度か演習を重ねるうちに、いつの間にか4人で掲示板の前に立つようになっていた。


誰が言い出したわけでもない。


昼休みの後。あるいは放課後。実習予定が更新される頃になると、なんとなく足がそちらへ向く。


今日もそうだった。


掲示板の前には、他の生徒たちも集まっている。


実習予定。持ち物。集合時間。注意事項。過去の事故報告。


俺はまず集合時間を見る。


遅刻はよくない。

よくないというか、マルクスに見つかると非常によくない。


次に持ち物を見る。


忘れ物もよくない。

よくないというか、女性職員に見つかると非常によくない。


レオンは課題の目的を見ていた。


「今回は搬送訓練だね」


「搬送?」


ルークが掲示を見る。


「負傷者役を担架で運ぶやつか」


「そのようだね」


レオンは頷いた。


「時間内に安全地点まで運ぶ。途中に妨害と障害物あり」


「また妨害ありかよ」


ルークが顔をしかめる。


「最近、妨害されることに慣れてきた自分が嫌だ」


「冒険者志望としては、悪いことではないと思うわ」


セレスが言った。


「嫌な慣れだな」


「慣れておいた方が死ににくいもの」


言い方がマルクスに似てきている。少し嫌だ。


セレスは掲示の端に貼られた注意事項を見ていた。


「担架の紐、予備を持っていった方がいいわね」


「切れるのか?」


ルークが聞く。


「切れるかもしれない」


「何で分かるんだ?」


「注意事項に小さく書いてあるわ。『備品の経年劣化に注意』って」


「小さく書くなよ」


「小さく書いてあるものほど、大事なことが多いわ」


「事務棟の人みたいなこと言うな」


セレスは少しだけ首を傾げた。


「褒め言葉?」


「違うと思う」


俺が言うと、セレスは小さく笑った。


レオンは掲示を見たまま、少し考えていた。


「搬送中は、僕が前を見る。ルークは担架を持てるかい?」


「持てるけど、俺が前で戦わなくていいのか?」


「担架を落とさない方が大事だ」


「地味だな」


「大事だろ」


ルークは一瞬黙った。


最近、「大事」という言葉の扱いに慎重になっている。

少しは学習しているらしい。


「……まあ、大事だな」


「今、かなり考えたな」


「考えた上で言ったんだよ」


良いことだ。


俺も掲示を見直す。


搬送経路は指定なし。ただし、安全地点は一つ。

制限時間あり。負傷者役の安全を最優先。


面倒そうだ。

だが、無理ではなさそうでもある。


「アレン」


レオンがこちらを見る。


「経路は任せてもいいかい?」


「俺?」


「君が見るところは、僕とは少し違うから」


そう言われると、少しだけ返しに困る。

褒められているのか、便利に使われているのか。


たぶん両方だ。


「じゃあ、逃げやすそうな道を探しておく」


「助かる」


レオンは普通に頷いた。


逃げ道という言葉に引っかからないあたり、こいつは意外と実戦向きなのかもしれない。



食堂の席も、いつの間にか固定になっていた。


窓際から2番目。壁を背にできて、出入口も見える席。


最初にそこへ座ったのが誰だったのか、俺は覚えていない。

ただ、最近は空いていれば自然とそこへ向かう。


空いていなければ、ルークが少し残念そうな顔をする。


「別にどこでもいいだろ」


俺がそう言うと、ルークは肉料理の皿を抱えたまま首を振った。


「いや、あそこは落ち着く」


「お前に落ち着く場所が必要だったことに驚いている」


「俺を何だと思ってんだよ」


「騒音源」


「ひでぇ」


セレスがパンをちぎりながら、静かに言った。


「間違ってはいないわ」


「セレスまで?」


「ただ、最近は少し慣れたわ」


「それ褒めてる?」


「ええ」


ルークは判断に迷った顔をした。俺も少し迷った。


たぶん褒めてはいない。


レオンが人数分の水を置く。


「今日も混んでいるね」


「お前、いつも自然に水持ってくるよな」


ルークが言った。


「人数分あった方がいいだろう?」


「いや、そうなんだけどさ」


ルークが言葉を探す。


「何か、ちゃんとしてる」


「水でそこまで言われるとは思わなかったな」


レオンが笑った。その笑い方がまた、ちゃんとしている。


「俺には水を持ってきたことないのに」


ルークが俺を見る。


「俺は自分の水を持つので精一杯だ」


「器が小さい」


「水の話だけに?」


「そこまで考えてねぇよ」


偶然だったらしい。


セレスが小さく笑った。レオンも笑っている。

ルークは何が面白かったのか分からない顔をして、それから遅れて笑った。


俺は安い方の定食に箸をつけながら、ふと思った。


こういう時間が増えた。


実習の前。実習の後。掲示板の前。食堂の隅。


最初は、成り行きだった。


今も、たぶん成り行きではある。


ただ、成り行きにも、続けば形ができるらしい。


ルークが余計なことを言う。セレスがそれを拾う。

レオンが真面目に受け止める。俺が巻き込まれる。


不思議と、それが普通になっていた。


悪くない。そう思ってしまうくらいには。



搬送訓練は、思ったより大変だった。


負傷者役の教員は、担架の上で完全に脱力している。


つまり重い。かなり重い。


「これ、本当に怪我人役ですか?」


ルークが担架を持ちながら言った。


「怪我人は自分で軽くならない」


教員は目を閉じたまま答えた。正論だった。


レオンが前方を見る。

ルークが担架の前側を持つ。

俺が後ろ側を持つ。

セレスが横を歩く。


最初はそういう形になった。


だが、すぐに分かった。


担架を持ちながら周囲を見るのは、思った以上に難しい。


足元を見れば、横が見えない。

横を見れば、担架が揺れる。

後ろを気にすると、前の足に遅れる。


地味だ。地味に難しい。


「アレン、代わるわ」


セレスが担架の後ろへ回った。


「いや、持てないわけじゃないぞ」


「分かっているわ」


「じゃあ何で」


「あなた、さっきから周りを見ようとして、担架を揺らしている」


言われて、俺は手元を見る。たしかに、揺れていた。


「……悪い」


「謝ることではないわ。役割の問題よ」


セレスはそう言って、俺の位置に入った。担架が、少しだけ安定する。


俺は後ろへ下がった。


その瞬間、周囲が見えた。


右の茂み。左の倒木。前を行くレオンの足。担架を持つルークの肩。


なるほど。俺がここにいた方がいい。


「アレン?」


レオンが前を見たまま声をかけてくる。


「左の道」


俺は少し先の分かれ道を見た。


「右は近いけど、木の根が多い。担架なら左の方がいい」


「分かった」


レオンは迷わず左へ進路を取った。


「近いのは右だろ?」


ルークが言う。


「近い道で転んだら、遠い道より遅い」


「なるほどな」


最近、ルークの納得が早い。良いことなのか、悪いことなのかは分からない。


左の道へ入ると、茂みが揺れた。実技補助員が出る。


レオンが前へ出た。


だが、相手はレオンを避けるように横へ回った。狙いは担架だ。


「ルーク、止まるな。セレス、右」


「おう!」


「分かったわ」


セレスが一歩右へずれる。その一歩で、担架の角度が変わった。

実技補助員の木剣が空を切る。


ルークは担架を持ったまま、足を止めずに進む。

レオンが振り返り、実技補助員の前に入った。

速い。相変わらず速い。


「そのまま進め!」


俺が言うと、ルークが笑った。


「何かそれっぽいな、代表者!」


「仮免だ」


「代表者に仮免あんのかよ」


「返上予定もある」


セレスが小さく笑った気がした。


担架は揺れたが、落ちなかった。


負傷者役の教員も、何も言わない。


たぶん、合格範囲なのだろう。


安全地点に着いた時、制限時間にはまだ余裕があった。


教員は担架から起き上がり、腰を軽く叩いた。


「合格です」


ルークがその場に座り込む。


「怪我人役、重すぎだろ」


教員がこちらを見た。ルークは一瞬で姿勢を正す。


「……実戦では言いません」


「そうしてください」


教員は淡々と言った。


少しだけ減点された気がする。だが、結果は合格だった。


大きな失敗はない。怪我人役も無事。

担架も壊れていない。制限時間も守った。


意外といける。そう思った。



その後も、俺たちは演習をクリアしていった。


予定通りに進む日の方が少なかった。

それでも、終わってみれば合格だった。


そういう日が続くと、人間は慣れる。


掲示板の前に集まることにも。

食堂で同じ席に座ることにも。

次の演習の役割を、誰かが言う前に考えることにも。


レオンが前に立つ。

セレスが横を見る。

ルークが文句を言いながら進む。

俺が後ろから声を出す。


たぶん、ずっとそんな形でいくのだろうと思っていた。


認定資格を取って、そのまま4人で冒険者パーティとして本登録する。


それが自然だと、どこかで思っていた。


そう。


この時までは。


ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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